【オタク】・「オタク論 第二章」
どこに書いたか言ったか忘れてしまったんだけど、最近の私の認識としては、95年頃からの「オタク論」の役割は、2005年の「電車男」ブームで終わったと考えている。
95年頃からのオタク論は、「世間にその存在を認めさせる」という目的があったわけで、うがちすぎな見方としては、それ以降の「ワンテーマの社会運動」のさきがけかもしれないよね。やっぱりうがちすぎかな。
で、2005年の「電車男」ブームは、一般人からの「おまえらも普通の恋愛に興味があるなら『名誉白人』として仲間に入れてやろう」というメッセージであったと思う。
それ自体が認識の誤りであるとする「過激層」を除けば、まあまあいい「成果」だったんじゃないか。
その後は、世代的には上の私からすると「萌えヲタ」と「そうでない人」との落差が激しくなりすぎて、もともと2000年代に入ってから顕在化していたオタク内での世代間のギャップがほぼ決定的なものとなっていったと感じる。
だから私としては、もううだうだ書いてもしょうがないかなと思っていたんだけど、私の被害妄想かもしれないが下の世代からの歯に衣着せぬ先行世代への批判(というより悪口)が聞こえてくるに至って、またなんか書こうと思った次第。
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