マンガ雑誌

・【マンガ雑誌】・「別冊パチスロパニック7」9月号(2009、白夜書房)

Bessatsu_panic7_2009
三号変則集中連載で、原作:鶴岡法斎、作画:張慶二郎「アルケミーの羊」の第三回が掲載。
要するにいちおうの完結編ですね。

書けない小説家・成田優一は、目まい、眠気、脱力感、幻覚といった体調不良に苦しむ。しかしその原因はわからない。
彼の中で普通に存在しているのは、漠然とした不安感。しかし、それでもスロットを打つことはやめられない。
かといって「スロットを打つと病気が持ち直す」というのでもない。むしろ逆で、当たっていると病状は悪化する。それでも、体調不良のときには奇妙に当たるのでやめることができない。

そこに、佐倉フミという、彼の小説のファンだという女性が現れて……。

というのが前回まで。

ここからは私が思ったこと、読み取ったことなので間違っていたらゴメン(だれにあやまっているのか?)。

物事には常にいい面と悪い面、ラッキーを運ぶ側面とアンラッキーを運ぶ側面がある。要するに両義性だ。
三話まで読んだ感想としては、この物語ってすべてこの「両義性」で成り立っているなあ、と。

「病気なのにすごいスロット能力を発揮する」でもなく、「すごいスロット能力の持ち主の弱点が病気」というのでもなく。
スロットに本気で打ち込もうと決心するのでもなく、スロットを通じて本当に自分のやりたいことを思い出す、というのでもなく。

「真の愛」に目覚めるでもなく、偽りの愛に身をゆだねるでもない。

そもそも、成田がスロットに夢中になっちゃったら小説をますます書かなくなってしまうかもしれない。けれども、今の成田にはスロットでさえ、楽しく打つことが重要なことかもしれないとも思わせる。

で、もちろんその「両義性」というのは達観したソレではなく、錯綜した、ゴチャゴチャな、日常のどうしようもないいろんなことの中で生きていくうえで、どうやって人生にとって「いいこと」を51パーセントにして、「悪いこと」を49パーセントにするかみたいな。
いいことが少しでもまさっていればそれはいいことなわけで。
それが積み重なっていけば、だれもが感じる絶望感多き人生、何とかなるんじゃないか、というような。

それも自己啓発的な「こうなんだッ!!」っていう感じじゃなくて、ジワーッと、人間の生、生きることの意志を肯定しているようなね……そういう感じがするんですよね。

以前の連載「crossover」の最終回を読んだときにも感じたんですが、何かが終わったとき、人の心の中でも何かが終わるけど、違う何かは変化し、しかし確実に先送りされていくでしょう。それは希望かもしれないし、絶望かもしれないし、もっと違う別の感情かもしれないけど、人の日常というのはそういうものであると。

なんか、すごいそういうのを感じるんですよね。

これは三号続けて読んでよかったと思いましたよ。本当に。

以下は私、僭越ながらおまけというか。
これで鶴岡さん原作のマンガを、いろんなタイプ、かなりの数読んできたんですけど、
・短編
・中篇
・長編
・長編の中の1エピソード
・伏線を活かす
・伏線など追っていない読者向きに長編を書く
・きちんと最終回で物語を終わらせる

……っていう、マンガ原作を商売として書いていくためのひとおりの技術がすばらしいと思います。
(職人的なものなのか、毎回苦心しながら執筆されているのかは知らないのですが……。)
短編はうまいけど連載したらアララとか、その逆とか、ぜったいないと思うのでマンガ出版社のヒトたちは注目しておいた方がいいですよ。

「アルケミーの羊」01感想

「アルケミーの羊」02感想

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【マンガ雑誌】・「パチスロパニック7」8月号(2009、白夜書房)

三号変則集中連載で、原作:鶴岡法斎、作画:張慶二郎「アルケミーの羊」の第二回が掲載。

書けなくなった小説家・成田優一は、不意に襲われる目まい、眠気、脱力感、幻覚に苦しめられている。それが「書けない」ことからくるのか、何かハッキリした病気なのかはこの第二回の段階ではわからない。
しかし、その発作が出たときには不思議とゆがんだ光景の中から「自分が必要とする物」だけが観え、パチスロで勝つことができる。

やがて、優一はスロ中に打てなくなるほどの強い発作に襲われてしまう……。

第一話の展開を引き継いだかたちで、三話で完結する話なので結末を予想して感想を書くことがなかなかむずかしい。
が、思いきって書いてみると、徹底的に個人的で、他人が成り代わることのできない孤独な悩み(小説が書けない、持病があるなど)に関して、他人とのちょっとした関わりとか、偶然とか、そういったものが救いをもたらす場合があるかもしれない、ということなのかなと。

もともと原作の鶴岡さんは、「ヤマアラシ」、その続編の「ヤマアラシ CROSS OVER」を読むかぎり、人と人とのちょっとした触れあいが孤独な人間に光を与える、状況にささやかな奇跡を起こしていく、という話が得意であるように感じている。

「友情」とか「恋愛」というのは、とくに青年期を経てトシをとってくると、物語において非常にベタなものに成り下がってしまうものだが(ベタなりの切実さを受け手が要求しているとしても)、鶴岡さんの原作は、たとえば何かに属しているという連帯感でもなく、傷のなめあいでもない、静かで、それでいて強い絆を志向しているように感じる。

それと、この第二話目から読んでも基本的に違和感がないのがいいと思った。パチスロ誌という性質上、たとえば自分の知りたい機種が載っているからその号だけ買おう、という人もたぶんいるだろう。
そうなると細かい伏線を張ったり、その号だけではお話がわからなかったりしたらまずいわけで、なおかつ、長期連載になった場合も読者側に、蓄積された長い物語を了解済みのものとして続けるのは困難だろう。
パチスロマンガには「実際に打ってみてのレポート」といった実録モノや、1話完結のギャグ、コメディ調のものが少なくないのもその辺が理由だろうと思う。

だが、たぶん本作は長期連載化しても、続けて読んだら読んだで面白いし、途中からでもすんなり入れる物語になるだろう。
そういう長期連載の才能は読みきりを書くのとはまた別の才能で、バランス感覚がないとむずかしいと思うが鶴岡さんにはそういう能力が備わっていますからね。それは過去の作品で実証済みのことでもあるし。

続きが楽しみ。

最終話は、7月25日発売の「別冊パニック7」に掲載。

「アルケミーの羊」01感想

「アルケミーの羊」03感想

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【マンガ雑誌】・「別冊パチスロパニック7」8月号(2009、白夜書房)

三号変則集中連載で、原作:鶴岡法斎、作画:張慶二郎「アルケミーの羊」が掲載。
数年前に作品を発表したっきり書けなくなっている自称(?)小説家・成田優一。同棲していた彼女には愛想をつかされ、睡眠障害もあるっぽい。ただし、パチスロではけっこう稼ぐ腕はあるらしい。
夢を持つことができず死んでしまおうかな、とも思う彼だったが、明日がパチスロ店のイベントだと思い出すと、行ってみようかとも思えてくる……。といった感じの導入部。

鶴岡さん原作のパチスロマンガとしては、「ヤマアラシ」は主人公がパチスロに対してある意味求道的というか、スロットに対してどう向き合うかみたいなところがテーマになっていたと思う。
で、今回の主人公は「小説が書けなくなった自分」とか、「また書きたい自分」っていうのがまず最初にあって、そのうえでパチスロをやっている、という印象。

こういう人生における「迷い」を物語として(しかも決して登場人物が自暴自棄になって終わったりせずに)書くのはウマい人なので、そこら辺が今後どう転がっていくのかというのが、楽しみ。

張慶二郎の絵のカッコよさは、文句なし。

「アルケミーの羊」02感想

「アルケミーの羊」03感想

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【マンガ雑誌】・「コミックフラッパー」4月号(2009、メディアファクトリー)

公式ページ

鶴岡法斎氏原作、榊原瑞紀氏作画で「切断王」という読みきりが載っています。
原作者の知り合いの私が言っても説得力ないかもしれないですが、面白い作品です。

近未来、日本政府に見捨てられた東京は大犯罪地帯となり、「歌舞伎町政府」がつくられた。そこには治安維持と支配のために悪人を殺す「王」という存在がいた。
その中の一人が「切断王」……という話です。

あんまりあらすじを書くとネタバレになっちゃいますが、あそこがあーだったというのは、何が正しいかわからなくなり、すべてがあべこべになっていろいろ難儀している現代社会の現状を直観的に表現していると思います。

連載になればものすごく良質の脱・セカイ系の話になるとも予想できるので、人気が出ればいいなあ。

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【マンガ雑誌】・「『時代劇漫画 刃-JIN-』が今月で休刊」

5月21日(水)発売号で、「刃」が休刊

刃 休刊のお知らせ

ほとんど「小池一夫一人マガジン」みたいな感じの雑誌が休刊。
個人的には、旧作を雑誌形式で読めるというのが嬉しかった。「牙走り」っていう名作を知ることができたのもこの雑誌だし。
また、「御用牙」のかみそり半蔵のその後を追った「レイザー」や、丹下左膳の青春期(?)を描いた「キャットディフェンス」など、面白いマンガも多かった。

それと、時代劇マンガの旗手・もりもと崇が確か「鳴渡雷神於新全伝」を連載したりしていたはず。

「手塚治虫マガジン」とかも個人的には好きだったけど終わっちゃったし、こういう「大御所メインのマンガ雑誌」ってまたやってほしいんですけどねえ。

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【雑誌】・「パチスロ7 Jr.」 8月号(2007、蒼竜社)

Pachisro7

鶴岡法斎、宮塚タケシ「ヤマアラシ 〜CROSS OVER〜」が今月で最終回。
いやー、こういうふうに終わるのかー、と感慨にふけってしまった。
最近、スロットのマンガを細かく読んでいるわけではないけど、本作の主人公・トシユキのように、「スロプロになりたいけどなれない」といった半端な若者を、ギャグでもコメディでもなく、スロットの雑誌に描くというのは他にあまり例がないのではないかと思う。
でも、決してダークになりきらず、変な楽観主義も入れず、義理人情なども描き、それでいて最後まで安易なお約束には落ち着かず……という読んでいてとても面白い作品でした。

なんとなく70年代っぽいけど、そこには確実に「現在」があった。登場人物はきっちり、2007年を生きる人たち。
いかにもイマドキ風に人生を絶望していたりとか、達観していたりとか、そういうのいっさいナシで、でも今、現在の人間を描いてたと思います。

何というか、たとえばスロプロって着地点が無い職業だと思うんですよ。変なたとえだけど「ディオラマ大作戦」とう私の大好きなマンガがあって、「ジオラマづくりの好きな少年」の話なんだけど、最後は「アメリカの工房でSFXの手伝いをしないか」って言われてアメリカへ行く。
「ジオラマづくり」でも「SFX」っていう着地点が(まあかなり荒唐無稽とはいえ)存在するんですが、
スロプロにはそれがない。まあややリアルな話なら、「真剣にスロライターを目指す」とかそういうのもあるんだろうけど……。
で、前作「ヤマアラシ」では、「スロットを求道的にやっている人間の着地点」っていうのを、わりとだれもが納得するかたちで描いていたと感じるんですよ。
それが、続編「ヤマアラシ 〜CROSS OVER〜」では、主人公はスロプロにすらなれない半端者、という設定だったからいったいこれはどうするのかと思っていたんですね。

「きっぱりやめて就職」っていうのもアリはアリだけど、どこか安易な気もするし……。
と思っていたので、なんか感心しました。

それと、最後まで読んであらためて思ったのは一種の群像劇なのだなと。
だから主人公の生き方だけで完結するわけじゃないんですね。物語に参加している人たちがいて、成立しているって感じで。
そんなことを思いましたよ。

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【マンガ雑誌】・「コミックヨシモト」7月17日号(2007、ヨシモトブックス)

Tanteihg

永井豪とダイナミックプロ、キャラクター協力:レイザーラモン「私立探偵H・G」についてのみ少々。
現状の永井豪について語るとき、いつも冗談めかして「このままでいいんだよ」という雰囲気になるが、私は完全に本気で「このままでいい」と思っている。

それは、本作についても同じ。
ファンの多くは、「デビルマン」や「凄ノ王」、「バイオレンス・ジャック」といったシリアスな作品群と、最近よく豪ちゃんが描く脳天気なマンガを比較しているけど、自分はこれからの豪ちゃんの可能性はシリアス路線よりも、腰砕けしてしまうような呑気なギャグ作品にあると思う。

赤塚不二夫の出現あたりから、「ギャグマンガ」っていうのは本当の本当に時代の先端を走っていないとダメという風潮になったと思う。
でも、それまではもっとのんびり、まったりした作風のものも多くあった。
永井豪のギャグマンガは、今はそういう位置にいると思う。

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【マンガ雑誌】・「コミックヨシモト」 7月3日号(2007、ヨシモトブックス)

付録のDVDはまだ観てません。タカアンドトシ・笑い飯・ロバート・POISON GIRL BAND・カリカのネタ収録、ということで、まあそれを考えれば全体的に値段は安い、ってことになるんですかね。
連載ラインナップは、自分の想像の域を超えなかった。要するに、
・大御所芸人原作の感動もの
・それよりちょっと下の世代のベテラン芸人の感動もの
・架空キャラを主人公にした漫才師を目指す青春もの
・作家的素養のある芸人に原作をさせた作品
・実在の芸人の半生を描いた作品
……などなど。
たぶん任されてる人も、自分と似たようなことを思ってネタ出ししたんだろう。
で、企画自体は予想の範囲内だったが、創刊号としてはそんなに悪いものではないとは思う。
ただし、目玉的な作品が、無い。吉本がバックアップする以上、ある程度著名な芸人の協力は見込めるとしても、それは誌面には出にくいタイプの「すごさ」。
だから、マンガ家方面でももう一人二人、人気の人を引っ張ってきてもらいたかった。まあ私もたいがい高見からものを言ってますがね。そんなに簡単に行かないかもしれないけど。

それと、せっかくお笑いブレーンが揃っているんだろうから読者投稿欄をもうちょっと面白くすればいいのに、とは思った。

作品として、正直個人的に注目すべきものはあんまり……。
原作:島田紳助、漫画:高田桂/アトリエモーティヴ「いつか見た島」と、原作:倉科遼、漫画:ナカタニD.「んなアホな!! 」が、ある程度の水準まで行かないと今後たいへんだと思う。

あと、私はどんなに「正当なものを評価せず、ウケ狙い、ネタ探しでレビューを書いている」とカン違いされようが、
キャラクター協力:レイザーラモン、漫画:永井豪とダイナミックプロ「探偵事務所H・G」
を全面的に支持するものである。現状の豪ちゃんのギャグマンガを評価できない日本人は民度が低いとすら思っている。半ば本気で。

あ、あと原作:後藤ひろひと、漫画:イシデ電「HŪS」もなんとなく面白くなりそう。
原作:白岩久弥、漫画:いつきたかし「ガングリオン」は、「悪の組織でがんばる中間管理職的な男の悲哀」という、もはやベタに属する物語。「日本のスーパーヒーロー観」を追いかけている自分としては気にはなるが、たとえば「天体戦士サンレッド」のような突出した作品にはならないかも……なあ。

あと、吉本の雑誌なのに純粋にギャグを目指した作品が少ないなあ、とは思った。
ああ、それと、表紙がだれだかわかんねーよ!!

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・フリープライス週刊誌が創刊されるらしい2

ここの記事の続き。

無料マンガ週刊誌:首都圏30駅で10万部 16日から

上記リンク先によると、16日から毎週火、水曜に山手線を中心とした東京都内と横浜、千葉、大宮など30駅の付近で手渡し配布する(午前8〜11時ごろと、午後5〜8時ごろ)だそうです。

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・「週刊少年マガジン」6号に「仮面ライダーをつくった男たち」再び登場

取材・脚本:小田克己、作画;村枝賢一の「仮面ライダーをつくった男たち」が再登場。
今回は「大野剣友会」ができるまでの話。
三週連続だそうです。そして単行本化決定だって!

とにかく村枝賢一の美味さが光る。ネームにリズム、緩急があって1コマ、1ページ、見開きという構図のバランスも取れている気がするんだよね。マンガって、1コマ→1ページ→見開き、それぞれが「絵」になっていること。そして読者がコマを目で追っていく運動に不自然を感じさせないこと。悪い意味で「おれは今、コマを追ってマンガを読んでいるんだ」って思わせないことが理想だと思うんだけど、この人それがすごいできているよなあ。

また、演出も単純だがニクいんですよ。だって前回の冒頭が、「仮面ライダー」の話なのに実写版「ジャイアントロボ」の最終回だったし、今回も冒頭が「ライダーダブルキック」だもん! これは自然にワクワクしてしまいますよ。

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・フリープライス週刊誌が創刊されるらしい

2007年1月16日(火曜日)創刊らしいです。
ミクシィの、プロフィール欄の情報が持ち出し可能かどうかはちょっとよくわかりませんが、まあ「全体に公開」しているわけだし、すでにウン百万人も会員がいるそうですからオープンなものと見ていいでしょう。

マンガ週刊誌の新規参入はひさしぶりのことで、しかも無料というのは画期的。

「R25」みたいに無料配布になるそうで、たぶん関東圏のみ。
「山手線内主要各駅の前」だそうです。どこかな?

やっと情報出たね
毎日新聞に。

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・「仮面ライダーをつくった男たち」ほか

Kamenriderwo

・取材・脚本:小田辰巳、漫画:村枝賢一「仮面ライダーをつくった男たち」が読みきりで「週刊少年マガジン」43号に掲載(「第一話」となっているが続くのだろうか?
仮面ライダーのプロデューサー・平山亨が、特撮ドラマ「仮面ライダー」を立ち上げ大人気番組にするまでを描いた作品。

作画は「仮面ライダーSPIRITS」の村枝賢一、クサい、クサいのだが泣けてしまう。描かれていることが本当かウソか、どの程度脚色されているのか以前に、マンガとして完成度が高い。最初の5ページで、54ページの読みきり全体の成功が約束されてる。

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こち亀30周年記念でジャンプの全漫画に両さん

■こち亀30周年記念でジャンプの全漫画に両さんが。
(引用開始)
これ、こういう企画はどうなんでしょうね?昔「サンデー」の「かってに改蔵」で「地丹」が全漫画に登場の時もちょっと気になったんだけれども。
(引用終わり)

個人的には、かなり反対です。まあ直接出版社に何か言おうとは思わないけど、じんわり「やだなあ」とか「つまんないことするなあ」とか思う。
でも、それは「マンガ雑誌にオマケなんか必要なかった時代」に青春時代を送ったワタクシの、おっさん的繰り言かもしれんことはよくわかってます。

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・「冥府魔道」手ぬぐい

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小池一夫原作の劇画がいっぱい載っている時代劇漫画 刃-JIN-11月号に、創刊一周年記念として「冥府魔道」と大書された手ぬぐいがオマケについてきます。

こりゃーフィギュアのオマケとかよりいいわ。
21日発売だから発売中。子連れ狼大好きっコは、書店かコンビニへ急ごう!!

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・「最強伝説黒沢」の唐突な最終回

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「最強伝説黒沢」[amazon]が唐突な最終回を迎え、私も少なからずガッカリ感を感じているが、途中から単行本ベースで追っていたのであまり残念がるわけにもいかん気がする。
雑誌の人気があってナンボだと思うから。

また、最終回だけ読んで感想を書くのはおかしいとも思うのだが、単行本でまとめて読んだときにも最終回の感想を書くことを約束して、感想を書いてみたい。

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・「パチスロ7Jr.」8月号(2006、蒼竜社)

5月号から原作:鶴岡法斎、作画:宮塚タケシ「ヤマアラシ 〜クロスオーバー〜」が始まっている。
長期連載だった「ヤマアラシ」が一段落し、同じ街を舞台にして違う登場人物たちが新たに出てくる。

で、今回で連載は4回目である(感想が遅くなって申し訳ないです)。

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【雑誌】・「ぴかれすく」Vol.2(2006、笠倉出版社)

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6月中旬に出たおっさん向けエロ劇画誌。原作:坂本六有、作画:ふくしま政美「女犯坊」が目玉かな。とにかく「いったいどこで売ってんだ?」っていうつくりで、コンビニ売りかどうかも不明。
あの、老夫婦がやっている地元本屋で、店の半分はマンガと文庫本、残り半分はぜんぶエロ関係みたいな店あるでしょ。いまだに「小学ウン年生」の看板かかったままになってるみたいな。ああいう店で売ってる。
で、こういうのって手に入れちゃうと安心しちゃうんで、積ん読になってた。

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劇画ぴかれすく(「女犯坊」掲載)(2006、笠倉出版社)

チャンプロード5月号増刊「劇画ぴかれすく」に、原作:坂本六有、劇画:ふくしま政美「女犯坊」第二話「吸精鬼女」が載っています。
ちなみに「女犯坊」の新シリーズは、前回は「浪漫」という雑誌に第一話が載りました。
現代にタイムスリップしてきた竜水が荒れ寺に住み着き、妖魔と戦うという基本設定です。

雑誌は、30年くらい前のエロ劇画誌といった風情で、コンビニ売りしているかどうかなどは確認していません。
私は、店の半分が文庫本、残りの半分はエロ雑誌とエロマンガが置いてある、地元の老夫婦がやっている本屋で購入しました。

他には前田俊夫「淫鬼百物語」などが掲載されています。

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・「ガキ警察」最終回(週刊少年チャンピオン16号、2006)、あとちょこっとアクメツの話

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藤井良樹、旭凛太郎の「ガキ警察」がこの号で最終回を迎えた。1ヵ月くらい前に。
自分は「ふぬけ共和国」における第1巻のレビューにおいて、

橘雷とは、虚構世界では本当は「失われた10年にひとつの逸材」ではなく、70年代中盤からほとんど姿を消した「失われた30年」の後に現れたタレサンイズムの正統後継者なのだ。

……と書いた。
「ガキ警察」は、私個人は「70年代的な価値観で、現代の事件を斬る」というのがテーマ(裏テーマ?)ではないかとずっと思っていた。
当然70年代といっても重層的である。
ひとつには自分を抑圧してくる強大な権力に対抗して敗れ、死んでいく破滅型ヒーローの系譜があり、
もう一方では、滅私的ではあるがときにはストーリーの狂言回しになる場合もある「ダーティー・ハリー」的刑事の系譜がある。

主人公・橘雷は、後者っぽいふるまいをしながら最終回近くになって「刑事」のワクにおさまりきれなくなり、前者的な展開になっていく。
70年代だったら、雷は悪人とともに死んで終わりだったかもしれない。

ここで、今日的な問題が出てくるのだが、現状のアクションでは「特攻的に死ぬ」ということはなかなかむずかしいのである。

もちろん、それはオウムがあり、911があったからである。
70年代に、特攻的に死ぬヒーローが多かったのは、日本の場合「お国のために死ぬ」ことが是とされた時代があり、それに対して「お国のため以外に、人は死ねるか?」という命題が戦後日本人につきつけられていたからだ。
(「愛と誠」における「君のためなら死ねる!」もその系譜に位置する。)

しかし、「死ぬ死ぬって言ってもさあ、死ぬより生きた方がいいんじゃないの?」的な80年代、「おめおめと生きる」ことに価値を見いだすといった雰囲気を経て、90年代半ばに本当に「お国のため以外の理由で特攻する」人間が出てきてしまった。
90年代半ば過ぎには、すでに「お国のため以外の理由で特攻する」ことは世界的に見ると戦争の新しい形態であり、国内的には(オウム的には)時代の病理とでもいうものになっていた。

コレでは、主人公は死にたくても死ねないのである。
実際、「ガキ警察」でも「自殺サークル」を取り上げた回もあり、作者はその辺のことには意識的であっただろう。

また、橘雷のキャラクターも、絶望している犯罪者や被害者たちに勇気を与えて回るような役どころだった。
だから、最終回でもやっぱり生きた。
「ガキ警察」を評するとき、やたらと70年代と比較した私ではあったが、最後まで「ガキ警察」というポジションにとどまったラストは、現代的だと言うことができる(「ダーティ・ハリー」の1作目なんて、最後に確か警察手帳を放り投げて終わりだからね)。

「俺もおまえも このカッコ悪ぃ世の中で 死ぬまでドロドロ生きるしかねえんだ!!」

っていうセリフ、はっきり言ってダサい、ストレートすぎてカッコ悪いんだけど、まあそれが本作全体のテーマと言えばテーマだろう。
本作の主人公は、「何か」と戦って死ぬだけではもうダメだということをわかっている。
だからこういう結末になったことは、とてもよく理解できた。

単なるアナクロニズムではなく、私はこのラストは立派に現代的な解答だと思うがどうなんだろうか。

さて、その次の週、17号で連載が終わったのが田畑由秋、余湖裕輝の「アクメツ」である。
もともと明らかに過剰気味な制裁を、現実の社会問題の元凶と思われる人々に下してきた「アクメツ」。
こちらは「ガキ警察」とは対照的に、最後は死を迎える(まあ、ネタバレにはなってないでしょう。ここまで書いても)。
70年代的な特攻的死は、抑圧が強大すぎる絶望から来るものだった。「アクメツ」の場合は、ヒーロー側にも敵に匹敵するくらい強大な力を与えたらどうなるか、という思考実験の一種だったようにも思える。

で、どうなるかというと、主人公はやっぱり死ぬのである。
「アクメツ」に関しては、ちょっとまとめて考えてみたいと思っているが、とりあえず連載が終了した直後に考えたのは、「大義」のもとに天誅を行い、しかもそれがかなり遂行率の高い計画である場合、それが許されるかどうかという命題があったということである。

逆に言えば、「天誅」の遂行率が低い場合は主人公の「賭け」の要素によってその罪はある程度斟酌されるが、そうでない場合はされない、とでもいうことだろうか。
なんにしろ、70年代以降のヒーローの系譜としては死ねないが、「アクメツ」は「死」という結末以外考えられなかったということ、それはどういうことかということである。

バラしてしまうと、

「ガキ警察」ではテロを否定したところから出発し、
「アクメツ」はテロを肯定するかのような展開で引っ張っていって、最終的には責任を取って死んだということである。

このあたりには、21世紀に入ってからのヒーローものが何を描けばよいのか、重要な示唆が含まれていると思う。

おわり。

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・「週刊少年チャンピオン」12号(2006、秋田書店)

板垣恵介「範馬刃牙」は、想像上の巨大カマキリと刃牙が戦っている。
藤見泰高、カミムラ晋作「サイカチ」も、クワガタムシ同士を戦わせるマンガ。
「昆虫バトルマンガ」が、2本も載るなんて少年マンガ史上、初めてだろう。
刃牙、「もうダメだ」と思ったが、少なくとも面白さの点では盛り返してきているように思う。
「サイカチ」は、絵がうまくなってきている。構図やアクションもカッコいい。

大西祥平、中里宣「涅槃姫みどろ」が新連載。ものすごく大ざっぱに言って、妖怪ハンターとか、魔太郎とか、そういうのを足したような怪奇もの。
おそらく原作者のシュミであろう、ひばり書房系の悪趣味怪奇マンガなどのテイストを現代風にアレンジしている。
読みきり時代には面白いプロットもあったので、期待できそう。

手塚治虫、米原秀幸「Damons」は、手塚治虫の「鉄の旋律」のリメイク。
このテの復讐ものは、米原秀幸の真骨頂だろう。前作はハジケなかったが、すぐに切り替えて初っぱなからかなり盛り上がってきている。

平川哲弘「モーターサイクルエイジ」は、読みきり。ボロボロのバイクをレストアしよう、というだけの話だが、秋田書店系の善きヤンキーマンガのテイストが短編ながら出ていて好感。

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・「ビジネスジャンプ」6号(2006、集英社)

原案:SIGプロダクション、漫画:金丸昇司「シードラゴン」が新連載。
えーと、海上保安庁の話。
「海猿」とか、あと少年マガジンにも海上保安庁の話があった記憶があり、乗っかったっぽいけど初回を読んだかぎりでは手堅いアクションものにはなりそう。

ザビエル山田「黄昏のイエスマン」4コマ。ザビエル山田の自虐ネタって笑えない。30本に1本くらいナンセンスで面白いのがあるけど、自虐ネタが笑えないので相殺されてしまうなあ。
田中ガス「みんなのお仕事」は面白かった。

香川まさひと、あおきてつお「島根の弁護士」は、領収書の文字を手書きで誤魔化すとかなんとかいう話で、
ときどき読んで思うがこのマンガはすごくしみったれている。
それが現実だとは思うが、現実をわざわざ読んで楽しいだろうか。

島田洋七、石川サブロウ「がばい ー佐賀のがばいばあちゃんー」は、B&Bの洋七原作の、自分の貧乏な少年時代とばあさんを描いたマンガ。

80年代のマンザイブームを引っ張ってきた世代が、最近懐古に走っている。世代的に要求されているというのもあるだろうが、B&Bが「昔は今と違ってた」というネタをやっているのを見ると「マンザイブーム以前に、上の世代の一部の漫才師がやっていた展開と同じじゃん」と、ちょっと哀しくなる。

洋七は漫才でもばあさんのネタが近年多くなり、ネタが先か、本が先かわからないが本を出した。
読んでいないが、たぶん貧乏な少年時代を懐古した話だと思う。
ビートたけしにも、むろん、この路線では「たけしくん、ハイ!」というヒット作がある。これまた原作は読んでいないが、ドラマを見るぶんには懐古趣味を巧妙に入れながらも、どこかドライな感じがあった。
洋七の原作はどうかわからないが、作画が石川サブロウではどうひねっても泥臭く、脂っこくならざるを得ず、誌面から察するに当然それは狙っているのだろう。

だが逆に、たけしが自分の少年時代、あるいは売れない時代を語るときに、いかにドライであったかが、他の同年代のテレビで売れた芸人に比べると明らかになってしまう。
たけしの昔話には、(当然、「感動」が要求される場合もあるのでそれを狙ったこともあるが)、オッサンにありがちな押しつけがましい説教臭、あるいは不幸な時代に生まれ合わせた呪詛の念などが、突出して無いように思う。
これは、80年代のたけしが若者を引きつけた非常に大きな要素であると思う。
……と、たけしのことばかり書いてしまいましたとさ。

近藤雅之、有賀照人「警視総監アサミ」は、ゴミ屋敷のばあさんの話。
もともとしみったれた内容だった「アサミ」だが、エロ色の薄い展開でこんなことをやられては本当にただのしみったれマンガにすぎなくなってしまう。最後まで読んで哀しくなった。

真倉翔、真里まさとし「吉原のMIRAIさん」は、江戸時代にタイムスリップしたソープ嬢が、得意のテクを使って人気者になる、というマンガらしい。
まあそういうお気楽展開は嫌いではないが、今回のエピソードはいただけない。

要するに「かむろ」(遊女になるために、いろいろと仕込まれる少女)の話なのだが、軽々しく扱いすぎていると思う。
あるかむろの少女が付いている遊女が、少女をいじめているのを見て、MIRAIさんが腹を立てるが最終的にはその遊女は少女のためを思って厳しくしていた、という話だが、そういう「よくある話」としてもよくできているとは言い難いし、
なおかつ、人権概念のない、しかも吉原という場を、現代人である主人公がのぞき見るという設定がアダになってしまっている。コレじゃヒロインはただのアホである。

真倉翔は、「ぬ〜べ〜」の頃は有能な原作者だと思っていたし、たぶんネームを切って渡しているのだと想像するが、それでこの話はないだろう、と思った。

あとやっぱり、全体的にしみったれている。

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・「週刊漫画ゴラク」  3/3 No.8(2006、日本文芸社)

私はキチガイなので、マンガ雑誌を読んで面白いマンガを読んでも、その中につまらない、もしくはどうでもいいマンガが入っていると相殺されてプラスマイナスゼロになってしまう。

同誌で言えば、「喰いしん坊!!」と「ミナミの帝王」、次いで「銀牙伝説WEED」が面白いが、他の作品との差が開きすぎている。
(まあ「江戸前の旬」や「酒の細道」などは、誌面を安定させる、それなりの役割があるのだが。)

今週の「江戸前の旬」、イヤミなうんちく垂れ上司を気持ちよく帰し、残った部下たちにうまいものを食わせる。
展開としては実にオトナだが、あまりに現実的すぎて少しイヤになった。
この手のグルメものの、「傲慢なやつをやり込める」というパターンを崩したかった気持ちもわかるが。

「コクセン」は国選弁護人の話。今回は酒気帯び運転で交通事故を起こした初老の男が、なぜか国選弁護人を頼んでくる。
70年代の刑事ものみたいな人情系の話。いちおうハッピーエンドだが微妙に救われない。時代性とも無関係で、ただのかわいそうな話を読まされているようなイヤな気持ちになった。
こういうプロットはテレビドラマだと映えるが、マンガには合わないと個人的には思うのだが……。

また、「地味系でサプライズのある刑事もの(まあ、弁護士は刑事じゃないけど)」という点では、小説自体は読んだことがないが横山秀夫原作のものがマンガでも映えるので、どうしても読み比べてしまう。

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・「イブニング」5号(2006、講談社)

すっかりマンガ雑誌から離れてしまっていたので、突発的に読もうと思って購入。

すごい。この号を読んだだけで、「これは推せる」というのがない。もうちょっと読んでみないとわからない。「つまらない」と断定できる作品も少ないので、作品のアベレージは高いということなのか?

石川雅之「もやしもん」はすごく評判いいけど、個人的にはこのノリ、ダメかもなあ……。なんか学生時代のあーだこーだとか、もういいや、って思うので。

自分にとっては、そういうことを懐かしんで描ける人間というのは、それこそ同窓会に毎回顔出しても平気な人間とかに近いんで。

寺沢大介「喰いタン」も、ウェルメイドにできすぎていて、ある一定の完成度はあるけど毎回楽しみに読めるかというとどうも……。仕事の昼休みとかには確実に熟読するとは思うけど。よくも悪くもそういうタグイのマンガ。

橋本以蔵、たなか亜希夫「軍鶏」がまだやっているのにも驚いたし……。

高倉あつこ「山おんな壁おんな」も、よくも悪くもラストの想像はついた。

高梨みどり「銀座の番ねこ」は、バーテンダーのマンガ。これも、予想がついてしまうんだよねえ……。

森田信吾「影風魔ハヤセ」は、面白そうな予感はするが1回読んだだけではわからなかった。

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・「ビッグコミックスピリッツ」11号(2006、小学館)

すっかりマンガ雑誌から離れてしまっていたので、突発的に読もうと思って購入。

巻頭グラビアは安めぐみ。
実はスピリッツを買ったのは、学生時代以来だから18年ぶりくらいじゃないか?(自分で驚いた)
当時は、白井……さんとかいう編集長がブイブイいわしていて、少年ジャンプと並んで成功したマンガ雑誌の代表だった気がする。「電車の駅のひと駅ぶんで、1作読めるように計算してある」とか言っていた。
当時の私は非常に青かったため、そういう「計算ずくでやってます」みたいなことを公表されるのがイヤだったし、あと当時連載していた「ジパング少年」というマンガがすごいキライだったんですよね。
(今読めば、印象がまったく違う可能性はあるが)

内容は、管理教育に嫌気がさした主人公がどっか外国(南米?)で自由に生きようとする、というような話。
1989年頃からの連載。
60年代、70年代のマンガに比べれば、たぶん80年代のマンガって管理の時代ですよ。
ジャンプ400万部だって、編集者の管理能力みたいなところが注目されるばかりで、作品論や作家論なんかなかった(あるいは少なかった)時代でもある。

そして、来るべきバブル経済のために、みんな「それで金持ちになれるなら」って管理すら容認した、あるいは放置したんですよ。
それを今さら、「管理教育に反発して海外へ飛び出す」っていう作品を書かれても……っていうのがあった。

同じことは、それよりちょっと前に始まった江川達也の「BE FREE!」にも言えて(こっちは他社だけど)、
このマンガって管理教育を是と言っているのか非と言っているのか、はたまた「是」と言っているようでいて「非」と言っているのか、漠然と読んでいるとサッパリわからない作品でした。勢いはあったけど。

なんだか、当時そういう混乱に嫌気がさしてたんです。
いつだって嫌気はさしてますけど。

さて、信濃川日出雄「fine」は、新連載。 大学の芸術学部出身で画家を目指し、うだつの上がらない男が同窓会で同級生と再会して……みたいな出だし。
ここ数年、ホントにダメ青年ものみたいなのが流行ってるなあと思う。
本作は連載第一回で何とも言えないが、そこそこ自虐ユーモアもあって、浅野いにおほどの痛さはない。こういうマンガってどこかでスコンと突き抜けてないと見ちゃいられないからね。
そういう「突き抜け方」を、今後読むとすれば見ていきたいですよ。

それにしても、菊地成孔がどっかで書いていたが、こういう「美大」だとか「美術系サークル」だとか、あと音大?  そういう特殊な人間の集うマンガがけっこう企画として上がったりヒットしているというのはここ数年の現象なの?
たとえば「ふぞろいの林檎たち」なんかとは似ているけどどっか違うよね。
まあ、マンガ家にそういう出自の人が多いとか、青春群像が描きやすい、ということはあるとは思うけどね。

昔っからあることはあるし。「ネコじゃないモン!」とか、すごい懐かしいよなあ。

さくらももこ「ひとりずもう」が新連載第2回。
中学に上がった女の子を描いた作品だが、予想どおり生理になることをすごいいやがってた。
女の子一般ってどういうものかわからないけど、さくらももこは生理をすごいいやがるタイプの人だと思ってたから、なんだか展開が予想どおりだった。
まあ、嫌がったからどうだってことはないけどさ。

ちなみに、男で精通現象を極度にいやがるってのは……まあ、男の場合は事前にどういう身体変化が起こるのか把握してない場合が多いんじゃないかと思うけどね。

細野不二彦「電波の城」。細野不二彦はきれいでイヤな女を描いたら天下一品。本当にイヤな女が好きなんだろうなあ。魔子ちゃんとか、ぜったい無理して描いてたんだろうな。

雁屋哲、花咲アキラ「美味しんぼ」。超ひさしぶりに読んだら、ゆう子さんがまた妊娠。
自分にとっては、心底どうでもいいマンガになってしまった。「究極のメニュー」は、作品内でも本当に「単なる新聞社の企画」に成り下がってしまった。もうそんなことは数年前からずっとそうなんだろうな。
「究極のメニュー」の幕の引き方に関しては、「ものすごくつまんない簡単な料理を究極とか言うんじゃないか」とか、「山岡と栗田の結婚式のときに究極のメニューが出されるんじゃないか」とか、いろいろ言われてたけどこれじゃもう終わりようがない。
終わりどころを失った気がする。

そして先に名前をあげた江川達也の「日露戦争物語」。
……もしかして「HUNTERXHUNTER」の下書きっぷり以上の問題がここにあるのでは……ううう。

18年経っても思うのは、おそらくターゲットである読者層(十代〜二十代後半?)の悩みをうまくすくいとって、
「こういうふうになったら気持ちいいんだろ?」みたいなところを巧妙に提示してる、ってことですかね。
もちろんまったくわかってないのも論外だけど(それだったら売れないだろうけど)、

マンガはクルマじゃないからね。
クルマってよく知らないけど、年齢とか所得でターゲットが細かく決まってるんだって。
だからたぶん「ビッグコミック」というレーベルは、それぞれのターゲットに対し、細かく提示するものを分けているんだと思うよ。
そのいたれりつくせり具合を、
……まあ見届ける意志が自分にあるかどうか、だよなあ、と思う。

今だったら仕事がない、人生に目標が持てない、彼女ができない、将来が不安だ、
そういうことが若者、あるいは「青春」という時期から脱しつつある年齢層が持っている悩みだというのは私にだってわかりますよ。
それに処方箋なり、安心感を与えるとか、逆に不安を煽って続きを読ませるとか、そういうことができるのは(私がやれって言われてもできないけど)わかってます。
それだけじゃない作品が提示できるかどうかなんでしょうねえ。

当たり前の話かもしれないけど。

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・「ヤングサンデー」12号(2006、小学館)

すっかりマンガ雑誌から離れてしまっていたので、突発的に読もうと思って購入。
表紙&巻頭グラビアは山本梓。昨年度の同誌登場回数ナンバー1だそうである。
巻末は相澤仁美。

黒丸、夏原武「クロサギ」は、詐欺を懲らしめる詐欺師の話らしい。主婦にローンを組ませてトンヅラする化粧品訪問販売員を、後編でどうにかするらしい。
「クロサギ」っていっぺんも読んだことない。この前半部分はいいとして、「懲らしめ」をどうやるかで私の評価は決まる(私の評価が決まったところで、別に世の中どうもならんけど)。

浅野いにお「ソラニン」は、「素晴らしい世界」の、その後の連載としては自分の想像どおり。
「マンガ一般」としてのレベルは一定以上だが、テーマの掘り下げ方などに許し難いものが私の中にある。
それは本作の問題ではなく、私の問題かもしれない。

酒迎謙志「剛球バカ一代」が新連載。成績が悪くて推薦で大学に行けなかった野球バカの男が、どうやってプロになるか……みたいな話なのかな。

ダンカン、松浦聡彦「お笑いの神様」は、お笑い芸人を目指す若者の話だが……正直、ダンカンがこれを書くかー、と思ってしまった。いやマンガ自体面白ければいいんですけどね。この1話読んだだけじゃわかんないや。

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・「パチスロ7 Jr.」3月号(2006、蒼竜社)

鶴岡法斎、宮塚タケシ「ヤマアラシ」が最終回。
ゆかりと同棲を始めてから、安心感とともに、一人だった頃と違う不安感が頭をもたげてきた堀田。
彼女に食べさせてもらうような状態がイヤで、熱があるのに無理をしてスロットを打ちに行き、倒れてしまう。
しかし、堀田にはそんな彼を気遣ってくれるゆかりがいて、仲間がいた。

確か5年くらい連載していたと思う。
実はスロットをやらない私がスロットマンガを読んでいたのは、「パチスロ7」で石山東吉のぶっとんだパチスロマンガ「ランブルアイズ」をやっていたからという理由がひとつ。
それともうひとつは「ぶっとび系」のマンガを探すためには、5年前にたぶん今以上に種類の多かったパチスロやパチンコのマンガ雑誌を読まなければいけないのではないか、と思ったからでもあった。

結果的には、最後までじっくり読んだのは、ぶっとび、という意味あいとは正反対の、渋みのあるこの作品だった。

私も全部のパチンコ・パチスロマンガ雑誌を読み続けたわけではないが、「攻略中心」という特殊性と、それともうひとつは景気の悪さ、世間全般の余裕の無さもあったのかもしれないが、物語性のあるマンガ作品が意外に少なかった印象がある。

しかし、本作はパチスロがまったくわからなくても読むことができる作品で、なおかつ、ギャンブルで勝った負けたという側面より、スロプロ・堀田を取り巻く、二十代後半から三十代初めの、ひととおり青春時代は過ぎ去ったはずの年代の青春群像、という要素が強かった。そこに興味をひかれた。

堀田のスロプロとしての不安感と、同年代の人間が就職や結婚をしていくという焦りと、そんな中からでも自分のプライドを紡ぎ出していくという過程がカッコよかった。
一方で、堀田がうらやんだりときには劣等感を感じる友人たちにもそれぞれ選択した道があり、悩みがある。
それを描いていたのもよかった。

また、連載の流れとしては、すべてが続きものという雑誌ではないので、おそらくどこから読んでもある程度意味がわかり、なおかつ長期連載として、ワンパターンのフォーマットを持たないというテクニックが要求された作品であったように思う。
そういう舵取りの中で、それぞれのキャラクターが成長したり、居場所を見つけたりした。

二十代後半〜三十代前半の人間の、不安と、一方で、苦しいことばかりじゃないとか、生きててよかったと思える日があるんだとか、そういうことを描いていたことがこの5年間で、他のマンガや社会状況とも合わせて重要だったように思われる。

キャラクターたちが、妙なニヒリズムというかシニシズムに陥っていない点が、とても地に足の着いた感じを与えていたと思う。彼らの悩みは観念的なものではなくて、「自分はどうなっていくんだ」ということだし、何というか「悩む」ということに変な言い訳はつけていなかった。

たとえば、どちらかというと斜に構えた態度をとってしまう堀田も、自分がスロットが大好きだということは隠さない(浅野いにおとか、沙村広明の「おひっこし」とかにはこういう部分が欠けていると思う)。

本作での自分が好きなシーンは、いろいろあるけど、確か時間つぶしに入った映画館(明らかに、今は亡き新宿昭和館)で、堀田の友人が任侠映画を見て泣いているところ。
あれが何となく、本作の登場人物の性格を表しているような気がする。

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・「週刊少年チャンピオン」11号(2006、秋田書店)

まず、表紙&巻頭グラビアが和希沙也。で、グラビアに「ボクらのナントカタンが見せる大胆水着!!」みたいな惹句があるでしょう。あれがあまりにヒドすぎるので、チャンピオンを持っている人は見てみてください。
どうも、わざと極端に書いてウケを狙っているわけでもなさそうだしなあ。

「もう完全に死に体」だと思っていた板垣恵介「範馬刃牙」ですが、私にとっては最近面白いです。やっぱり読みながらニヤニヤして「そんなわけねェだろ」なんて言いつつ読んでしまう、それが少年マンガというものです。

あと昆虫バトルマンガ「サイカチ」と、「剣聖ツバメ」が面白いです。でも「ツバメ」に出てくるじいさん、キャラ的には「シグルイ」っぽいよね。

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