書籍

【書籍】・「と学会年鑑KIMIDORI」 と学会(2009、楽工社)

Nenkankimidori
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雑多な、トンデモ本、グッズ、映像などを集めた本。
読み終わったので、感想。
この「KIMIDORI」も、けっこうサラリと重要なこと、書いてありますよ。
明木先生、気楽院さんの漢文やラテン語に関する講義、「新体系物理学」とやらの話、「水伝」が学校の副読本に使われている話、「自分の中に架空の存在をつくって癒されよう」という謎の心理本など。

なお、第17回トンデモ本大賞発表の模様も収録。

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【書籍】・「と学会年鑑BROWN」 と学会(2009、楽工社)

Nekanbrown
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雑多な、トンデモ本、グッズ、映像などを集めた本。
「ホームレス中学生」田村の父が、超能力によって探し出されたというのがウソであるという検証記事が入ってます(まあ田村も大変だとは思いますが……)。

いつも思うが、年鑑の感想を書いてくれる人ってほとんどが超常現象のデバンキング目当てな気がする。
それでもいいけど、サラリと重要なことが書いてあるシリーズなんですよ。

で、今回は少年犯罪とゲームの関係を扱った「少年たちは電気羊の夢を見るか」と宗教方面から「ダ・ヴィンチ・コード」にツッコミを入れた「ダ・ヴィンチ学園 身体検査の巻」が、知的好奇心をくすぐられて面白い(他にも面白い記事はたくさん載っていますけどね)。

で、それをふまえた上で、「ダ・ヴィンチ・コード」へのツッコミに関する、「伝奇小説」全般の問題(?)について触れてみたい。

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・「と学会年鑑KIMIDORI」 と学会(2009、楽工社)

Nenkankimidori
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おなじみ、トンデモな書籍、マンガ、グッズ、ビデオ、その他もろもろを紹介した本です。

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【映画】・「バッド・ムービー・アミーゴスの日本映画最終戦争2007-2008 邦画バブル死闘編」 柳下毅一郎&江戸木純withクマちゃん(2009、洋泉社) 

Badmovie
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「銀色のシーズン」や「少林少女」など、映画ファンでもまず観に行かない邦画バブル下の映画群に関して、「ガース」、「エド」、「クマちゃん」という人の三人が、各映画ごとに鼎談する形式の本。

オビには「ダメ日本映画58本メッタ刺し!」と書いてある。
まあ、そういう本です。

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【書籍】・「と学会年鑑BROWN」 と学会(2009、楽工社)

Tonenkanbrown
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「と学会年鑑」シリーズの感想をネットであさると、「トンデモ本の世界に比べると今ひとつ」とか「物足りない」とか書いてあり、なおかつその理由が書いてない場合も多い。

あーあー、だがわかってますよ。たぶん「超常現象、擬似科学のウソあばき」がないからなんでしょ!?(よく読めばちゃんと載ってることがわかるはずなんですけどね。)

という理由からか何かは知らないが、今回は「麒麟・田村の父親探しを超能力で行ったという特番」に関する、山本弘会長のウソあばきが特別収録!!
これで文句は言わせない!!

なお、表紙は本書で紹介されている、あるトンデモな文具が元になっている。興味のある方はぜひ読んでみてください。他もいろいろ面白いよ。

……それにしても、「超常現象以外のヘンなもの探し」は(超常現象のデバンキングだって本当に大変なのだが)いばらの道、血をはきながら続けるナントカカントカであることよ。いいんです、好きでやってるんだから!!

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【書籍】・「青いムーブメント まったく新しい80年代史」 外山恒一(2008、彩流社)

Aoi
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九州を活動拠点とする「革命家」を称する、外山恒一の著作。
……一般的には、「都知事選に出て悪の総帥みたいな政見放送をやったスキンヘッドの青年」というイメージであろう。
本書は結論から言うと、かなり面白かった。

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【書籍】・「トンデモマンガの世界」

Photo
以下では、ネット書店をざっとわかるかぎり集めてリンクしてみました。

ジュンク堂

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楽天ブックス

ビーケーワン

Kinokuniya BookWeb

セブンアンドワイ

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【書籍】・「NYLON100% 80年代渋谷発ポップ・カルチャーの源流」 ばるぼら、監修:100%Project(2008、アスペクト)

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以下はamazonにあった紹介文。

NYLON100% の誕生30周年を記念して“伝説”のスポットの全貌を探る。

カフェ『NYLON100%』に集った著名人の証言と詳細な資料を軸に、当時のエピソードやその感性の源を訪ね、80年代、時代と共に「趣味」からやがて「娯楽」へと移りゆく日本のサブカルチャーの起源を辿るエンサイクロペディア大全。

【本書に登場する証言者・関係者】
上野耕路/太田螢一/大槻ケンヂ/加藤賢崇/管野秀夫/岸野雄一/久保田慎吾/KERA/小塚類子/サーシャ/サエキけんぞう/坂本みつわ/椎橋夏奈子/関川誠/高木完/地引雄一/戸川純/常盤響/中村直也/野々村文宏/林茂助/羽良多平吉/平沢進/Phew/ブラボー小松/巻上公一/増戸実/山口優/米原康正(五十音順)

私のシュミの研究課題は80年代前半の広義のサブカルチャーなんで、この本には興味津々です。もう買いました。

ここが著者のブログでいいんでしょうか。このリンクから、他の紹介文も読めます。

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【書籍】・「ライムスター宇多丸の マブ論CLASSICS アイドルソング時評2000-2008」(2008、白夜書房)

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雑誌「BUBKA」で2000年から連載している、ラッパー・宇多丸によるアイドルソング評をまとめたもの。巻末には小西康陽との対談も収録。

私が最初「BUBKA」でこの連載を読んだのがいつだったかな。「萌え」的な視点による「アイドルそのもの」の状況論はネットに溢れていたけど、楽曲に絞った批評は珍しく、すぐに単行本になるのだろうと勝手に思い込んでいたことを覚えている。
そうしたら、まさか5年以上の歳月がかかるとは。本書を読むとハロプロの隆盛~停滞~アイドル冬の時代再び~Perfumeの台頭という、全体的に「アイドル」に対して世間が冷淡な現状が読み取れるが、同時に出版不況なのもヒシヒシと感じてしまう(本当はどうなのかは、知らん)。

個人的にすっかりアイドルに興味を失っていた昨今だったので、本書を読んでいろいろと過去のことが思い出せたし、また最近の状況が掴めて面白かった。

なお、本書で強くプッシュされている曲を実際に聞いてみたけど、いいのが多いのは確かです。杏さゆりのCD、確かこの連載見て私、買いましたよ。
要するに本書の著者が「目利き」として確かで、本書がアイドルソングのガイドブックたりえていることは、ひとまず最重要だと言っていいでしょう。

さて、以下は自分語りも含めて本書を読んで思ったことなど。長いです。

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【書籍】・「イロブン 色物文具マニアックス」 きだてたく(2005、ロコモーションパブリッシング)

Irobun
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一風変わった色物文具について、1ページに1商品の構成で紹介した本。

まず私の自分語りをしますが、マンガを描かなくなってから文房具屋にはめっきり行かなくなり、パソコンでいろいろやるようになってますます行かなくなってしまいました。

しかし、本書を読んで文具の機能美の美しさや、よこしまな意味での楽しさを再び思い出させてもらいました。

紹介文のテキストがうまいです。単調になりがちなところにうまく変化を付けている。しかも、「変化を付けてますよ」という自己言及性が皆無なんです。これはできそうでなかなかできることではありません。

紹介されている文具については、私の拙い説明文を読むよりも、著者がやっている色物文具専門サイト「イロブン」を参照してください。面白いよ。

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【書籍】・「オールザッツバカ画像」(2008、インフォレスト)

Allthatsbaka
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ロフトプラスワンで定期的に開催されているイベント「オールザッツバカ映像」などで紹介されたバカ画像をまとめたコンビニ本。
イベントの「オールザッツバカ映像」の司会をやっているセラチェン春山&DJ急行両氏の写真とコメント付き。

同工異曲のコンビニ本はもう何冊も出ているそうだけど、本書は一行コメントの面白さが光ってます。

それにしても、読んでいてショックだったのは紹介された画像の98パーセントを私が知らないこと。紹介されていた画像サイトもすべて知りませんでした。
私のまったく知らないところで、こんなことが繰り広げられていたということがショックです。

まあ、私のアンテナの低さは今後も治らないでしょうけどね……。

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【書籍】・「トンデモ音楽の世界」 と学会+α:著、唐沢俊一:編、杉ちゃん&鉄平:曲(2008、小学館)

Tondemoongaku
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クラシック、アニメ主題歌、アイドル歌謡、「初音ミク」などなど、「音楽」に関することを幅広く取り上げ、そこに「トンデモなもの」を見出すという試みの1冊。

さらに、クラシックにポップな事象を織り交ぜて曲にし、演奏するデュオ「杉ちゃん&鉄平」の新作ミニアルバム(CD)付き!

実は新田五郎も書いている……。

私個人はなかなか大人の事情で、当初紹介しようと思っていた作品に言及できなかったりといろいろありましたが、まあ全力を尽くしましたよ。

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【書籍】・「と学会年鑑AQUA」発売!

Aqua
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以下、公式ページより。

著:と学会 (刊行日 2008/03/27)
四六判(188㎜×130㎜)ソフトカバー。320ページ。本文1色刷。
ISBN978-4-903063-19-5 C0095
定価(本体1500円+税)

詳細目次

注:本文中で紹介されている主な書籍・映像作品等もリストアップしました。なお、取り上げられている下記の書籍・映像作品等は、必ずしも「トンデモ物件」として紹介されているとは限りません。中には「オススメ物件」として紹介されているものもありますのでご注意ください。

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【書籍】・「のはなし」 伊集院光(2007、宝島社)

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タレント・伊集院光が、携帯電話のメルマガに週三回、連載していたエッセイから選んで1冊の本にしたもの。
「『祟り』は信じないがお墓でオナラはできない」、「すべてのもんじゃは邪道」などの名言もチラホラ。「江戸っ子気質としては、あまりに露骨な値切り方は品がないとされている」というのも、オジサンが言うとピンと来ないが同世代の伊集院が言うと納得できる(私は東京生まれなの)。
逆に、私は下町育ちではないので、もんじゃ焼きをあまり食べたことがない。

まあとにかく、伊集院の、ラジオとはまた違った文章での語り口を堪能できる。

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【書籍】・「UFO学入門 伝説と真相」 皆神龍太郎(2008、楽工社)

Ufogaku
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1996年刊行の「宇宙人とUFO とんでもない話」の増補改訂版。
戦後UFO神話の端緒となったケネス・アーノルド事件をはじめ、カラハリ砂漠UFO撃墜事件、ガルフブリーズ事件、コンタクティ、キャトル・ミューティレーション、ミステリー・サークル、ロズウェル事件、宇宙人解剖フィルムといったおもだったUFO、宇宙人神話について真相が描かれている。
96年以降、動きがあったものに関しては加筆がされている。

たいへんに面白い。増補前のものを持っている人でも、買って損はないと思う。
とくに、大槻ケンヂのエッセイなどからUFOに漠然と興味を持っていて、なおかつ懐疑派のキミにはぜったいにお勧めだ!!

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【絵本】・「ザ・たっちの 日本すかし話」 作:ザ・たっち、絵:リタ・ジェイ(2008、小学館)

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双子の漫才コンビ「ザ・たっち」が、「いろんな昔話のキャラクターがもし双子だったら」というテーマで原作を書き、それにリタ・ジェイ(「JJポリマー」の成田優介氏)が絵を描いてできたパロディ絵本。

絵本だというので、どこか教訓話的なものかと思ったら、最初の「浦島太郎」からの投げっぱなし的展開に驚く。
ザ・たっちのショートコントを連想させる内容。

それと、イラストを担当されているリタ・ジェイさんと知り合いだから言うわけではないが、絵がすごくキレイです。切り絵のような感じで、ところどころにお笑い芸人っぽいアソビが入っている。カラー、モノクロ交えて100枚以上ものリタ・ジェイさんの絵を観られることにも充分に価値があります。

ザ・たっちの名前なら、ネタ本でも企画として成り立つとは思うが、書籍としてのレベルが高いこと、時間が経っても風化しないたぐいのパロディであることなどから、いい仕事をしているな~と思った。

好企画ですね。

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【書籍】・「結婚詐欺師クヒオ大佐」 吉田和正(2006、新風舎)

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米軍のパイロットでカメハメハ大王のなんかで、エリザベス女王のなんかで……という超絶フィクション的たわごとによって女性をだましてきた、結婚詐欺師・クヒオ大佐について書かれた本。
映画「カタクリ家の幸福」でキヨシローが扮した男が、このクヒオ大佐がモデルである。

ネットをざっと見渡すと、「作者が前面に出すぎ」、「虚と実の境界がわからないので期待はずれ」、「クヒオ大佐の真実だけが知りたかった」などの感想が多い。
しかし、結婚詐欺の被害者のことなど今まで考えたこともなかったが、だまされたとわかったら、おそらくこれほどだまされた方が罪人扱いされる犯罪もないのではなかろうか。

しかも、周囲の白眼視はおそらく軽微ではありつつも容赦なく厳しいものになるだろう。たぶん、周囲の人間の「だまされた方が悪い」という感覚には自身の罪の意識がないからだ。
そこが、普通の泥棒や殺人などの被害者と違うところである。

ということで、何から何までノンフィクションというかたちで描くことはたぶん無理だろう。だから、このような小説仕立てでも自分は良かったのではないかと思う。
また、本書が虚実ないまぜになっているとすると、どこからが「実」なのかを想像してみるのも面白い。

まず、クヒオ本人の性格。これはかなりリアリティがあるのではないかと思う。
自分でも自分のついた嘘を信じ込んでいるようなところとか。
あるいは、「これからは改心して自叙伝を書け」と、ジャーナリストである筆者が本のレジュメをつくって渡すと、かえってきた数枚の原稿には真実ではなく今までクヒオが書いてきた嘘が羅列してあった、この辺はたぶんまるまるフィクションだと思うが、実に真実味がある。
この手の自分自身がパフォーマーとして優れている(?)人間が、必ずしも面白い文章が書けるわけがないことを作者は経験上知っているのかもしれない。

それと、クヒオに関わった女たち。
クヒオにだまされながらも、彼を夫として面倒を見続けようとする女性が出てくるが、これがまたキャラクター造詣として本物っぽい。
なんか、この人自身がちょっと変わり者なところとかが。
また、650万円だましとられた女性が、クヒオを疑う友人と絶交してしまい、だまされたとわかったときには東京にいられない、とすら思いつめて本当に出て行ってしまうところなども、そのとおりのことがあったのではないにしろ、「結婚詐欺」の被害者女性の行動をリアルに描いているのではないかと思う。

大槻ケンヂは、「著者はマジメに書いているのに爆笑本」とラジオで言っていたけれど(どこかに音源があるので興味のある人は探して)、私は全編とおしてとても笑えなかった。
とにかく、出てくる人間が筆者とクヒオを含め、なんだかあまりに悲しすぎるのである。

弱い人間が嘘をついて、それにさらに弱い人間がだまされ、振り回される。それに義憤を感じた作者もふりまわされる。作者は自身が女性週刊誌あがりのしがないフリージャーナリストであることを自嘲している。すべてが二流で、三流で、すべてが哀しい(作者の筆が三流だと言っているわけではありませんので念のため。また、本当に登場人物がここまで物悲しい人々だったかもわからない。筆者の目線というフィルターが通っているだろう)。

とってつけたハッピーエンドは、たぶん本当にとってつけたフィクションなんだろうけれど、こうでもしないとやりきれないという作者の気持ちは伝わってくる。

なお、クヒオ大佐のオモシロ言動についてはプリンセス・ジョナ・クヒオ大佐研究所にくわしい。

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【書籍】・「トンデモ本の世界V」 (2007、楽工社)

Tondemov
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「著者と違った意図で本を楽しむ」シリーズの1冊。「U」と同時刊行された。
本作では、「トンデモ本大賞」受賞作品「「ガチンコ心霊交遊録」、「人類の黙示録」などが面白かった。他もぜんぶ面白いですけど。

山本会長の「あとがき」は、「セカイ系」という言葉は一行も出てこないけどものすんごくまっとうな「セカイ系批判」になっております。正統的なSF的思考をする人が、正統的にセカイ系を批判すると確かにそうなりますわな。
(あ、「セカイ系」って言葉が今でも有効かどうかは私は知りませんが、主人公の「日常」と、彼を取り巻く大きな世界が断絶している物語のこととして、私はこの言葉を使っています。)

以下は余談。

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【書籍】・「トンデモ本の世界U」 (2007、楽工社)

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「著者の意図と違ったところで本を楽しむ」という趣旨の、すでにおなじみのコンセプトによる本。
この「U」のトピックはというと、個人的には松本清張、ライアル・ワトソンといった大物の著作に関する「トンデモ」観点からの批判が載ったことかもしれない。
あるいは「血液型性格入門」の項は、「安易な懐疑的論調を批判しなおす」という点で興味深い。

それともうひとつ思うのは、読者ももうちょっと各執筆者の個性を把握していてもらえればもっと面白いのに、ということだ。
「トンデモ本の世界」シリーズの強みは、大きな「トンデモ本を楽しみ、考察する」という大枠が多くの人に受け入れられているということだが、実はよく読んでいくと個々人の考え方はけっこう違うのである。

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【書籍】・「トンデモ超常レポート傑作選」 志水一夫(2007、楽工社)

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なんと単著としては10年ぶりだという、志水一夫先生の懐疑的トンデモ研究の書。ユダヤの陰謀、田中上奏文、モルモン教、天中殺、UFO、ヒトラー&ナチス、ジョン・レノンとオカルト、催眠などについての文章が載ってます。

「世間がオカルトに否定的な時には、怪しげなオカルトにも調べてみる価値があると訴え、逆にブームになると、中にはトンデモもあるよと指摘してきた」(あとがき、P293)というのが本書を端的に表しているんじゃないでしょうか。

志水先生の懐疑主義者としてのスタンスについては、本書収録の皆神先生との対談に要注目。

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【書籍】・「トンデモ日本史の真相」がアマゾンで買えるようになった

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原田実先生の「トンデモ日本史の真相」がアマゾンで買えるようになったようです。
感想を書いたときは、品切れかなんかでリンクできなかったので貼っておきます。

私の書いた感想

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【書籍】・「X51.ORG THE ODYSSEY」 佐藤健寿(2007、夏目書房)

X51org
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超常現象、珍談・奇談全般を扱うサイト・X51.ORGの管理人が、エリア51、ロズウェル、南米、タイ、チベット、ヒマラヤなどを実際に旅行、UFO墜落回収説、UFOナチス兵器説、謎の地下王国シャンバラ、そして雪男(イエティ)の伝説と真実に迫る。

値段は2500円と少々張ったけど、日本ではぜったい見られない、美麗な風景、奇怪な光景などの写真も満載、バランスのとてもいい本だと思う。

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【書籍】・「アイドルにっぽん」 中森明夫(2007、新潮社)

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「おたく」、「チャイドル」などの新造語を生みだした、かつて「新人類」と呼ばれたライター、中森明夫のアイドルに関する論考集。

正直、私の周囲で積極的に中森明夫を評価する人ってぜんぜんいないんだけど、私はけっこう好きである。

中森明夫の文章は、ものすごくぶっちゃければほとんどの場合が「特定の対象に対する持ち上げ」であり、その文章の中でその対象を簡単に総括し、現在を語り、そして未来を語る。
特徴的なのは、その「未来」が何十年も先のこととかではなくて、ほんの数瞬先、たとえばそのテキストの掲載誌が週刊誌なら一週間、月刊誌なら一ヶ月ほどの「未来」であるということ。
それともうひとつは、当然、その未来は輝かしいものであるということ。

たいていの場合は対象を精緻に分析したり、慎重でなおかつ長いスパンの予測をしたりということはない。
だからこそ、たぶん賞味期限が短く、単行本にもならない。本書にはいくつかのそのときそのときのアイドルコラム(主に「SPA!」でやってた「ニュースな女たち」)が収録されているが、これは取捨選択がなされているだろう。
だが、取捨選択がなされているだけに、チョイスされたコラムは現在まで射程が届いているものだ。

あるいは「精緻に分析したりすることはあまりない」と書いたが、本書に収録されている第二章「八〇年代/アイドルの肖像」と第三章「アイドル論を越えて」は、近頃ネットに溢れる数多のアイドル論を含めて評価しても、かなりのものとお見受けする。

そもそもが、アニメやマンガ、特撮などと違って「アイドル評論」というのはほんのわずかな人を除いて根付かなかった。その中にあって、アイドル論、あるいはアイドルに関する雑文で今までお金を稼いで来ただけですごいことであると思う。
中森明夫の「アイドル雑文」は、インターネットにあらゆる感想が溢れる現在こそ、評価されるべきものかもしれない。

……とここまで褒めたが、後半収録されている「篠山紀信」論を除くゴクミ、宮沢りえ、栗山千明、小沢健二、監禁王子などに関するテキストは、この人の悪い面が全面に出てしまっているというか、あまりにもコジツケな部分と無責任なアジリと感傷がいりまじっていて、ピンと来ない人もいるだろう(まあ、中森明夫にしてみればこっちが真骨頂かもしれないのだが)。

本書を読むと、中森明夫が決して80年代の浮かれ騒ぎの残滓で食ってきたのでないことは理解できる。
たとえば、「アイドル論」に関して、決して二次元美少女まで論じなかったことはおそらくこの人なりの「見識」であり、生身の女の子がアイドルを演じる、ということのみを論じるのがこの人の「覚悟」であり、
さらには美少女アイドルを語るときに必ず問題になってくるフェミニズムやジェンダーの問題にも、意識的なんだろうなと思う。
フェミニズムとかジェンダー論などをまじえてアイドルを語ることも可能なのに、あえてやっていないことがこの人の意識的なスタンスなのだろう。「小倉千加子論」が載っているからね、意識していないはずはないんですよ。

よく考えたらこの人、80年代に「ポストモダン」っつてたけど、もはや21世紀には彼の言っていた「ポストモダン」とは別種のポストモダン(たとえば東浩紀が言っているような)が立ち上がってきてしまっていて、変な話だけど「新・ポストモダン」の世の中で、「旧・ポストモダニスト」として自分がどう生きるかみたいな、そういう覚悟は何となく感じるんですよ。

アイドルが好きなら、読んでソンはないと思いますね。

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【書籍】・「トンデモ日本史の真相」 原田実(2007、文芸社)

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と学会員の原田実氏が執筆した、主に歴史関係のトンデモ説について実際はどうなのか解説したもの。
日本のピラミッド、遮光器土偶宇宙人説、源義経ジンギスカン説といった、「いわゆる」トンデモ的な話から、「聖徳太子非実在説」、長州も薩摩も、明治天皇までが一枚の写真におさまっている「フルベッキ写真」といった、ちょっと歴史に興味のある人なら聞いたことのある話、そして「秀吉の一夜城」、武田信玄騎馬軍団、安倍晴明など、ほぼ歴史に興味のない人でも聞いたことのある話まで、その真相が解説されていて面白い。

個人的には、秀吉の一夜城はまったくの虚構、織田信長の鉄砲三段撃ちは無かった、武田騎馬軍団の後世の過大評価具合などは、なかなかショッキングな真相だった。
もちろん、作者の専門領域(たぶん)である古史古伝についても多くページがさかれているし、歴史ファン、トンデモファンの間で話題になったトピックを一般の人に解説するという意味でも、非常に興味深い内容になっている。

日本人は(他の国の人は知らないが)もともと歴史の物語性を重視して真相を掘り下げるという傾向はないように思う。また、「政治と宗教の話はしない」といったある種のタブー感も手伝って、珍説・奇説が放置されているのではないか。
そういう意味でも、珍説・奇説を検証する本書の意義は深いと思う。執筆するとなると大変な労力になると想像するが、続編があったら読んでみたい。

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【書籍】・「図説 神代文字入門」 原田実(2007、ビイング・ネット・プレス)

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漢字は中国から伝来し、そこからひらがな・かたかなができた、要するに日本の文字はすべて中国源泉ということになりますが、漢字が中国から入ってくる前から日本に文字はあったんだ、その証拠だ、と言われて提示されるのが「神代文字」だそうです。

まあ、すべていつの時代かに偽造された文字だということですが、それについて解説したのが本書。「読める 書ける 使える」となっていて、語学のテキストみたいに練習帳が付いているところがお茶目です。

私もそういう文字があることは少しは知ってましたが、本書に載っているように32種類もあるとは知りませんでした。何十人という人々が、「日本の古さ」を正当化するためにオリジナル文字を考えていたというのは驚きですし、ナショナリズムと関連しているのかもしれませんが何か哀しささえ感じます。まあ甘っちょろい感傷かもしれませんがね。

当然、「捏造された文字」なので教科書にはひとつもでてきませんし、一部の研究者しか知らないものもあるでしょう。
しかし、マンガやゲームに使用された例もあり、まだそういう例はないですが特定のマンガやゲームから神代文字が大流行して女子高生が親にわからないように暗号として使ったりしたら、使用されなかった文字が日常的に使用されるという虚実がないまぜになる事態になるわけです。
神代文字というのは、超能力とかスピリチュアルなものとは少し違って純粋に「道具」としても機能しうる、そこにあやしい魅力があるように思います。

やや抽象的な言い方をすると「ふだんの生活とはあまり関係のないところに知識大系が存在し、そしていざそこに足を踏み入れると、日常とぜんぜんまったく無縁ではないことがわかってくる」という意味でも、あやしい魅力があります。

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【書籍】・「と学会年鑑ORANGE」 と学会:著(2007、楽工社)

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年4回の例会から面白い発表をピックアップしてまとめたもの。
メキシコのサント(プロレスラー)映画、まぬけでほのぼのした会話の市議会の議事録、「むかしの中国のUFOだと言われる絵の解析」、「勤王の志士が一堂に会して撮影したとされるフルベッキ写真」、「自宅でできる自己美容整形」、肖像画や彫像を見て病状を診断してみようという本、言ってることがあいかわらずムチャクチャな高橋克彦語録……などなど。

そしてトンデモ本大賞「量子ファイナンス工学入門」そのものと、一見、まったくトンデモ本でも何でもないように見える本書が大賞ノミネートの条件を満たす期間内に発見されたという奇跡に震えてください。

……それにしても、よくわからないのがこのシリーズに対する、ネット上に載ってるいくつかの感想で……。
まあどんな感想抱こうが自由ですが、「近頃面白くなくなった」とか「宗教ネタは笑えない」とか、なんだかよくわからないものが多い。
「どこがどう面白くなくなったか」を、もうちょっと詳しく書いてもらえると、私個人は参考になるんだが……。

最近思うけど、と学会の本にかぎらず「ちょっと斜めからものを見る」本も、人それぞれ求めるものが違うんですよね。
とくに超常現象のデバンキングを求めている人と「おバカな物件」を求めている人は、重なっているけど微妙に離れている部分もあって、なかなかむずかしいです。

それと、「変さ」に説明を要するものはなかなか理解されにくい。もちろん、それだからこそ説明の意味があるんですけどね。

そうそう、それと、すごい情報量が詰め込まれているので、本書に載っていることを単なるジャンク情報だと決めてかからない方がいいです。読者の知識と、思わぬものが思わぬところで化学反応……ってこともないではないですから。

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【書籍】・「心霊写真 不思議をめぐる事件史」 小池壮彦(2005、宝島社文庫)

Sihnreisyashin
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幕末から現在までの日本の写真史を追い、「心霊写真」の歴史を概観する本。
滅法面白かった。とにかく詳しい。思いつきで書かれた本ではない。おそらく、作者はオカルトやホラー全般についてものすごく詳しいのだろう。その知識の中から、「心霊写真」の歴史だけを抜き出したら何が見えてくるか、を考察した本だとも言える。

たとえば「心霊」という言葉がどこから来たか、話をそこから始めるのだ。そうすると19世紀の海外のスピリチュアリズムが日本にどういう経緯で輸入されてきたかということが問題となる。
また、同じ「写真」ということで「念写」とも心霊写真の歴史は交錯する。念写実験で有名な福来友吉と、大本教に入信し霊魂不滅を信じる浅野和三郎の考え方の違いなどは、比較するだけでなかなかにスリリングである。

欧米心霊主義は、「科学では説明できないことを科学的アプローチによって説明しようとする」という矛盾を最初からかかえている。だからはっきり言えばくだらないのだが、しかしその成立過程にはそれなりの理由があることもわかった。

心霊写真そのものの歴史としては、専門の写真家が偽造した「明確に顔などが写っている心霊写真」から、ある時期を境に「目と口に見えないこともない三点を、見る側が『発見』することにより成立する心霊写真」へと変わったのだという。
そして、「発見」された心霊写真は専門家によって「鑑定」されて初めて認定されるというシステムができあがり、それゆえに「怪談」を怪談たらしめる物語は簡略化され、堕落(?)していく。

しかし、ブームを経て一般化した「心霊写真」、「映像の中に写る霊」という考え方は、映画「リング」を代表作として今度は創作の中でイメージを開花させてゆく。
そんなことがわかる本でした。

さて、以下は本書とは直接関係ない話なので、読みたい人だけ読んでください。

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【書籍】・「超能力番組を10倍楽しむ本」 山本弘(2007,楽工社)

Cyonoryoku

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「FBI超能力捜査官」、「TVのチカラ」などに登場する超能力のインチキを徹底解明する本。
こちらもこの本と同様、ひとつの番組に関する分析がハンパじゃない。また、「どうせテレビなんて……」、「どうせ巧妙にインチキが隠されていて、証明はできないんだ」とあきらめる前に、テレビの中にもヒントが隠されている場合があることを示してくれる。

前半のいかにも「手品」っぽいトリックあばきも面白いのだが、どうしても「実際の動画を観てみたい」という気分がよぎる。またドラマ「トリック」などでも出てくるトリック(ややこしい)ということになるのだが、後半の遠隔透視能力(行方不明者の居場所を超能力で当てるなど)のインチキあばきがなかなかすごい。

いやそもそも、こういう番組って信じる人は観るし、信じない人は観ない(私も観ない)。それを、懐疑的な視点で観て分析するというのが面白い。また、透視して当てた行方不明者の場所をモザイクのかかったテレビ画面とインターネットを駆使して探り当て、実際に行って検証するというのがすごい!
本書に超能力探偵というのがよく出てくるが探偵小説的な面白味はそのインチキあばきの方にあるんだなー。

なお、本書はSF作家のお父さんと中学生の娘さんとその友人の男の子との会話形式になっていて、ルビもふってあり小学校高学年から理解可能なように配慮されてある。

で、本書に関するイベントもある、と。

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【書籍】・「ギボギボ90分!」永瀬唯、植木不等式、志水一夫、本郷ゆき緒、皆神龍太郎(2006、楽工社)

Gibogibo

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タレント霊能力者の代表的存在であった宜保愛子の霊視の一種のトリックについて、主に92年放送の番組「宜保愛子・新たな挑戦 ピラミッドの謎に迫る」の詳細な検討によって明らかにした本。

私は今さら「ナンシー関が、今も生きていたら……」って言うのが嫌いだ。それは「テレビに対して独自の視点を持て」と主張し続けた彼女の主張に、けっきょく依存しているにすぎないからだ。
また、ネットワーカーが彼女とは違う視点のテレビ評、人物評に関してまったく評価を加えない(と、自分は思う)のにもかねがね不満に思っている。
いったい、いつまで立ち止まっているつもりなんだ?

そして、本書は優れたデバンキング作業の結果であるとともに、新しいテレビ評のあり方を提示したものだと思うのである。

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【書籍】・「エロの敵」安田理央、雨宮まみ(2006、翔泳社)

Eronoteki

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「消えゆくエロ本文化」、「『進化』するアダルトビデオ」、「インターネットの影響と次世代アダルトメディア」の三章に分けて視覚的エロメディアについて書かれた本。
すごく面白かった。
まず「エロは不況に強い」というのは幻想になりつつあるというのは、正直知らなかった。AV業界の人とか、だれでも濡れ手に粟で大もうけしていると思ってましたよ。またいわゆる「エロ本」が本当の意味で変化を遂げつつあること、「インターネットによって『裸』の価値が大幅に下落した」というところなど、漠然とわかってはいたが業界の人から現状分析してつきつけられるとけっこうショッキングですね。

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【書籍】・「カルチュラル・スタディーズ入門」 上野俊哉、毛利嘉孝(2000、ちくま新書)

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「カルチュラル・スタディーズ」という言葉をよく聞くようになったので買ってそのままにしてあったものを今頃読んだ。
結論:よくわからなかった。

この学問の出自は後回しにして、何でもいいから典型的な研究例を出してから説明する、といった構成の方がよかったんではないか。

ただものすごく大ざっぱに言って、マルクスから現代思想につながって世相を斬る、という方法論らしいので、実はいわゆる「サブカル」が浮かび上がるとしたらコレの強い打ち出ししかないんじゃないかと思う。……と言いつつ本書の刊行から6年が経過し、私の実感では取り立てて「サブカル」の復権がなされたという話は聴かない。だから自分はまったく見当違いのことを書いているかもしれないのだが。

本書にも書いてあるように、なぜか日本で「わかりやすさ」を追及する論者にナショナリズム寄りの人が多いようには、私も思うし、若者がものすごく単純に言って右傾化しているとも思う。
が、それがカルチュラル・スタディーズ的観点から批判されるべき現象なのか、いいことなのか悪いことなのか、あるいはオルグしてなびくなびかないの問題なのか、それとも右/左という枠組みそのものの問題なのかは浅学にしてわかりまへん。
ただ、勘としては「右/左」という枠組みそのものが解体しているんだろうなあ、と思う。

だから、本当はニューレフト側からやるべきことと言うのは、「生活のリアリズム」から簡単にナショナリズムに直結する言説があったとして、自分を「左」という立場から語らずに、相手も、そして自分の立ち位置をも解体してしまうことなんだろう。などと書くのは簡単だが、まあ私には無理だなあ。

だれかやってるのかな?

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【書籍】・「日本の偽書」 藤原明(2005、文春新書)

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いわゆる「古史古伝」について解説した入門書。
出てくるのは「上記」、「竹内文献」、「東日流外三郡誌」、「秀真伝」、「先代古事本紀」、「先代古事紀大成経」の6冊。

偽書に懐疑的な本……というよりは、「偽書」と一般的に言われているものは「にせもの」と学術的に確定したものなので、まず真偽がひっくり返ることはない。だから、偽書について突っ込んで解説するとなるとそれは必ず批判的な文脈で、ということになる……と私は思っている。
非常に丁寧かつ簡潔にそれぞれの偽書について解説されている。また「言説のキャッチボール」によって偽書が生成していく、というのはうなずけるところ。
すなわち「言葉をやりとりすることによって、何となくの『信じたい話』が浮かび上がってくる」ということだろう。
ものすごく大ざっぱに言えば、都市伝説を紙の上に定着させているようなものだろうか?

ただし、「人はなぜ偽書にひきつけられるのか」という理由として、(偽書にひきつけられる人は)「多様な解釈、深読みを試みる中世の知のあり方に魅了されているのではないか」というのは、確かにそういうこともあるだろうが、
「中世」に特化させると今度は「人はなぜ疑似科学やオカルトにひかれるのか」という理由と離れてしまう気がする。
偽書にハマる人は、たぶん他の疑似科学やオカルトにハマる人と重なっているところが多いだろうからだ。

それにしても、これは独学で調べたのかな? 6冊、偽書を読むだけでも大変なのに研究して本まで出してしまうのは本当にすごいことです。

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【書籍】・「ハローバイバイ・関暁夫の都市伝説―信じるか信じないかはあなた次第」  関暁夫(2006、竹書房)

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テレビ番組「やりすぎコージー」でやった「芸人都市伝説」のコーナーで、トンデモ疑似科学や陰謀論系の都市伝説をしゃべったお笑い芸人・ハローバイバイ関暁夫の本。

うーーーーーーーーーーーーーーん、自分としてはイマ5、イマ6くらいな感じ。
9割方知ってるネタだったし、ユダヤ陰謀論や米政府陰謀論に対する無邪気すぎる振る舞いも、(まあ文句を言う方が大人げない気もするが)あまり好きではない。
ところが、すごい売れているらしい。ラジオで言っていたのは8万部。話半分でも4万部だ。サブカル系の書籍ではけっこう出ている方なのではないか?
ミクシィレビューでも140件くらいコメントがあって、ほとんどが星4つか5つを付けている。
テレビの効果……と言ってしまうには謎だ。他にも都市伝説の本はたくさん出ているのに。

これじゃ他の都市伝説本をつくった人が浮かばれませんよ。

(でも、ハローバイバイのコントは好きです。)

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【同人誌】・「円盤本専門同人誌Spレビュー」(1)「円盤本の夜明け」号(2006、Spファイル友の会)

Spreview

「僕らには所々穴が開いた、出来損ないのパンケーキがある。円盤本を読もう。」
(本書前書きより)

円盤(つまり空飛ぶ円盤、UFO)について書かれた本のレビュー集。
目次などは公式ページのここ参照。

冬コミで買った同人誌。とても面白い。本書を読んで、いろいろと考え込んでしまった。

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【同人誌】・「Bの墓碑銘」(上)21世紀B級映画追悼録2001〜2003 唐沢俊一(2006、東京文化研究所)

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2001年から2003年までに鬼籍に入った、主にアメリカ・イギリスのB級映画関係の俳優・スタッフに関する追悼録。

役者の名前をさっぱり覚えられない自分にとっては資料的価値もあるし、一人ひとりに関しての業績とそれに関するトリヴィアや私見をきっちりまとめた短文は読みやすく面白い。
背景となる膨大な知識をコンパクトにしてアウトプットし、さらに文章として面白く読ませるという技のデパート的なものになってます。

本書まえがきのとおり「B級映画」というのはハリウッドの当時の体制から出てきたもので、その形態が変わってしまうとその姿もなくなってしまう。そのありようが「ある時期に亡くなった人々」というくくりで見てみると何となく浮かび上がってくるのが面白い。
そして、70代、80代で大往生を遂げた人々の中にときおり、30代、40代で亡くなってしまった人が入っているとドキッとする。50年代、60年代の映画についての記述の中にとつぜん90年代のものが飛び込んでくるから。

私の乏しい映画知識としてはジョン・フランケンハイマーを「D.N.A」という中途半端なダメ映画で知ったのだが、「いやこの人はもともとこんなもんじゃないんだ」とだれかに力説されたのを思い出した。そうかこの人も亡くなってしまったんですね。

通販もろもろについてはこちら

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【書籍】・「サンカの真実 三角寛の虚構」 筒井功(2006、文春新書)

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非農民であり、独自の信仰と掟、文字すら持っていたとされる「サンカ」のイメージを決定づけたのは三角寛の書籍だと言われている。
三角寛は「サンカ小説」という、通俗実録ものみたいなものを書いていたらしいが、それよりも「サンカ社会の研究」という研究書が出版され、学問的に参考にされてきたところが大きい。
本書は、その三角寛の業績を文献調査およびフィールドワークによって、「いかにインチキか」を暴いた本である。

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【書籍】・「偽書『東日流外三郡誌』事件」 斎藤光政(2006、新人物往来社)

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分量的には「戦後最大の偽書」と呼ばれた「東日流外三郡誌」について追い続けた新聞記者が、その真偽論争とそれにともなう騒動の顛末を追った実録本。

「東日流外三郡誌」とは、古代の東北に「まつろわぬ民」としての東北人の王国があり、それについて江戸時代の人物二人が全国を回って調査した結果を記した本であり、その写本が現存する、と主張されていたが実は「偽書」である(ややこしいが)。
高橋克彦の「竜の棺」で確か大々的に取り上げられており、記憶している人もいるかもしれない。
いわゆる「トンデモ本」なのだが、この「東日流外三郡誌」の事件の経過というのが滅法面白く、「東日流外三郡誌」を題材にしたトンデモ本も出ているが、批判本もたくさん出ている。

いわゆる「古史古伝」というのは「東日流外三郡誌」以外にもいくつかあるが、いまだに書店でもけっこう関連書籍が手に入るという点ではいまだにホットな存在だと言える。
それだけ、歴史ファンの興味も強いのだと思われる。

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【書籍】・「柳柊二 怪奇画帖」

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公式ページ

(リンク先から引用開始)
内容■ 昭和40年から50年にかけてもっとも活躍された、挿絵画家・柳柊二先生の怪奇画を集めた画集です。

柳先生の描く怪奇画はとても怖いものばかりでした。今でも決して古びていません。
今回、原画のみで構成することにこだわり、柳先生のお宅に残されていた、『少年マガジン』や『少年サンデー』に一度、掲載されただけの作品を可能な限り収録しました。
(リンク先から引用終わり)

リンク先から予約すると、ポストカードがもらえるそうです。

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【書籍】・「スケバン刑事 コードネーム=麻宮サキ OFFICIAL PHOTO BOOK」(2006、メディアファクトリー)

Sukebandeka

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映画「スケバン刑事」のフォトブック。……というより完全に写真集ですね。
後は監督、松浦亜弥などのインタビューがチョコチョコと。
なんか印象として、ものすごく急いでつくった感じ。こういう映画がらみの写真集って買ったのほぼ初めてなんですが、みんなこんななんですかね?

秋山レイカ(石川梨華)の写真が、パンフではほとんど載っていなかったのでこれを買ったんだけど、これでも予想よりは載っていなかったです。いや載ってることは載ってるんだけどね。

私は松浦亜弥にアイドル的な興味を感じたことがないので、この写真集で初めて気づいたんだけど瞳の色が薄いんですね。
瞳の色が薄いと神秘的に見えるんですよ。高岡早紀もそうだったけど。

【参考】
自分の感想

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【書籍】・「原田実の日本霊能史講座」 講師:原田実、聞き手:杉並春男(2006、楽工社)

Nihonreinousi

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卑弥呼から始まり、聖徳太子、空海、安倍晴明、日蓮、出口王仁三郎、宜保愛子等々、日本の霊能者30人をポイントとしながら、古代から日本人が「霊」をどのようにとらえてきたか、それにともない「霊能者」もどのように変化してきたかを見て行く日本宗教史・入門読本。

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【書籍】・「なぜ人はエイリアンに誘拐されたと思うのか」 スーザン・A・クランシー(2006、ハヤカワ文庫)

Nazehitoha
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左翼用語に「主要打撃論」というのがあるらしい。
これは、読みかじった知識によると、「自分たちの主張と似て非なる意見を叩きつぶしてからでないと、自分たちの主張が正しく通らない」というような意味らしい。
いわゆる「内ゲバ」もこの理論を基盤に行われているのだという。
「内ゲバ」と比喩的に使う場合は、単に「内輪もめ」というニュアンスだが、「似たようなやつを潰す」というニュアンスに留意されたい。

以下、自分語りです。

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【展覧会】柳柊二妖怪画展

Yanagi

柳柊二妖怪画展
2006年8月18日(金)〜20日(土)
(以下、リンク先より引用)
内容■ 美しき悪夢。
SFや名作物などを数多く手掛けてきた柳柊二。
中でも妖怪や幽霊の絵は子供たちにとても人気でした。
柳柊二の名前を知らなくても絵を見ると誰もが驚きの声を上げることでしょう。何故なら、子供の頃、〈少年画報〉や〈ぼくら〉〈少年マガジン〉〈少年サンデー〉などで見た記憶が呼び起こされるからです。
特に昭和40年代生まれであれば、柳柊二の妖怪や幽霊の絵がトラウマと言う人が多いはず。
《なぜなに学習シリーズ》や《ジャガーバックスシリーズ》の世代、70年代にアポロや大阪万博に胸躍らせた昭和の子供たちのために、少年雑誌などに掲載された妖怪の画をセレクトして展示します。

会期■ 2006年8月18日(金)〜20日(日)
時間■ 18日(金)12時〜19時
19日(土)11時〜19時
20日(日)11時〜17時
入場料■ 無料
販売■ 今回、展示する作品の中から10点をセレクトして複製原画を作成して販売します。会場で現物を確認してご購入ください。また、会場に行けない方のために通販もいたします。
詳細は後日、お知らせします。
会場■ studio-ZONE gallery
東京都杉並区梅里2-11-14
伊勢屋ビル2F
03-3318-4277
http://www.studio-zone.jp/
地下鉄・新高円寺駅より徒歩5分。とても小さい会場で、たったの3日間の開催ですが、お見逃しのないように、ぜひ、ご来場ください。
この展示はNippon2007に協力して頂いています。
(引用終わり)

実は私はぜんぜん知らない画家さんですが、ウチを見てくれる人はこういうの好きな人が多いかと思いまして。
ちなみにマイミクさんからの情報です。

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【書籍】・「ダ・ヴィンチ・コード最終解読」皆神龍太郎(2006、文芸社)

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ベストセラー小説「ダ・ヴィンチ・コード」の核となったいくつかの要素、ダ・ヴィンチが「最後の晩餐」に隠したマグダラのマリア、「シオン修道会」、また小説内では意図的にいっさい語られていないが、シオン修道会と伝説の構築において密接に関係している「レンヌ=ル=シャトーの謎」(「レンヌ=ル=シャトーの謎—イエスの血脈と聖杯伝説」[amazon]という本があるらしい)について、簡潔に解説している本。

むちゃくちゃに面白い。
「ダ・ヴィンチ・コード」を知る前は、「なぜフィクションに、『それはウソだ!』と指摘する本が出るんだろう?」と疑問を感じていたが、どうも元ネタの背景にはかなり複雑な事情、なおかつ西洋人の心性に根ざしたなにものかがあるらしい。
それの説明があることは、本書が「ダ・ヴィンチ・コード」という「社会現象」そのものを解く、という、単なる謎解きよりもさらに深い、エキサイティングなものにしているのである。

シオン修道会や聖杯をめぐる「伝説」は、一朝一夕で出来たものではなく、数十年を書けて醸成されていったものだ。
だから、たとえば凡百の新書やラノベのように「イエスは宇宙人だった」とか「織田信長は世界を征服しようとしていた」とか「劉備は女だった」とか書くのとは、ちょっと違うらしいのである。
「ダ・ヴィンチ・コード」が、単なる伝奇ミステリという枠を超えてベストセラーとなり、さらに書かれていることが本当だと信じ込まれているのには、そこら辺に理由があるようだ。

以前、トンデモ本大賞の感想をネットで検索していて、壇上の皆神先生を「昔の小説の探偵みたい」と評しているブログがあったが、まさしく「ミステリとしての謎が明かされたダ・ヴィンチ・コード」そのものの謎をさらに解くという、あたかも推理小説の中で、おっちょこちょいな人が行った間違った推理を最後に本物の名探偵がすべて読み替えて真相を提示してしまうような、そんな爽快感のある本である。

さて、本書の面白さとは少し関係ないが、ふと思いついたことを書いてみたいと思います。
巻末に比較文化史家の竹下節子氏との対談が載っている。この中で、興味深いところを抜粋する。

竹下「宗教も同じで、たとえ教祖の『奇跡』がインチキであったとわかっても、信者はなかなか信仰から離れられず、教祖は陰謀の犠牲者であるというように事実をさらに歪曲してまでも、信仰にしがみつく心理が知られています。」(P207)

竹下「そもそも『イエスを神の子と信じます』と言ってクリスチャンになったわけで、たとえば『イエスが復活した証拠を見せてください。それが本当だったら信じます』と言って信者になったわけではない。そんなことは誰にもわからない。復活したところを見た人はどこにもいないのだから。」(P230)

このくだり、正反対のことを言っているようで、同じことを別の角度から言っているようにも思える。
むろん、前者はいわゆるカルトに対する言及だろうが、

たとえば、インチキを行った教祖に対し「自分は奇跡のあるなしは問題にしていない。インチキは教祖のユーモアである。教義がすばらしいから信仰している」などと言う人もいるかもしれないし、
後者の場合、どんな事例が出てきても信仰がゆるがない、というのであれば、つきつめていくと教祖の教義の哲学的深さのみを信じるのならさまざまな神秘的伝説はいっさい必要ないということに、つきつめればなってしまいますまいか。

あるいは、前者が自分を後者的心性のもとに信仰しているのだと思い込むケースもあるだろう。
懐疑主義関係の書籍を読むといつも思うのが、この「信じるって、何だろう」ということだったりするのである。

【小説】・「ダ・ヴィンチ・コード」感想

【映画】ダ・ヴィンチ・コード感想

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【書籍】・「UFOとポストモダン」木原善彦(2006、平凡社新書)

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UFOや宇宙人をめぐる言説を時代ごとに区切って分け、空飛ぶ円盤→UFO、コンタクティー→アブダクティー→宇宙人陰謀論と変化していったのか、そしてなぜそれらがある時期から「古い」ものとなってしまったのかを論じた本。

90年代半ばくらいまでのUFOをめぐる諸問題(それがどのように語られてきたか、という意味での問題)を論じた本はあったが、本書はその先、ポストUFO神話を考える点が多少画期的かもしれない。

で、そのポストUFO神話については、

「エイリアンよりももっと複雑かつ根源的に私たちの存在そのものにかかわってくる他者という感覚、いわばシステムに入り込んだアンチシステム、私たちの秩序正しい生活に入り込んだ不快で危険なノイズのような存在という感覚。」(P191)

というふうに語られていて、具体的にはマイナスイオン、環境ホルモン、Y2K問題、電磁波という現実の問題になっているのだということなんだけれども、

まあ論文じゃないんだから多少飛ばしたところがないと面白くないとも言えるが、私個人の感想としては少し飛ばしすぎなんじゃないかという気がする。
これには理由があって、現状分析や未来予測は人文科学的根拠を提示されればされるほど胡散臭くなると私が思っているから。

本書の主張が、「もしかしたらこうかもしれないね」程度の、床屋政談レベルのものであるなら「うまいこと言うなあ」と思ったかもしれないが、「フーコー」とか「ボードリヤール」という名前が出てくると、かえって眉にツバを付けたくなってしまうのである。

そもそもが、「UFOをめぐる言説」の変遷と、その終焉が「環境ホルモン」などの現実に移行していくという根拠が、自分にはまるでないように思える。
ましてや、2000年問題の「ミレニアム・バグ」をバグ=虫としてエイリアンと地続きに論じるなど、文章上のアソビとしてもやりすぎのような気がする。

また、UFO神話の終焉が「人類は月に行っていない論」だとしたり、マイナスイオン、環境ホルモン、Y2K問題、電磁波などの現実の出来事に混じって「スカイフィッシュ」を混ぜたりしているのは、これはもう恣意的なものとしか思えない。
前者はアポロ計画の頃からある古いタイプの都市伝説らしいし、「スカイフィッシュ」はビデオ上に移る幻なのだから「環境ホルモン」とは違うだろう。

また「エイリアンはなぜ、金髪の白人からグレイ、節足動物へ退化するのか」という本書の目玉的な部分だが、個人的にはグレイまでを「退化」とするかどうかという問題があると思うし、それ以降を「節足動物」だとする考えには納得できない。
本書にあるように、映画「エイリアン」、「インディペンデンス・ディ」、「MIB」などの映画に出てくるモンスターっぽい宇宙人が、実際のUFO神話に影響を与えた形跡はない。
「節足動物」を「ミレニアム・バグ」や「スカイフィッシュ」などとするのも、牽強付会ってものだろう。

「金髪の白人」→「グレイ」への変化は、「人間そっくりの宇宙人なんて非現実的なのではないか」という、一般人の意識に対する変化で、それを「退化」と言いきれるかどうかは疑問である。
コレはたとえば「ネッシー伝説」が信じられなくなり、「スカイフィッシュ」が信じられるようになったからといって、それを「退化」というかどうかということと同じだろう。

ただし、「すべてがつながっているかもしれない」という陰謀論が、「すべてはつながっていないかもしれない」という統合失調症的な不安に移行している(P181)、というのは、その指摘だけ取ってみればありうることかなあ、と思う。
それと冒頭に引用した「いわばシステムに入り込んだアンチシステム、私たちの秩序正しい生活に入り込んだ不快で危険なノイズのような存在という感覚。」というのが新たな恐怖になりうる、という感覚は理解できる。

しかしそれがたやすく虚構→現実と虚構の区別が付かなくなる状態、に移行するとは個人的に考えにくい。
それらもやはり、虚構世界を考察することでより見えてくる問題だという気がする。
たとえばJホラー。たとえば人々の会話にのぼる無差別犯罪など。

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「本」幻想

自費出版 ある専門会社の倒産

ときどきテレビでも紹介されている「自費出版専門」の会社。
同人誌製作をかじったことのある人なら、(良心的なところもあるだろうけど)ちょっと法外な値段で本をつくってるなあ、と思うだろう。
それでもギブアンドテイクで関係が保っていればいいが、「倒産」などということになると「本」に対する一定層の幻想、そのこだわりが生のかたちで露呈することになる。

最初は私、単なる無知の問題だと思っていたような気がする。
同人誌をつくっている人の中で、1冊に何百万もかけている人など聞いたことがない。
「書店に自分の本が並ぶ」ということに魅力を感じている、逆に言えば「つくるのはいいが、どう売ったらいいかわからない」ということが、このテのビジネスが流行る大きな理由だと思ったからだ。

しかし、だんだん時間が経つに連れて、被害にあった人たちがどんどんかわいそうに思えてきて、
「コミケ」と簡単に比較していいものかとも思えてきた(コミケと比較すると、とにかく自費出版ビジネスの本は高い場合が多いのである。だからみんな比較したくなるし)。

というのは、それでは「コミケ」を通した流通形態が果たして「自費出版ビジネス」とまったく好対照な、実質性を持っているのかという疑問が、私の中に浮上してきたということでもある。

コミケがここまで拡大した大きな理由として、「マンガ」を印刷して出版して販売する、ということがある。

そんな「もしも」はそもそも「もしも」として成り立たないが、もしもアマチュアの「小説」とか「論文」の大ブームが起こり、それを売る同人誌即売会が出来たとしても、さすがにコミケのように拡大はしないだろう。
(「文学フリマ」だって、コミケ並みに拡大はしないだろう。)

インターネットが流行り始めた頃、ネットコミックの可能性がささやかれた。「流通」の良さということで言えば、ネットの方が実際に本を持ち出して頒布するのとは比較にならない。
しかし、現在、ネットコミックという1ジャンルは存在してはいるが、それは「コミケ」の存在価値を無くす方向にはまったく行っていない。

やはり20ページ以上のマンガをクリックしながら読むのは面倒くさいとか、物質として所持していたいとか、いろいろな理由がある。「文学フリマ」も一定の成果をおさめているようだが、「小説」も、ネット上ではある程度の分量になると読みにくいということがある。
あ、電子書籍に関しては売り上げ等、どうなのか調べてないけどね。

で、確かに「コミケ」という流通形態は「作品を読んでもらう」という実際的なコトに関して、最適だからこそここまで維持されてきているのだろうけど、そこはやっぱり「本」だろうやっぱり、とも思う。「本」としての幻想はあるだろう、と。

たとえば私がやっているような評論系の同人誌の場合、「読みやすさ」ということで言えばネットとほとんど変わりがない。しかも、アクセス数、書かれたモノがどれくらい人の目に止まるかを考えたらネットの方が断然上である。
これはもう比較にならないくらい上。

というより、公共の利益(?)を考えたら、そんなに儲けの出ないマイナージャンルの研究・評論本なんかの場合、データなどはまるまるネットにのっけてしまった方がいい、と言うこともできる。

つまり「情報を何らかの流通に乗せる」ということだけで言えば、評論本の場合、ネットの方がはるかに効率がいい。

しかし、自分はやっぱり本を出し続けている。
他人はどうか知らないが、自分の場合、それは「カネを出して、ブースに足を運んでまで本が欲しい」という人の熱量を感じたいから、ということが大きい。
どうも本質的なところで、ネットでの「反響」というのは信じられないところがある。逆に言えば、同人誌として出したときの反応の方が信じられるような幻想(そうです、それも幻想なのです)が自分にはある。

それはもちろん利益としては無形のものである。それが、自費出版ビジネスでコミケ同人誌の金銭感覚からすると倍額以上のカネを払って本をつくっている人の、「大型書店に行って、自分の本が1冊でも売られているのを見て悦に入る」ということとどれほどの違いがあるかというと、幻想の度合いということで言えば大差ないとも言えるんじゃないか、と思うんである。

勝手な想像だが、自費出版ビジネスで大枚はたいて本をつくる人は、本づくりを「儀式」的なものだと思っているのではないか。
自分史ブームだというが、自分の人生をまとめるということがそもそも「儀式」そのものである。
お参りに行って、お賽銭はずんじゃうみたいな。
印刷に関して無知ではあるにしても、多分にそういう要素があるのではないかと思う。

売れる売れないの問題にしても、「書店売りをする」ということは売れて欲しいのだろうが、じゃあだからといって、完全に売らんかなな内容にしたいかというと、自費出版をする人は絶対にそうしたくはないだろう。
たとえば自分史にしても、その人の人生の中で最も恥部だと思っている部分が最も他人にとって面白いから、そこの分量を他の部分の倍書いて出した方がいい、などとアドバイスしても、ぜったいに従わないに違いない。

だって「儀式」だから。儀式に実質は伴っていけないし、また神聖なものだから。

そしてまた、そういう「儀式」的な部分はコミケの同人誌も多分に持っている、とも思う。

まあ、だからといって払わんでいい金額を払わないでいいとは思いますがね。

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【書籍】・「奇人怪人偏愛記」唐沢俊一(2006、楽工社)

Kizinkaizin

唐沢議長のエッセイ集。
いつも驚くのだが、私の知るかぎりネタの使い回しというのが他の本と合わせてもひとつもない。もしあったとしても、必ず切り口が変わっている(でも、同じネタって本当に見たことがない)。
それくらい、まずネタとなるトリビアの珍しさ、面白さがあり、さらにそれをエッセイとして料理するのだから面白くないはずがない。

装丁がオトナっぽいから感じるのかもしれないが、10年くらい前のオタクブームが多分にコドモっぽいものの再評価といった印象だったのに対し、「オトナのシャレ」というか「オトナの役割を果たしたうえで、ふと日々の雑事に目を向けてみる」といったことを志向されているのかな、と思った。

何となく、お父さんの書棚に刺さっているのを中学生の息子が読んで、ハマってしまうような感じの本。「むずかしい本ばっかりだろうと思ってたら、こんなに面白い本が混ざってた」みたいな感慨があるかもしれない、というような意味で。

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【書籍】・「と学会年鑑YELLOW」と学会:著(2006、楽工社)

Togattkaiyellow

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年4回、行われる「と学会」例会で会員が発表したトンデモな本、グッズ、映像、その他モロモロを集めた本。
巻末には2004年の日本トンデモ本大賞選考の模様も収録、大賞も発表されている。

自分が書かせてもらっているから言うわけではないが、ホント同傾向の本であればヘタな若手芸人のネタ本の100倍はネタが詰まっている。大勢で書いているとはいえ、この濃さは驚異的。
また、発表の並びも絶妙だ。コレは並べた編集者の人の腕でしょうねえ。
会長から始まって、今回の目玉的な中国のトンデモ本の記事を混ぜつつ、一見バラバラなネタにきちんと流れが出来ていて、最後は志水一夫先生でシメ、という実に美しい構成になっています。

と学会関係の書籍の感想をネットで見ると、批判点が大きく分けて2つあって、
ひとつは「もっと方向性を持ってオカルトや疑似科学批判をきっちりやってもらいたい」的な意見、
もうひとつは、「トンデモ本を楽しむのが団体の主旨なのだから、方向性のはっきりした批判はいかがなものか」といった意見。
要するに、相反する意見があるようです。

私個人の意見としては、「非・主流」を貫くというのはむずかしいものなのだな、ということですね。

それともうひとつ、「オカルトや疑似科学系のトンデモ本紹介が読みたいのに、ネタがそうでないのが多い」みたいなのもある。
コレは、疑似科学系とはちょっと離れたところでネタ探ししている私としては少し寂しい意見です。

しかしですね、オカルト、疑似科学系に絞ったら出てこなかった面白いことってたくさんあるし、ここも読者の意見が分かれるんだけれども、そういうものに対して冷酷なツッコミはできないですよ。
そこが、宗教・オカルトがらみのトンデモとそうでないものとの違いという気がします。

詐欺まがいではない、「下心なくリリースされたもの」に対して、冷たい揚げ足取りよりも愛のあるツッコミが必要だと、私は思っているし実際多くの場合、そうなっていると思う。

第6回(1997年) の日本トンデモ本大賞が、オカルト本ではなくポルノ小説の「発情期 ブルマ検査」であったことの意味は、私個人は意外に大きいのではないかと思っています。
もちろん、プラスの意味でね。

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【書籍】・「ヴォイニッチ写本の謎」ゲリー・ケネディ、ロブ・チャーチル(2006、青土社)

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「ヴォイニッチ写本(手稿)」とは、15世紀頃に書かれたという謎の本。まったく解読できない文字で書かれ、地球上には存在しない植物が描かれ、他にも占星術っぽい図や、湯浴みする女性たちなど謎の挿絵が書かれている。

ヴォイニッチという古書店主が発見、ロジャー・ベーコンが教会の弾圧から目を逃れるために暗号で記した科学書だとも言われ話題になるが、けっきょくそういう解釈での暗号解読はデタラメだとわかる。
以後、何十年にもわたってこの本の暗号解読が試みられる。錬金術師エドワード・ケリーがルドルフ2世に売りつけた偽書、というセンが濃厚なようだが、真相はまだ解明されていないそうだ。

アマゾンレビューでは「今いち浅いが、類書がないので貴重」といった意見が多かった。一読してみるとそんなことはないじゃん、と思ったのだが、よくよく考えてみるとルドルフ2世やジョン・ディー、エドワード・ケリーあたりのことにくわしい人なら、少々食い足りないかもしれない。
また、暗号解読に詳しい人も、言わずもがなのことに何ページもさいていると思うだろう。

まあ、私としてはその辺のことを知らなかったので面白かった。本の正体に関していろいろな説が提示されているが、人工言語やアウトサイダー・アートというセンは個人的に、さすがに無いと思う。
もしも15〜16世紀のものだったとして、精神を病んだ個人が、対外的にはほとんど意味不明、しかも単なるデタラメではなくていちおう解読してみようと思わせるようなものを、何の目的もなく「本」という体裁にしたとは考えにくい。本作でもそのタグイの類書は提示されていないし……。

ヴォイニッチ写本の名前の元となった、発見者のヴォイニッチの人生も非常に波乱に富んで面白かった。民族主義運動などに相当入れ込んで投獄されたこともあり、出獄して古書店主になってからもその手の運動をしていたらしい。
古書はけっこうえげつない方法で仕入れていたらしく、商人のエゲツ無さと社会運動への情熱の両立した人というのは興味深い。何となく平岡正明が好きそうな話だ。

実は本書を読むまで私はこの本の存在を知らなかった。見た目あまりにも不思議なシロモノなのだが、70年代の神秘ブームでも子供の目には触れなかったようだ。UFO、宇宙人、ネッシー、幽霊などハデなものに直結しなかったからかもしれない。

オトナになってからこういうものに、妙な方向でかぶれると非常に危険なので(おそらく、海外の研究者はジョークまじりでオトナの余裕でやっているのだろうが)、個人的には気を付けたい。

(参考)

解読不能の書 ヴォイニッチ手稿はデタラメか(1)X51.ORG

解読不能の書 ヴォイニッチ手稿はデタラメか(2)X51.ORG

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【書籍】・「トンデモ本?違う、SFだ!RETURNS」山本弘(2006、洋泉社)

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SF作家でありSFマニアの著者が、小説、映画、マンガ、アニメなどの中から陽のあたらないマイナーSF作品をピックアップ、それらを通してSFの面白さについて語る単行本の第2弾。

一読して思うのは、「芯」の通った人は違うなあ、ということ。本書の場合は「SF」という芯のことなんだけど。やっぱり、人間どこかにそういう座標軸を持っていないとダメだなと痛感しました。
「SF」に限らずね。

いろいろと面白そうな作品が紹介されているのは、前のときと同じ。

この他にも、著者のSFに対するポリシーがうかがえて興味深い。
たとえば「デタラメでも何でも、面白ければいいのでは?」という疑問に対しては、
「『デタラメでも面白ければいい』と言っていいのは読者だけ。作者がそれを言うのは許されない」と、実に明解。
2ちゃんねるをときおり騒がせるパクリ問題に関しても、いろいろ書いてあって面白い。

80年代半ばから10年くらいかな?「日本SF冬の時代」なんてのがあったことを思うと、今SFはわりと追い風なんではないかと思う。
それも、不遇の中で情熱を維持してきた人のおかげという部分もあるだろう。
それを考えると、まあ他のダメダメなジャンルに関してもちょっとは希望が出てきたかな、と思ったりしましたね。

「トンデモ本?違う、SFだ!」山本弘(2004、洋泉社)感想

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【書籍】・「封印作品の謎2」安藤健二(2006、太田出版)

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いつの間にか見られなくなってしまっているアニメ、マンガ、特撮。その理由を探るルポの第2弾。

今回取り上げられているのは、「キャンディ・キャンディ」、「ジャングル黒べえ」、「オバケのQ太郎」、「サンダーマスク」の4点。

もうね、読んでいくうちに泣けてくるんですよ。前作以上に、封印された理由の「どうにもならなさ」が浮き彫りになってきてしまって。
この中で、まずまず今後、何とかなる可能性があるのは「ジャングル黒べえ」だけじゃないですかね?

後はやっぱり、構造的、複合的な理由で封印されている。
マンガやアニメが巨大産業になっていったことが一因であるとか、コンテンツビジネスの整備化であるとか、そういうことが関わっているし、それに人々の感情的な部分がからんでくると、これはもうどうにもならないでしょう。

「封印」ということで真っ先に思い浮かぶ「差別問題」に関しては、今回は「黒べえ」が唯一関わっていると言えるのかな。
「ちびくろサンボ」の封印問題とも対比されて語られているけど、80年代のもろもろの差別糾弾、噂には知っていたし、それに対する抗議の声も知っていたけど、自分が当事者だったらどこまでつっぱれるかというのはわからないじゃないですか。
その辺も含めて泣けてくる。

「黒べえ」の項の最後に、サンコンさんに黒べえのアニメを見てもらって「差別だと思うか?」と筆者が聞くんですよ。
「ぜんぜん差別だと思わない。」ってサンコンさんが言う。
「日本に来たばかりのときは、日本人は黒人が嫌いなのかと思って黒人グッズなどに批判的だったけれど、日本人と接していくうちに考えが変わって、そう思わなくなった(大意)」的なことを言う。

サンコンさんの意見がアフリカの黒人全員の意見だとも思えないし、本書の演出としてのあざとさも感じるんだけど、ここでやはり泣けてしまうよなあ。
それだけのものが、私の知るかぎりアニメの「黒べえ」にはありましたしね。

もっと泣けるのが「オバQ」封印の経緯。
実は、本書を読んでも真相はサッパリわからない。だけど、わからないだけにたぶんどうにもならないんだろうな、ということだけはわかる。
そのせつなさに、泣けてくる。

さて、封印作品は、「封印されている」というだけでタブー視されたり、逆にまつり上げられたりするんで、私個人の、今回取り上げられた作品の「価値」をオレ基準で書いてみたい。

・「キャンディ・キャンディ」
本書の作者は、何となく本作には「古さ」しか感じていないようだが、私は「キャンディ」直撃世代。
小学生の頃、風邪をひいた妹に「何でもいいからマンガ買ってきて」と頼まれて、面倒くさいから「キャンディ」の2巻(笑)を買ってきて読ませたら「面白い! なんで1巻じゃないの!」って言われて、私もけっこう夢中になって読んだ。
少女マンガの、いい意味でのオールドスクールな魅力が総合的に詰まっている作品。
「オールドスクール」と言っても、いがらしゆみこの作風はたとえば「バレエもの」とか「かわいそうな少女もの」などの、「古い少女マンガ」とはまたちょっと違う魅力があった。

少女マンガの発展史としては、70年代から80年代にかけての、エンターテインメント路線の中間的な位置にある人なんじゃないかと思う。

本作が封印されることの懸念は、年月が経てば経つほど決定的に古くなってしまうタイプの作品だということ。
10年くらい経って封印が解かれても、歴史的な意義しかなくなってしまうだろう。

・「ジャングル黒べえ」(アニメ)
コレは再放送をけっこう見ていたから覚えている。
出崎統だったと知って納得。物語が進展し、黒べえが魔法を使うところがクライマックスとなって大騒動になる、という毎回のパターンは同じ出崎監督が関わったという「ド根性ガエル」にテイストが非常に似ていた。

後半からはライバルの、ちょっとインテリっぽいピリミー族がやってきて毎回ヘンテコな動物を呼びだして黒べえと対決する。

黒べえのおとうさんがやってくる回があって、ジャンボジェット機を鳥だと思ってロープでつかまえて、逃げようと思ったジェット機が空でグルグル回っていたシーンがあったと記憶する。

要するに、人間のプリミティヴなパワーでの文明批判をギャグでやっているという意味では映画の「クロコダイル・ダンディー」みたいな話。

出崎ファンなら、一見の価値アリだと思う。

・「オバケのQ太郎」
本書ではマンガ版「新オバQ」の方が面白いという評価だが、マンガ版「旧オバQ」はやはり藤子不二雄のヒット作であるということや、それ以前や同時代の他作家の似たパターン(普通の少年と不可思議な存在との交流)と比較することには意義がある。
「丸出だめ夫」とかね。
また、(他の作家のギャグマンガに比べて)スタイリッシュでありながら、高度成長期の日本が背景になっているところも見逃せない。
たとえば、旧オバQから「空き地の土管」の描写が見られ、それは70年代に入ってからの「ドラえもん」にも見られる。 このことは、藤子不二雄の感覚が70年代に入ってからも60年代頃の日常生活を意識していた証左ではないだろうか(かなり後になっても、作品の普遍性を保つためにわざとのび太の生活を時代に合わせて大きく変えることはない、みたいなことを藤子不二雄が言っていた記憶はあるが)。

反面、「ドラえもん」のもたらすガジェットは旧オバQ時代にはそぐわない。
オバQのまぬけさや化けられないという設定は、この時代の「不自由だけど楽しい」という感覚に裏打ちされていたような気がしてならない。

・「サンダーマスク」
90年代以降、伝説化してしまったと知って驚いた。
5歳くらいのときに毎週見ていたが、内容をまったく覚えていない。
だけど楽しく見てましたねー。手塚治虫のマンガ版も、ほとんど手塚を読んだことのない私でも買って読んだくらいだから、この作品には郷愁を感じます。

【参考】
「封印作品の謎」感想

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【書籍】・「ブレードランナーの未来世紀」町山智浩(2006、洋泉社)

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「『映画の見方』がわかる本   80年代アメリカ映画 カルトムービー編」とサブタイトルにあるように、主に80年代に公開された映画を扱っている。

取り上げているのは「ビデオドローム」、「グレムリン」、「ターミネーター」、「未来世紀ブラジル」、「プラトーン」、「ブルーベルベット」、「ロボコップ」、「ブレードランナー」。

面白いのは、冒頭に1946年の映画「素晴らしき哉、人生!」[amazon]について語られていること。
今回取り上げた作品の中には、ハートウォーミングな名作と言われる「素晴らしき哉、人生!」の影響を受けているものが多いという。

まあ、実は私は「素晴らしき哉、人生!」は、あまりにあまったるすぎるので途中で見るのをやめていて、結末を知らないんだけどね……。

本書の「はじめに」には、以下のようなことが書いてある。
「素晴らしき哉、人生!」は、まずアメリカの理想を描いている。
そしてその中で、「小さな町の人々を支えていた主人公が死んでしまった世界」をも可能性のひとつとして描いている。
その後の80年代の映画のいくつかは、この「理想のアメリカ」と「悪夢」とを同時に描いている。

で、1冊読み通して私が思ったのは以下のようなこと。
ここで取り上げられている映画の多くは、「ポストモダン」状況を描いていた。
それは過去→現在→未来と一直線の時間軸で進む、すなわちその時間軸にそって、それにふさわしい人間に成長すれば良い、という理想がうち砕かれた後の世界である。

簡単に言えば、何が正しくて何が間違っているのかわからない世界。
未来が約束されない世界。
敗れるべき理想すらない世界、である。

だから、「素晴らしき哉、人生!」における「理想の世界」と「悪夢の世界」、双方が同時に描かれるような混乱を呈する。

この辺には興味があるので、とくに面白かったのは「ビデオドローム」と「ブレードランナー」のくだりだった。
(次いで意外にアナーキーだった「グレムリン」の出自について。)

とくに、最後に載っていた「ブレードランナー」で作者の町山氏が読み解いたことは、現状に直結することであるように思う。

ここでは「引きこもっているより、自分がニセモノか本物かなんて考えずに精一杯生きたレプリカントの方がいい」と書いてある。

が、ポストモダン的な物語の最大の問題は、そこで「その精一杯生きた」部分さえ、果たしてアリなのかナシなのかという疑問が生じてくるということだろう。

そこへ本書では「プラトーン」を持ってきて、「肉体」とか「死」を突きつけることによってギリギリの「リアル」を浮かび上がらせようとする。

この手法(「肉体」とか「死」のリアリティによってポストモダン的グダグダを異化する)は、すでに80年代終わりか90年代に入ってすぐの別冊宝島でよく見られた主張である。
もしかしたら、それらを編集していたのは町山氏だったのかも。

日本のオタク状況でここまでの骨太さがあまり見られないのは、
もしかして戦争が遠いのとセックスをより遠ざけるかのようなふるまい=萌え、のせいかもとも思うけど、
それはまた別の話。
違うかもしんないし。

ひとつだけ欲を言えば、「素晴らしき哉、人生!」でまとめるならぜひとも「バック・トゥ・ザ・フューチャー」を入れてほしかった。
が、同作はカルト映画ではないので、続編が出たら載るらしい。

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