オタク

【イベント】・「9月1日(金)「かに三匹&新田五郎のアニメとマンガのマニアックな話をユルく語る会Vol.7」

9月1日(金)
「かに三匹&新田五郎のアニメとマンガのマニアックな話をユルく語る会Vol.7」

タイトルまんまの超絶ゆるいイベントが好評につき第7回!!
今回からお互いに大ネタ1本の持ち込み企画も発表!!
お互いの語りたい「キーワード」を2時間かけてユルユル消化していきますww

<かに三匹キーワード>
「”有名人”と飲んだときにどこまで言っていいのか問題」
「おそ松さんの新作は楽しみだけど、BLは知ったかぶりで語ると怖い」

<新田五郎キーワード>
「自分の同人誌処分問題」
「秋元康の歌詞問題」
かに三匹(大ネタ)
「夏の原稿締め切り地獄」
新田五郎(大ネタ)
「オタクをやめるとは?」
映像や画像も気の向くままに紹介します。

客入れ(19:00〜19:30)
「新田五郎の好きな中途半端映像を流す」
【出演】
かに三匹(これがホントの神アニメ)
新田五郎(ふぬけ共和国)
OPEN19:00/ START19:30
前売り¥1500 / 当日¥1800(共に飲食代別)
前売り予約は、下記予約フォームまで
※「お名前 / チケットの枚数 / メールアドレス / 電話番号」をご明記ください。
お問い合わせ:090−2588−9905(担当:奥野)

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【オタク】・「オタクを始めることにも、やめることにも意味なんかない」

オタクがオタクでなくなるとき 「ヤメヲタ」はオタク活動を終止するとき何を遺すか(山本一郎、文春オンライン)
「だれかがオタクをやめる」ことで、他のオタクたちは言いようのない不安に包まれるらしい。
44歳の山本一郎にとってはそうなのかもしれないが、50歳の私にとっては、どうでもいいことではある。
そのことについて語りたい。

まず、「オタクをやめる」ことについて語るには、「オタクを始める、続ける」ことの意味について考えなければならない。
で、私の考えでは、別に何の意味もない。
趣味なんだから。

実はそこにこそ、まず第一のトリックがあるのだ。

「オタクこそ、実はエリートなんだ」的な言説をばらまいたのは、岡田斗司夫だと言っていいだろう。
それまでにも、オタク擁護に尽力した人はいる。大塚英志の功績は小さくないと私は思っている。宅八郎だっていた。他にも、目立たないがいとうせいこうなどはオタクに関して重要な発言をしている。
が、ここでは置こう。

で、岡田斗司夫が95年に「オタク学入門」を出した年というのは、宮崎勤の連続幼女誘拐殺人事件から数年が経ち、ようやく「オタクイコール危険で気持ち悪い」というイメージから、何かアクションがあれば脱却できそうな時期だった。
だから、「オタク学入門」は、プロパガンダの書であり、今読むとおかしなことがたくさん書いてある。
だが、それは「オタクイコール気持ち悪い」イメージからの脱却のために書かれたため、仕方がない部分もある。

「気持ち悪い」というイメージが、そもそも、「オタクはアニメやゲームを愛するかぎり、そこから抜けられない」ということを意味していた。中島らもは引きこもりのイメージがある「おたく」とは逆の「おそと」なる言葉も編み出したが、やはり「脱却不可能」というイメージを感じたのだろう(定着はしなかったが)。

岡田斗司夫はオタクに関する負のイメージを逆転させるために、いろいろな策を弄したわけだが、そのため「逆転したオタク像」は、求道的で、まるで修行僧や武道家、お茶やお花のような「道」としてとらえられた。
実はここから「錯誤」が始まっている。
だって、オタク趣味って、趣味なのだから。

それまでの「大人の趣味」であった、切手集め、盆栽、囲碁、将棋、釣り……。どれも、「脱却不可能な道だ」と唱えられたことはなかったはずである。

というより、「オタク趣味」は「それ以前の趣味とは違う」という差別化を図らなければならなかった。なぜか。
「新しいライフスタイル」として売り出すためだ。
だれが何のために、というのはいろいろややこしいので置いておく。

おれは岡田斗司夫なんか関係ない、彼のことなんか昔から嫌いだった、何の影響も受けていない、という人たちも、オタクを「道」ととらえている点は同じである。

そうじゃないのだ。
ただの趣味なのだから。

「ただの趣味」なら、やめようが、やめてからまた始めようが、個人の勝手である。

「オタク趣味の情熱は、必ずしも年老いてから持続しない」と言うが、そんなのは当然である。
趣味なのだから(しつこい)。
そうでなくても、仕事だって、情熱を四十代、五十代になって持続させている人ばかりかどうかはわからない。

それと「オタク趣味を持続させるかどうか」は、結婚や子育てと関わってくる。結婚したり子育てするようになれば、趣味にさく時間は確実に減るからだ。
だが、ここの点でも、別に結婚や子育てに当てる時間と趣味の時間が、等価交換になるわけではない。

ここで注意してほしいのは、私が「だから結婚しても子供が生まれても、オタク趣味は続けられる」と言っているわけではない、ということだ。
別にやめてもいいんじゃねえの、と言いたい、ということである。

「オタク趣味をだれかがやめると、オタク仲間に不安が広がる」などと言うのは、
不安商法とまでは言わないが、それに近いものを感じる。
本来、ほぼどうでもいいことなのだから。

オタク的趣味を持続させることは果たして「求道」なのか? ということから、まず考えた方がいい(余談だが、小池一夫のツイートにおけるオタク擁護も、この「求道精神」が垣間見える)。

求道なら、オタク趣味に一生を費やした後、虚無感しかない、ということはないはずだし、求道でないなら、イヤになったり無理が生じたら、やめてもいいはずである。
宗教じゃないんだから、途中で投げ出したって地獄に堕ちることはないだろう。

それだけの話だ。

まあ、気楽にやろうよ、ってことである。

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【同人誌新刊】・「ぶっとびマンガ大作戦 Vol.21」(WAIWAIスタジオ)

Hyoshii21jpg
一般的評価の対象外となってきた、主に70~80年代のマンガを紹介する本です。

夏コミで頒布予定。
スペースナンバー:U 05b
サークル名:WAIWAIスタジオ

まあだれでもそうでしょうが、つくるのに苦労しました。
買ってね!!


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【表現】・「ラッキースケベ、および少年ラブコメ問題」その2(完結)

ちょっと気になったのが、一連の騒動を通して、
「ジャンプってマチスモでしょ」
と捨て台詞のように一行、だれかがツイートしていたことである。
検索すると「マチスモ」とは、ラテン・アメリカの男性優位主義のことのようだが、この場合は「マッチョイムズ」程度の意味だろう。

こうなってくると「ゆらぎ荘の幽奈さん」は、そもそも男性優位なマンガなのか? というところから議論を始めないといけないが、「だいぶマイルドにした、『おちぶれたマッチョイムズ』」だというのが、70年代後半以降の少年ラブコメや少年エッチマンガである、というのが私の認識だ。

だから、「幽奈さん」に限らず、ハーレムラブコメ作品にまつわる問題というのは、批判者側からすれば、「おちぶれたマッチョイムズを放置するのか、潰すのか」ということになるだろう。

そもそも、ハーレムの設定が「コメディ」として描かれていること自体、マッチョイムズをまともに描くのはアホらしいという含意がある。
こういう傾向が始まったのは、七十年代後半頃から。
「うる星やつら」とか、美少女二人どっちを取るかというあだち充の「みゆき」などが嚆矢となるだろう。
当時は「少年ラブコメ」と言った。もっと正確に言えば「ラブコメ」。少年誌だけで流通していた言葉だからだ。
(少女マンガのラブコメと少年マンガのラブコメはかなり違っていた。)

時代的には、松田優作主演のテレビドラマ「探偵物語」(79~80年)が、コメディ調に描かれていたことと重なる。
もちろん、同時代にも大藪春彦のハードボイルドの映画化や、渡哲也の「大門軍団」みたいな「男らしさ」を持ち上げる傾向は続くのだが、それでも70年代前半とは違ってきていた。

設定としては、多くの場合、主人公は優柔不断、何となく本命の女の子はいるのだが告白できず、そのうちなぜかいろんな美少女が集まってきてしまうというパターンである。
しかし、ときおり不良にからまれたりとか、冬山の山荘に二人きりになったりしたときには男気を見せる。
エロ描写で言えば、サービスショット的なものもときおり入っていたと思う。
(少年エッチマンガを、ラブコメ作品ととらえるかは面倒だがここではとりあえず、別物とする。)

ここにははっきりと「理想の男性像」の変質がある。別に昔っから同じことをやってきたわけではないのだ。

そのあげく、「ラッキースケベ」の導入となった。こうなったら、たとえ合意でも好きなこと手を握ったり、キスしたりすることもむずかしい。
つまり、そこまで「旧来の男像」を骨抜きにしたのが現在の「ハーレムラブコメ」の主人公なのだ。

だから、問題とするならそうしたハーレムものの構造自体を問題にしないといけない。

そもそも、すでに「幽奈さん」は6巻くらいまで単行本が出ている。
しかも、週刊少年ジャンプという超メジャー誌だ。
それが巻頭カラーになって「見つかり」、騒ぎ立てられる。

たまたま子供の買ってきたジャンプを観て、顔をしかめる母親、というのはわかる。
だが、それに寄ってきてわーわー言っている人は、「そういうのの監視員」としても、ぬるすぎる。

むろん私としては、繰り返すが「放置しても何ら問題ない」という考えである。
まあはっきり言って、どうでもいいということだ。
たとえば、「優奈さん」がこの騒動で打ち切りになったら、世の中変わるのだろうか?
まず変わらないだろう。

少年マンガ界が今まで無法地帯で何もやってこなかったのならともかく、時代の流れで、主人公の少年のキャラ設定まで「ヘタレ」になっているのに、それでもまだ批判する意味がわからない。
まあ、ジャンプも客商売だからクレームが来れば考慮はするだろう。

だがそれにしても、どうでもいい話だ。
フェミニズム的な課題にしぼったとしても、他に考えるべきことはたくさんあるはずだ。

(関連)
「ゆらぎ荘の幽奈さん」巻頭カラー問題

「ラッキースケベ、および少年ラブコメ問題」その1

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【表現】・「ラッキースケベ、および少年ラブコメ問題」その1

「ラッキースケベ」の語源については、いろいろあるのかもしれないがとりあえず、ネットで検索していちばん最初に出てくるのは「機動戦士ガンダムSEED DESTINY」(2004~2005年)の作中に出て来たという話。
その後、「少年主人公の側から、絶対にエッチなことを仕掛けないようにしよう」と、原作者とマンガ家のあいだで決めたという「To LOVEる -とらぶる-」が2006~2009年まで週刊少年ジャンプで連載されている。
(この「取り決め」に関しては、単行本の1巻に書いてあったと記憶するが、今手元にない。すいません。)

ネットを観ると「To LOVEる -とらぶる-」が、少年誌エッチの限界を超えた、みたいな意見が多く誤解されがちだが、連載当初に、「少年主人公の側から、絶対にエッチなことを仕掛けないようにしよう」と決めた、というのはすなわち、
「ラッキースケベなシチュエーションしか登場しない」
ということである。

ではなぜ「ラッキースケベ」なシチュエーションが多様されるようになったかと言えば、現場でどういう話し合いがあったか知らないが、普通に考えて「少年主人公からのセクハラ的な行動を描かない、要するにセクハラを描かない」ということが目的だとしか、考えられない。
(80年代には、「少年主人公やその仲間たちが、女子更衣室や女風呂を覗く、などの明確にセクハラなシチュエーションが定番化していた。)

くわしく調べていないが、2004年に「用語」として「ラッキースケベ」が登場しているということは、シチュエーション自体はそれより前からあったと考えられる。
また、こちらも調べていないので申し訳ないが、「女性の乳首を描かない」というのも自主規制としてずいぶん前から行われてきた。
これも立派な自主規制である。

もちろん「時代は変わったのだから、もっと厳しくすべき」という意見もあるだろうが、個人的にはピンと来ない。
少年マンガなんだから、戦いや恋愛や、多少の(ここが反対派にとっては問題なのだろうが)エッチシーンが出るのは普通だとしか思えない。

なお、「エロではなくハラスメントだからいけないのだ」という意見に関しては、風でスカートがめくれるとか、雨でブラウスが透けてしまうとか、水着が吹き飛ばされてしまうとかいったシチュエーションに、「ハラスメントする側」がないので、成立しづらいと思う。
「作者がハラスメントをする側だ」という意見もあるだろうが、それでもマンガ作品内で行われる非・道徳的行為(暴力や殺人、ほかの違法行為)よりも率先して規制されるべきという理由が見当たらない。

そもそもが「ラッキースケベ」自体が妥協の産物なのだから、それに反対するなら、「もう時代が変わったんだからそれすらも許されない」というロジックがなければならない。

では「ラッキースケベ」に到達する前は少年マンガはどうだったのか、ということについて、気力があれば次回、説明する。

続く。

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【問題】・「ゆらぎ荘の幽奈さん巻頭カラー問題」

少年ジャンプマンガの「ゆらぎ荘の幽奈さん」セクハラ騒動、個人的にはこのツイートがいちばんしっくりきますね。

(引用開始)
話がズレてしまいましたが、PC的なもの、あるいは合意に基づく性という性教育は学校教育、メインストリームがきっちり担うべきもので、少年ジャンプをはじめとする資本主義の中のサブカルチャーのすべてが「正しい」ものである必要はないと思います。それらはカオスの海に浮かんでいるべき微生物です
(引用終わり)

ただし、「18禁以外の娯楽作品」って、常に「こんなに面白いんだからメジャーであるべき」という「気持ち」にもオタクはさらされてきたので、そこで矛盾が生じ、繰り返し問題になるというところはあるでしょう。
多くのオタクは、「シン・ゴジラ」や「君の名は」が大ヒットしたことを、嬉しく思ったでしょう。それらの作品は「微生物か?」という問題が常にある。
立派なメジャー作品なんだから、影響力も強い、だからちゃんとしてほしい、という意見も一方であると思うんです。

だから、全年齢向けの作品については、最初から18禁の作品に難色を示すのとは、ちょっと違うんですよね。
海女さんのゆるキャラとかのときもそうでしたが。

にしても、私個人は今回、「何の問題もない」と思っている派です。
意見の違う人にはきらわれてしまうかもしれないけど、「問題がないから問題がない」と言っているのではなく、「何か多少道徳上、問題があったとしてもことさら問題にする必要はない」という見解です。

それは、たいていの性的な表現以外でも同じです。
「だから何!?」としか思えません。
「進撃の巨人」で言えば、人間が壁をつくったら、もっと大きな巨人が来たみたいな。
「進撃の巨人の壁」にたとえたのは、「ゆらぎ荘の幽奈さん」自体が、ここ半世紀の少年マンガにおける自主規制の産物だからです。

道徳的・倫理的な問題なら、「ありのままの私を認めてくれるだれか」を求める少女マンガ、「生き残るためなら何をやってもいい」とするデス・ゲームものなどの方が、よほど悪いと思います。

そもそも「ラッキースケベ」というのは「少年主人公によるセクハラの回避」という自主規制上の要請からできたもののはずで、「ラッキースケベがセクハラである」というのは、自主規制したらまたワンランク、厳しくしてきたな、という見解しか持てません。
(「ラッキースケベ」問題については、やる気が残っていれば後述します。)

それと、性表現を規制したい人々というのはほとんどそれだけをグイグイ押してくる人が多いので錯覚しがちですけど、
やっていることは昔の「年金党」とか「減税日本」みたいな、ワン・イシューで押してくるのと同じ。
だから「他に重要なことがあるのでは?」と返すと「論点をずらしてる」みたいな感じになりますが、本当、繰り返しますが「他に重要なことがあるのでは?」と思います。
あるいは、性表現反対について、マルチ・イシューのひとつとして「ハラスメントだからダメなんだ」と、「人権」全般で押してくる人もいますけど、イメージの世界なんでね。絵だし。人権そのものがおかされているわけではない。
だったら電通の自殺した女性のことをもっと考えるべきです。

運動論的には、表現規制は成果を得やすい、ということが確実にあると思いますね(最初に抗議めいた発言をしたのは、運動に参加していない人かもしれませんが、あっという間に賛成反対両陣営、集まってきた印象です)。
いつまで経っても成果の出ない運動を続けることは、キツいですから、潜在意識として「潰しやすいところから手を付けている」ということは、あるかもしれないと思っています。。
CMなんかあっという間に中止になりますから、さぞかし抗議のしがいがあると思います。

繰り返し書きますが、とにかく今回「え!? 少年誌でここまで!?」というわけでもないし、抗議が来ないかと言えばまあ不快に思う人もいるだろうし、という日常レベルの話で、議論としてまったく面白くなかったです。

なお、「ウチの子供には読ませたくないから読ませない」というのは、別にその人の勝手で、いいんじゃないかと思います。

続く。

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【イベント】・5月19日(金)「かに三匹&新田五郎のアニメとマンガのマニアックな話をユルく語る会Vol.6」

(ブログの更新は、この下です)

まんまの超絶ゆるいイベントが好評につき第6回!!
今回からお互いに大ネタ1本の持ち込み企画も発表!!

お互いの語りたい「キーワード」を2時間かけてユルユル消化していきますww

<かに三匹キーワード>
「疲れた状態で鉄人タイガーセブンを見るともっと疲れた!」
「意外とひるね姫が面白かったがどうなんだろう?」

<新田五郎キーワード>
「ブライガーごめんなさい」
「男キャラがいないと感情移入できない」

かに三匹(大ネタ)
未定w

新田五郎(大ネタ)
「アニメや特撮を一度卒業するとき」

映像や画像も気の向くままに紹介します。

客入れ(19:00〜19:30)
「新田五郎の好きな中途半端映画を流す」

【出演】
かに三匹(これがホントの神アニメ)
新田五郎(ふぬけ共和国)

OPEN19:00/ START19:30
前売り¥1500 / 当日¥1800(共に飲食代別)

前売り予約は、下記予約フォームまで
高円寺パンディット

※「お名前 / チケットの枚数 / メールアドレス / 電話番号」をご明記ください。
お問い合わせ:090−2588−9905(担当:奥野)

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【イベント】3月24日(金)「かに三匹&新田五郎のアニメとマンガのマニアックな話をユルく語る会Vol.5」

3月24日(金)「かに三匹&新田五郎のアニメとマンガのマニアックな話をユルく語る会Vol.5」

(通常の更新はこのエントリの下です)

タイトルまんまの超絶ゆるいイベントが好評につき第5回!!


お互いの語りたい「10キーワード」を2時間かけてユルユル消化していきますww

<かに三匹キーワード>

・下ネタが苦手、上手くなりたい。
・コミケスペースに来た道場破り。
・最近の宗教アニメ。
・最近の人権アニメ。
・疲れたらクレクレタコラを観る。


<新田五郎キーワード>

・年取ってオタクのデティール、苦痛問題
・年を取るごとに、つまらなくなっていく人問題
・私はなぜアニメ「ミスター味っ子」を、リアルタイム(1987年)に観なかったか
・「ハンターハンター」と「ナルト」に観る「強さのインフレ」の解消
・みんなのバブルの年代、イメージずれてる問題

映像や画像も気の向くままに紹介します。


客入れ(19:00〜19:30)
「新田五郎の好きな中途半端映画を流す」


【出演】

かに三匹(これがホントの神アニメ)

新田五郎(ふぬけ共和国)

場所):高円寺パンディット

OPEN19:00/ START19:30

前売り¥1500 / 当日¥1800(共に飲食代別)


前売り予約は、下記予約フォームまで
※「お名前 / チケットの枚数 / メールアドレス / 電話番号」をご明記ください。
お問い合わせ:090−2588−9905(担当:奥野

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【イベント】・「かに三匹&新田五郎のアニメとマンガのマニアックな話をユルく語る会Vol.4」

場所:高円寺パンディット
1月7日(土:昼)
「かに三匹&新田五郎のアニメとマンガのマニアックな話をユルく語る会Vol.4」 かに三匹、新田五郎、OPEN12:30/ START13:00 面白トーク満載だよ

タイトルまんまの超絶ゆるいイベントが好評につき第4回!!

お互いの語りたい「10キーワード」を2時間かけてユルユル消化していきますww

<かに三匹キーワード>

・この世界の片隅に
・売れない同人誌の処分問題
・イベントのテーマが決まらない

・アキバに最近行かなくなった
・90年代のアーケードゲーム


<新田五郎キーワード>

・サイボーグ009
・言いたいことをネットで書くと友人が減る
・邦画のマンガ、アニメ実写化問題

・おすすめバラエティ番組

・ナンシー関とは何だったのか


映像や画像も気の向くままに紹介します。


【出演】

かに三匹(これがホントの神アニメ)

新田五郎(ふぬけ共和国)


OPEN12:30/ START13:00

前売り¥1500 / 当日¥1800(共に飲食代別)


前売り予約は、下記予約フォームまで
※「お名前 / チケットの枚数 / メールアドレス / 電話番号」をご明記ください。
お問い合わせ:090−2588−9905(担当:奥野)

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【イベント】・「『ネタ的なものは一切見せずに、オタクトークだけする会』第三回」

【イベント】・「『ネタ的なものは一切見せずに、オタクトークだけする会』第三回」

「『ネタ的なものは一切見せずに、オタクトークだけする会』第三回」
日時:2016年11月19日(土)12:45開場、13:00開演(注意:今回は昼間です!!)
料金1000円(当日のみ)。
場所:「中野Mスタジオ」
(中野駅南口、不動産屋のとなり、電話ボックス向かい、地下一階)

文字どおりのトークライブです。
ゲストは渡辺僚一さん(フリーライター)。
エロゲーのシナリオを多数執筆されている渡辺さんに、昨今のエロゲ―事情についておうかがいします。
時間があまったら、新田五郎が日ごろの自分の日常のつまらなさについて、面白おかしく話します。

なお、15人ほどしか入れない小さな会場です。

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