【絶望】・「無題、あるいは是是非非で行きたい」
さんざんイヤな話を聞かされて、ここ2、3日、いろんなことのモチベーションが落ちていた。
自分は、ここ15年間くらい、言いたいことの半分も言わないで来た。が、人生も残り少ないので、そういうことは今後できるだけやめていきたい。
以下は適当に垂れ流した文章です。
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さんざんイヤな話を聞かされて、ここ2、3日、いろんなことのモチベーションが落ちていた。
自分は、ここ15年間くらい、言いたいことの半分も言わないで来た。が、人生も残り少ないので、そういうことは今後できるだけやめていきたい。
以下は適当に垂れ流した文章です。
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たまに、天啓のように何かがひらめくことがある。
が、数十秒後にはそれが凡庸な考えにすぎないとわかる。
しかし、書かずにはいられないので書くと、
現代社会は人をノイローゼにするようにできている。
ノイローゼにならないやつの方がおかしい。
そのおかしいやつらが発言権を持って社会をかたちづくっている。
そんな世の中は、あきれるほどガサツにできているに違いない。
しかしだ。
だからといって、繊細な人ばかり集めて社会をつくったとしたら、
特定の人間にしかフィットしない、さらなるストレス社会が到来する。
それにしても(もう違う話だよ)、
同じこと何回も書くけど、
「はなまるうどん」で、
自分が注文したうどんに対し、
「つゆが多すぎる!!」
って文句言っていた初老の紳士、
アンタは病気だ!!!!!
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夏が終わろうとしている。
夏ほど、強固なイメージを持った季節はないだろう。
強い日差し、陽炎、潮風、山、川、プール、休み、短期アルバイト、夏を制すものは受験を制す、アイスキャンディー、生ビール、そうめん、
ビキニ、ダイビング、サングラス、セミの声、ラジオ体操、恐竜展、スタンプラリー、そしてまた強い日差し、陽炎。
この間、何の映画だか、映画館での予告編で、「冬は、神様が自然の厳しさを教えるためにつくった季節なのよ」とか何とか言っていて、バカじゃねえのと思った。
常夏の島には神はいないのか? と、大人げないことを思った。
冬のイメージはだれが決めているか、だれかが勝手に決めてる。
夏のイメージはだれが決めているか、やはりだれかが勝手に決めている。
だれかが勝手に決めているものごと。
いちばんイヤな思いをするのが、そんなに近しいわけではない人物の結婚や離婚や葬式にまつわる話だ。
だれか曰く、近場で手を打ったな、とか、考えようによっちゃいちばんいいときに死んだとか。
オイオイ、だれがそう言ったんだよ?
結婚した当人か? 死んだ当人か?
「ダレソレが離婚したって。」
「へー。なんで?」
「性格の不一致、っとしか聞いてないけど」
「『性格の不一致』って、離婚のときにいちばん便利なコトバだよなー」
上記の会話、これ実話。(あ、韻ふんじゃった。)
親や親戚ならともかく、何の関係もないオメーへの離婚の釈明は、
「性格の不一致」でじゅうぶん何だよ!! このボケ!!!!!
他人の人生の節目では、だれもがにわか評論家に「成り下がる」。
「夏」にも同じことが言える。
「夏と言えば、○○だよね。」
そう言うとき、言う当人はそれが個人的見解だとはまったく気づかない。
気づかないだけに、冠婚葬祭にわか評論家よりも始末が悪い。
だいたいがトコ、ヒトのイメージなどというものは貧困な場合が多く、
季節に関して言えば、いつ頃からか大半はメディア戦略に踊らされているだけである。
俗な言い方をすれば、電博の陰謀に乗せられているだけだ。
自分の、自分だけの生はどこにあるのか。
いつもそれを考える。
「夏休み、どこにも行かなかった」と言うと、残念な顔をされる。
それが無性に腹が立って、泣きたくなるがじっと我慢して、
自分は野球帽を目深にかぶって、泣き顔を見られないようにして、
下を向いて、早歩きで歩く。
ビーチサンダルがつっかかりそうになるけど、
すれ違った大人のヒトのカバンに勢いよく当たってしまったけど、
振り返ることはしない。
本当に、いったいだれの人生なんだ? って、心の底から思うよ。
そこに、自分が変態性欲者であることをカミングアウトした市会議員が近づいてくる。
孤独なのは君だけじゃないんだよ、って。
私の方が一歩先を行きました、ってな顔でさー。
だから、それはあんたはあんたの道の先を行ったんでしょ、と。
私は私の道があるから。
そっちに合わせていいという人もいるかもしれないけど、
それはそのついていく人の自由でしょ。
ついていかないことも自由だよね。
夏だからといって、アイス食わなくてもいいよね。
今度はスーパーフリーをグレードダウンしたような、チャラチャラした学生がやってくる。
「空気読めよ」
って。
出た! 魔法の呪文。
この間、ハリー・ポッターを観に行ったら、登場人物の唱える呪文がすべて「空気読め」って
聞こえてきたな。
そんなことを言っているうちに、
夏が、終わろうとしている。
強固なイメージとともに。
結論はない。
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朝日新聞に「上から目線」ということに対する対談記事が載っていると知ったが、過去のものだしネットにも上がっていなかった。
実は前から「上から目線」の問題に関しては気になっていたので、その記事に関して興味があり、読んでみたいのだが図書館などに行くほど時間がない。
そこで、「その記事についてのテキスト」を読みながら私見を書く。
したがって、別に逃げ口上というわけではなく、以下のテキストは該当記事への直接的な感想ではないことはお断りしておく。
なにしろ、全体を読んでいないのだから直接的な感想の書きようが無い。
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夏コミが近づいている。
もともと、そんなにコミケにシンパシーを感じている方ではなかった。
だが受け入れてくれる方、受け入れてくれる方、と歩んでいくと、そこにはコミケくらいしかなかったよ。
やはり米澤さんは偉大だと、あらためて思う。
で、何が気になるかというと本の出来なのである。
昔は、必ず即売会前にできあがったものを印刷屋さんに自宅に送ってもらいチェックしたものだが、最近どんどんズボラになり、その魔力に逆らえずに直接搬入にしている。
しかし、これは要するに「当日一発勝負」ということである。
別の言い方をすれば「完璧に印刷屋さんを信頼しているからこそできる行為」で、
もちろん人間だからミスはだれにでもあるが、
私も多方面にお願いして原稿を書いてもらったのでよしんば印刷屋さん側の理由でトラブルが生じた場合、申し訳が立たぬのである。
ああ、不安だ。
と、不安ばなしだけではどうかと思うので別の話を書く。
たまたまある件について検索していて思ったのだが、
それほどひねくれていない一般人は「ご近所同士の絆」などをまだ信じているようだ。
(Yahoo!知恵袋のある項目を見て思ったこと。)
しかし、そんなことを言っている人間が真っ先に裏切ったりするからな。
まあ、何も考えてないから一般庶民、なんだけど。
とにかく、おらぁ安易にそういうこたァ信じねェ。
もちろん、安易な絶望も信じないが。
ときには絶望したくなる日もある。
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書けなくなったなー。
だって、プライバシー見せるのいやだもん。
同じことを何度も何度も書いているが、他人の日常生活を知ったら大まじめに説教してくる人がいたりして、とかくこの世は住みにくいのである。
だいたい、ネットって監視社会化してるよ。
ミクシィなんて、ログイン時間がわかるから、少なくとも「ミクシィを覗いている」っていう事実はぜったいにわかってしまうわけでしょ。まあ携帯からも見られるから、その人が家にいるかどうかはわからないとしてもさあ。
twitterもそうだよ。あれって、自分の日常を晒している人じゃないと使えないよね。かなりあけっぴろげにしている人じゃないと使えないと思う。
しかも、もともとのコンセプトは「今、自分が何をしているか」を伝えるということでしょ。
なんでそんなことしなきゃいけないのかな~、っていうかむしろ知られてない方が面白いと思うんだけどな。
いや、面白くはないか。でも行動のあがきはいいと思うけど。
話はどんどんそれるが、けっきょくネットとかメールって、頭のいい人がどんなにあがいてもワンフレーズ化していくんだよ。
なぜか。
そりゃ普通人はそんなに長い文章、書けないからです。
んだからけっきょく、ケータイ小説などを通じてのコミュニケーションもそうだが、あらかじめ「そういう人同士」の集合無意識があって、その膨大な共有化されている情報プールがあってこその、ワンフレーズコミニュケーションなんだよね。
それを、冒険家とか民俗学者みたいな感じで、威勢のいい大学の教授とかが入ってって、探検して、それについての本出してみたいな。
むろん、下部構造(ある種の人同士の集合無意識)と上部構造(ワンフレーズのコミニュケーション)というのはお互いに影響しあっている。
でも、けっきょくポケベル持ってた時代はポケベル、でそれが今では携帯になって、それとはまた別にtwitter使える人は使って、というね。
どうしてもその中にどっぷりと入りたければ、集合無意識が容認してくれるかどうかという「儀式」めいたものがあって、よくわかんないけど不良だったら初めて会ったやつ同士でケンカしていきおいがあった方を仲間にしてやるとかさ。
もうちょっとお勉強している人だと、もうちょっと陰険な儀式というかテストみたいなものがあって。
容認されない人たちは「ぶぶ漬けでも食べていったら?」ってやんわりとお引取りいただいて、あとは仲間同士でクスクス笑ってるみたいな。
でも、完全に集合無意識(とか書いたけど、別の言い方をすれば「共有されうる文化」ですよね)を同じにできない人たち同士だと、ずっと誤解とかすり合わせ、レギュレーションの問題が出てくる。
それこそ、水道の使い方とかエアコンの設定温度まで。
まあどうでもいいや。
時間がなくなったのでオシマイ(地球がオシマイ)。
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ネットを巡回していて日常的に思っているのは、ネットの二次情報を観ただけでいろんなものを読んだ気、観た気になっちゃいかんということだ。
たとえば、映画版「ドラゴンボール」のレビューがあちこちに溢れているが(少なくとも私の巡回先には溢れている)、いい評判は聞かない。
で、「いい評判を聞かないから観るのをやめよう」と判断するのはいい。そのためのレビューだし。
ただし、その際決して「観たかのような気になってはならない」と自分に言い聞かせてきた。
さて、ここまでは普通の話。
「実写版ドラゴンボール」の評判を聞いて「じゃ観るのやめよう、映画鑑賞代得した」というのならまだいい。
しかし、ものの断片だけネットで観て、鬱になるのは自分でいいかげんなんとかしたい。
まあ、どうせあらすじだけ聞いて鬱になるようなものは、本編にぶつかってもさらに鬱になるだけなんだけどね。
それにしても、世の中には退屈な表現が溢れているよな。
断片だけ見せられては反論を書くわけにもいかず、人はそうした断片に無力だ。
と、最終的にはぼやき。
ぼやきで悪いか。
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またひとりごとです。
擬似家族の限界について。
それと「生き抜いた人間が大人なのではない」ということについて。
第三に「もしかして、ポストモダンの行き着く果てはかたちを変えた社会主義か?」っていうことについて。
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「もうこんなことはいやだ、こんな思考過程からは自由になろう」って何度も決心するんだけど、いつの間にか元に戻ってる。
そんで、「夏休みの終わりのような毎日」に、なってる(なんかめんどくさい人の書いたポエムみたいな文章になったな)。
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