絶望

ZETSUBOU

今日は、サラリーマン時代の同僚だった、田中くんと鈴木さんの結婚パーティーだった。
それほど親しい間柄だったわけではないが、それでも数年間、苦楽をともにした仲。招待状も私のところに届いていた。
会場は、こぢんまりした洋食屋だった。地元の人にも親しまれているし、遠方からも食べに来る人がいるという。
店主の人柄に惹かれている人も多いそうだ。

「平服でお越しください」と書いてあったが、礼服で行くことにした。

洋食屋のドアを開けると、今回のパーティーの幹事とおぼしき若い女性(おそらく鈴木さんの友人だろう)と、店主が談笑をしていた。
しかし、私の顔を見るなり二人の顔から笑顔が消えた。
心なしか、幹事とおぼしき女性の方は、店主の影に隠れた。
「だれ? あんた」
店主は、じろりと私をにらんだ。よくよく考えてみれば、料理をつくるために厨房にいるはずの彼が、なぜここにいるのだろう。
「新田五郎です。今日のパーティーに出席するために来ました」
私は招待状を出した。
受け取った店主は、それをまじまじと見つめると、「ケッ」と嫌な笑みを浮かべて、それを灰皿に放り投げた。
「じゃ、おまえさんはあっち」
店主は親指で、隅の方の席をさした。ずいぶん態度が悪いなと思ったが、文句を言おうと思った幹事とおぼしき女性はもういなかった。

丸テーブルに案内される。すでにそこには三人の人物がいた。
いずれも私の知らない人物ばかりだった。

一人はやくざ風、一人はオタク風でノートパソコンから顔をあげようとしない。最後の一人は、出っ歯の老婆だった。

「おまえさん、なんでここに来たんだ」
出っ歯の老婆が言った。細長いタバコを吸っていた。
「なんでって、結婚パーティーに……」
言いかけると、やくざ風の男が低い声で肩を揺らして笑った。
「結婚パーティー? だれのだ?」
「だれって、田中くんと鈴木さんの……」
私がそう言うと、やくざ風の男、オタク風の男、老婆が一斉に笑い出した。
「田中と鈴木か……。ふうん、田中と鈴木ね」
やくざ風の男は、一人うなずいたかと思うと突然、床につっぷしてしまった。
「ありゃ、死んだな」
隣のオタク風の男が、ノートパソコンから顔を上げて言う。

どうしていいかわからずとまどっていると、老婆が急に高圧的な態度で、
「悪いことは言わないから、一万円置いていきな。そして黙って帰るんだ」
と言った。
私は納得できなかったので、「なぜですか?」と聞くと、老婆はキッとなって叫び出した。
「あたしの言うことが聞けないってのかいっ。いいから、一万円置いていくんだよッ。金のことなんか関係ねえんだよッ」

私はその声を聞いて反射的に右ストレートを、老婆の鼻づらに叩き込んでいた。
「ぶぎゃっ」
老婆はぶざまな声を出して、後ろに椅子ごとひっくり返った。

その声にいらだちを覚えた私は、おたく風の男のノートパソコンのキーボードに、左拳を叩きつけて粉砕した。
「何をするんだよッ」
おたく風の男が金切り声をあげた。あまりの高音だったので、なんだかおかしく、私は笑ってしまった。
「うるさいんだよ」
私は突っ伏したまま死んだやくざ風の男の襟首をつかんで、そのままおたく風の男に向かって投げつけた。

おたく風の男は、投げつけられたやくざ風の男を抱きしめて、傾いた椅子のバランスを取ろうとガマガエルのようにもがいた。
が、すぐにバランスを崩してひっくり返る。
やくざ風の男の下敷きになった状態だ。
私はそのやくざの背中に、近くに合った大きな木彫りの人形を叩きつけた。

そして、入り口に戻った。入り口には店主と、幹事とおぼしき女性がまだ談笑している。
私はまず、女性の方の口の中に、丸テーブルの上に置いてあったガラス製の灰皿を突っ込んだ。
その瞬間、その女性の歯はすべて折れた。
歯と血を口から飛び散らし、女性は変な声をあげたので、イライラしてその女性のベルトを掴み、思いきり遠くへ放り投げた。
遠心力によって、その女性はこじゃれた窓まで飛んでいき、ガラスに激突して動かなくなった。

店主の方は体が大きかったので、力負けすると思い、いきなり隠し持っていたガソリンをぶっかけて火をつけた。
一瞬のうちに、店主は燃えた。悲鳴をあげることもできなかった。

他に結婚パーティーの出席者はいないか探したが、だれもいなかった。
私は新郎新婦へのプレゼントに、と持ってきた小さなオルゴールを地面に叩きつけ、踏みつけて壊した。

しばらくいらだちがおさえきれず、じっとしていたが、いきなりレストランを破壊して象が二匹、入ってきた。
象の片方が言った。
「一万円、返してくれ」
もう片方の象も言った。
「もう何もかも手遅れだ」

利いた風なことを言うな、と思って私はますますイライラして、窓ガラスに叩きつけられて気絶している、幹事と思しき女性の首根っこをつかんで引っ張り上げ、左腕を掴んでぶんぶん引っ張りまわし、象たちにぶつけていった。

「痛い」
「痛い」

象が日本語をしゃべるなんて信じられないのでますますイライラして、
そのショックで私は死んでしまった。

後から地獄で聞いた話だが、田中くんは第六地獄、鈴木さんは第八地獄にいて、それぞれ、
「自分の肛門にハウスねりがらしを塗り付ける」
という苦行を強いられているそうだ。

ちなみに私は、地獄など想像上の産物だと思っているから、何も問題はなかった。

早く死にたい。
(完)

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【絶望】・「同人誌の話、ほか」

いろいろと絶望が続いている。そりゃあ何億もの負債を背負ったとか手足が取れてしまったとかそういうことはない。
でもそういう問題ではないのは、一度でもぜつぼう的な気分を味わった人にはわかるだろう。

先日、生まれて初めて一度引き受けた同人誌の原稿依頼を断ってしまった。関係者には本当に申し訳ない。

とにかく話し相手がいないのがいちばん辛い。人間、話し相手さえいればなんとかなるのだ。
「カウンセリング」だって、結局は「話し相手に話す」ということだろう。

同人誌にちょこちょこ書いていた小説に関しては、一種のうさばらしとして書いていたのだが、もう小説を書いても何か心が浄化されるというか、そういうことがなくなってしまった。
そこまで追い込まれてしまったのだ。

本もマンガも読む気になれない。集中力が続かない。
もうダメだ。

おしまい。

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無題

ブログも頻繁に更新しないと忘れ去られてゆくし、どんどん孤独になる。

ところで、「水曜日のダウンタウン」を楽しみに観ていて思うのは、どうやって問題をクリアしているのか、していないのか知らないが、「ちょっとくせのある素人」を、タレントとして扱うでもなく出している点。
これが異様に面白いのだ。

逆に言えば、他の番組から失われた点だ。

「クセのある素人をちょっといじる」という行為は、おそらく許可を取ってないという点ではものすごく大雑把に言って、反グローバル、反リベラルである。
こんなもん、常識に照らしてダメには決まっている。だけれども面白い。

「お笑い」の世界では、それが「くだらない」、「だれも本気で観ていない」ということで免除されてきた。

そういうようなことが、免除されなくなった。

そういうことに、気づいていない人が多すぎて、イライラする。

なんでもかんでも、「リベラル」方向に話が進めば、なんでもかんでもがんじがらめになるに決まっているではないか。
でもそれにほとんどの人が気づいていないわけでしょ?

最近のリベラル運動でイライラするのは、レギュレーションをきちんと決めようとし過ぎることだ。
「優等生が、決まりをきちんと決めましょう」という会になっている。

かといって、こういうことに徹底的に反対すれば、自分が参加できない、別のルールでがんじがらめの世界ができてしまう。
そのジレンマ。

本当にイライラする。

おわり。


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無題3

「逆にいい」、「逆に面白い」
ということ自体(侮蔑的に価値相対主義とも言われたりするが)を蛇蝎のごとく嫌っている人がいて、「ふーん」と思うだけなのだが、30年くらい考えたが、やはり「逆にいい」、「逆に面白い」(あるいは「逆によくない」、「逆に面白くない」)という感覚は、現実にありうる。
それは、ポストモダンだとかなんだとか言う前に、そもそも成熟した文化の中では必ず現れる。

たとえば「一流の、キラキラしたレストランに、一流の料理」というのに飽きてしまえば、「汚い店で、素朴なB級グルメを味わいたい」という気持ちがめばえても、それは逆張りでもあまのじゃくでもなく、自然な感情だろう。

「逆に……」というのが、特定の人々から忌み嫌われるのは、それが「価値相対主義」であり、シニシズムから来ているといういらだちから来ているのだろう。
しかし、そもそも「逆に」感覚と、思想(とくに政治思想)が結びついており、それ以外のコンテクストがない、と思っていること自体、少々度量が狭いのではないかと思う。

コイン収集は、おそらく(政治思想と密接な関係にある)カウンターカルチャーでも何でもない、単なる「趣味」だが、それでも「印刷がズレている」とか「穴が空いてない」などに「価値」がある。
いやそれよりも、カウンターカルチャー好きで価値相対主義が嫌いな人は、なぜ「思想なき趣味」、囲碁や将棋や切手収集や釣り、キャンプ、ミステリ小説読書、ハーレクイン・ロマンス読書、などを「無意味だ」と徹底攻撃しないのであろうか。

中森明夫が流行に関して、
「そもそもスカートには短いか長いかしかないんだから、ミニスカートとロングスカートの流行が交互に着ても何の不思議もない」というようなことを言っていたが、「逆にいい(悪い)」というのも、その程度の問題なのではないかと思えてならない。

たとえば若者が政治に関心を向けないとかいうことがあるとしたら、問題はまた別のところにあるだろう。

それと、関係ない話だが、ツイッターで、
「安保に反対しなかったものは、もし徴兵されても文句言わないんですよね?」みたいな言い方をする人がいたのだが、それとこれとは別だろう。
それは「日本は戦争をしないから、あるいは徴兵などしないから、安保に賛成するという立場もありうる」ということだけではない。

何かを選択したとき、わざわざ悪い方の状況を提示して「こうなっても文句言わないよね?」というのは、おかいしだろう。
だれだって、思いどおりにならない結果が生じたら、その時点で軌道修正しようとしたりするだろう。

子どものケンカじゃないんだから、「こうしたらこうなっても文句言えないよね?」という言い草は、幼稚だと思う。

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無題

ネットウロウロしていたら、「教育問題に取り組めば世の中が変わると思っているやつはアホ」という意見があり、意味はよくわからないがまあ、そのこと自体には何か論理的な理由がありうることは、想像できる。
検討の価値はある。

しかし、その同じ人物が、「デモは、嫌われたとしても注目されれば勝ちなのではないか」と言うのは、教育問題に対する意見とニコイチで、賛同しかねる。

毎日まいにち、学校で同じお題目を聞かされていれば人間が洗脳されることはありうる。
その効果を否定することにもそれなりに意味はあるのかもしれないが、同じ人間が「デモにだって(効果はないと言われているが)効果はあるんだ」と、たいしてくわしい論証もなしに言ってしまうのは、「デモびいき」と勘違いされても仕方なかろう。

そもそも、過激な「学校教育不要論」は、理系の学問を無視しているところに致命的な穴がある。
体系だてて、きちんとした実験器具などを準備しないと成立しないのが理系学問であって、寺子屋みたいなものでなんとなかなる文系学問とはちょっと違う。

理系教育をつぶしてしまったら、たとえ革命政権を樹立しても(教育不要論、廃止論を唱えるのはそれくらい過激な論者であろう)長期的には兵器開発・維持が困難になるし、戦争が起こっても諸外国に負けてしまうのではないか?

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【雑記】・「『不安増幅罪』について

「アドバイス罪」について調べたのだが、どうも私が思っているのとは違うようだ。
「アドバイス罪」については、興味のある人はネットで検索していただくことにして(「思っていたのと違う」私が要約するスジアイのものでもないので)、私の考案した「不安増幅罪」について言及する。

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もう元旦はいらない

元旦はじごく。
はっきりそう思った、今年。

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なでしこUSA

ここのところ、なんでもないことで怒りがわいてきてブチ切れそうになったり、電車の乗り換えが面倒くさいので親の金ぬすんでタクシーに乗ったりしている。
テレビはまったく面白く感じないし(私の感性のせいで)、友人の声は小さくて聞こえない。

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もうみんな HTE MANZAIダイオウイカなんて

「THE MANZAI」を観た。
この番組、始まったときから、もちろん出演漫才師の漫才そのものは面白いのだが、番組の構成などがなんだか面白くない。

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もう相棒 みんなダイオウイカのことなんて 忘れてる

最近、どんどん頭がおかしくなってきていて、まずテレビを集中して見ることができない。
面白く感じない。
ただ、バラエティだけはかろうじて、ボーッとして見ていられる。
ドラマは見ていられない。

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