評論とは

【書籍】・「謎のマンガ家・酒井七馬伝─『新宝島』伝説の光と影」 中野 晴行(2007、筑摩書房)

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酒井七馬の伝記。
むちゃくちゃに面白い。
むちゃくちゃに面白いが、本書を面白いと感じられるかどうかは、
「酒井七馬」というマンガ家が、手塚治虫の出世作「新宝島」の共著者であること、
そしてその「新宝島」が、「絵が動いているように見える」ということでトキワ荘世代に多大なる影響を与えたこと、
さらに、現状では(少なくとも復刻版が出る前は)「本当に『新宝島』は画期的なのか?」という議論がある(あった?)こと、
などをふまえておく必要があるかもしれない。

あるいは、別の側面で、日本アニメの黎明期に興味がある人も読んで面白いと感じると思う。酒井七馬は、アニメーターでもあったからだ。

「新宝島」に話を戻すと、今年初めに「完全復刻版」[amazon]が刊行されるまで、読むことができなかったらしい。
「らしい」というのは、正直私が手塚マニアではないからで、よく知らないからである。
しかしこれはある意味問題で、日本マンガ史の、どうひっくり返しても重要作が、研究者でさえ読むことができなかったのには驚かされる。

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【ムック】・「ダ・ヴィンチ 殿堂入りコミックランキング150 マンガ史50年が生んだ名作はこれだ! 」(2009、メディアファクトリー)

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amazonの内容紹介

日本が世界に誇るマンガ史50年を振り返る、永久保存版ランキング!
ダ・ヴィンチ読者、書店員などのアンケートから作成した、マンガ史50年を通観するランキング!あなたの胸を震わせた名作が、続々登場します。
50年間のトップに輝くのは、果たしてどの作品か!?総合ランキングのほか、60年代、70年代、80年代、90年代、2000年代の年代別ランキングも集計。かつてあなたの胸を震わせた名作が、続々登場します。井上雄彦、椎名軽穂、中村光ほかインタビューも多数収録。

ほんの少しだけ、書いてます。ほんのちょっとだけね。
記録としてここに書いておきます。

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【雑記】・「ホルモン教異聞」

今日はとても機嫌が悪いので、連続更新することにする。
前にも書いたかもしれないが、何度でも書く。

YOU(ユー)とはNHK教育テレビジョンで1982年4月10日から1987年4月4日まで、土曜日の深夜に放送されていた若者のトーク番組である。

いきなりウィキペディアから引用してみた。若い人はもうほとんど知らないだろうが、そういう番組があったのだ。

それについて、思い出したことを書きます。

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【雑記】・「大量につくり飛ばされるものの鑑賞について」

このエントリに関連する事項として、メモ的に書きとどめておきたい。

それは「サブカルチャー的鑑賞態度」についてである。

サブカルチャー的な鑑賞態度として明確なものは、

「スルーされてきたけど、非常に丁寧につくられた作品を拾い上げて鑑賞する」

というものだ。
これは、通常の純文学などの鑑賞態度をそのまま周縁文化に敷衍させたもので、こういう鑑賞態度がひとまずいちばんわかりやすいし、それに対して異論はない。

よく、子供向け作品を評価する場合、「子供だましの作品はたいていダメで、子供に真剣に向き合った作品こそ本当に子供に支持される」という物言いがある。

あるいは、「一見書き飛ばされた、つくり飛ばされたものでもよくよく検討してみると真剣に、丁寧につくってある」という物言いもある。

しかし、それでは、「書き飛ばされ、つくり飛ばされ、そして読み飛ばされ、斜め読み、斜め観されてきた作品の評価はどうするのか」ということは、「真摯なサブカルチャー的態度」ではあまり検討されないのである。

あるいは、評価基準として「真摯につくられた、いい作品」の評価、拾い上げがまずあって、「書き飛ばされ、つくり飛ばされたモノ」は、「こういうのもいいよね」的に、サブカルチャー評価の、周辺領域としてフォローされる場合が多い。

しかし、現実には大量生産、大量消費の流れの中で、「書き飛ばされ、つくり飛ばされ、そしてあっという間に消費されていく」というケースも多いはずだ。

「書き飛ばされたものの中から、珠玉の名作を拾い上げる」こともサブカルチャー的態度だが、それは物事の一方の面しか観ていない。
世の中には「書き飛ばされて、読み飛ばされる」ことが役割の作品も大量に存在するのだ。

そもそもが、一部のマニアならいざ知らず、昭和三十年代から四十年代前半くらいまでのオトナというのは、現在のサブカル青年が鑑賞するようには、小説や映画を鑑賞しなかったのではないかと思う。
あるいはそれは、ドラマ「花より男子」にハマって毎週夢中で観ていた女性とも違う鑑賞態度である。

昔は「中間小説」というのがあって、そういうものは純粋に楽しまれ、ひと時の愉悦を与えて、そして忘れ去られた。かつての、歌謡曲を聴くみたいな感覚だったと思う。

あるいは「頭の体操」などのパズル本や、映画のノベライス、新聞や雑誌に掲載される小粋なコラム、町で見かけたちょっとした面白いことを取材した記事などは、たとえば似たような鑑賞態度で消費されてもいた「マンガ」とか「小説」とか「映画」が「作者の存在する作品として正しく鑑賞する」というふうに後年、変えられたようには、たぶん永遠に変えられない。

ある時期までの「テレビ番組」も「鑑賞されたはしから忘れ去られる」存在だったが、現状では多少変わってきている。

「いつまでも永遠に鑑賞者の心に残る」作品も大事だが、「一時の愉悦を与えて、瞬時に忘れ去られていく」作品だって、それはそれで役割をまっとうしているのである。

かつての多くのオトナというのは、それほどエンターテインメント作品に執着しなかった。たとえば、マニアでもなかった父親の本棚にアガサ・クリスティーや、イアン・フレミングや、松本清張や、山田風太郎の文庫本を発見する人もいるだろう。

しかし、それは別に、ものすごく真摯に読まれたわけではなく、出張先のひまつぶしに読まれてすぐに忘れ去られ、ムカシの人特有の「もったいない」という感覚から本棚におさまっているだけかもしれない。

似たようなことはとくに70年代に氾濫したUFOや超常現象本や、矢追純一UFO特番についても言える。なにも読んだ人、観た人が全員真摯なビリーバーというわけではなく、たいていの人はすぐに読んですぐに忘れた。

大量消費文化に特別な思い入れを持つのは、大人ではない「青年」の感性である。
それが悪いとは言わないが、鑑賞態度としてはワンオブゼムでしかないことは、再検討されるべきだと思う。

なぜこうした評価があることの可視化が定着しにくいかというと、実は旧世代のテーマ主義、極端な例でいえば革命に近づいているかどうかだけを作品の評価基準とするらしい「プロレタリア芸術論」みたいなものが否定されつつも、やっぱり至高の評価基準としては現在でも「テーマ主義」があるからだ。

サブカルチャーは根源的に(いかに消臭化されたとは言っても)社会変革主義的な態度があるため、「オトナが楽しんで、すぐに忘れられてしまう作品」を「そのようなもの」として受け入れる、ということが認められにくいのである。

実は「物事を斜めに観て笑う」という態度にもいろいろな、他の鑑賞態度との「通路」のようなものがあって、「すぐに忘れ去られるものをそういうものとして消費する」態度に近い場合もあるのだ。
コレが「笑いを通して背後にある社会について考察する」みたいなところに基準があると、「ただ笑いたい」という人と摩擦を起こすことになる。

もちろん、それは「取るに足らないものを拾い上げてわざわざしゃぶり尽くして見せる」という「青年的態度」とも関わってくるわけだが、さすがの温厚な私もこの辺のことがわかってない人が多すぎるので、暗澹たる気持ちになっています。

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【書籍】・「おたくの起源」 吉本たいまつ(2009、NTT出版)

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文字どおり「おたくの起源」について書かれた本。
確か岡田斗司夫氏か氷川竜介氏が唱えていた「オタクの源流はSFファンダム」という観点を、実際に取材して広げた内容になっている。

私は一読、オタク論の本としてはそう悪いものではないと感じた。オタクSFファンダム起源説は、私の知るかぎり商業出版として論じられたことがないからである。

ただし、ネットを散見するとボロカスに批評しているところもあり(おそらく、著者と顔見知りゆえにきつい論調になっているのかとは思うが)、それは批判としては間違っていない。
が、どうしても私自身が著者と世代が近いこともあり、フォローしたい気分になってしまう。

というわけで、思いつくままに書いてみたい。

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【雑記】・「世間知の問題に帰結させるのはどうかと思う」

結婚詐欺容疑の女の知人男性ら、相次ぎ不審死
亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。

で、亡くなったモデラーの方に関し、「モテないオタクが海千山千の女にダマされた」という図式でもって似たような境遇の男たちも含め、彼らに対して愛のあるお説教、愛のないお説教がネット上を飛び交っている。

以下に書くことは、書きたくもあり、書きたくもなし、なことだ。

マジメに職を持って、いわゆる適齢期に結婚して子供をもうけて生きるのが普通のことだとも個人的には思っている。
ことさらに「非モテ」などと主張することにも自分は異議を唱えてきた。

が、そういう「当たり前」が崩れていることは現実でもあり、そんな中、あまりにもガッカリな床屋談義が繰り返されることにも、私はいいかげんイライラしているのだ。

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【雑記】・「『sabra』来年3月号で休刊」で考えたこと(というのは少々看板に偽りありだが)」

男性誌「sabra」来年3月号で休刊

小学館は19日、男性向けグラビア誌「sabra」を、来年1月25日発売の3月号を最後に休刊すると発表した。

 同誌は2000年5月の創刊。03年末には20万5000部を発行していたが、ここ数か月は平均すると8万5000部前後にまで落ち込んでいた。

私も、分厚くなってから(平綴じに変わったんだっけ? 忘れた)、まったく買わなくなっていた。
うーん、その理由はすぐには自分でもわからない。単に、コンビニで観たときに惹かれなくなっていたのだ。

ただこういう雑誌の場合、分厚くなっても(そういえば本当にページ数が増えているかどうかは知らない。手にとった感覚として)あまりありがたみを感じないというのはある。

とにかく、sabra休刊は「アイドルグラビア冬の時代」を予感させるあまりよろしくないニュースであるとは感じる。

私はグラビアイドルについて軽々しく語ることを自分に禁じているが(大げさ)、sabra休刊の報をきっかけに、グラビアについて思うところを定点観測的に述べておこう。

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【オタク】・「雑記、あるいは祭りは終わってからが始まり」

「たまたまくだらん話を目にしてイヤな思いをする」ということがネットではよくある。

今日もそこからの連想。ソースは示さないので、読まなくていいです。

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【オタク】・「オタクのかっこいいかっこ悪い問題」

よく、オタク同士で「あれは(オタクとして)カッコ悪い、カッコいい」という話になることについて。

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【雑記】・「みんな死んじまえ!! 」

タイトルは川島のりかずのマンガより。

ふと思いついてはてなキーワードの「スクールカースト」の項をみてみた(リンクの仕方がよくわからないのでみなさん各自、読んでください)。

この項目が面白いのは、「スクールカースト」を純粋なコミニュケーションスキルの順列とはせず、技術論には還元できない「人気」というものがある、と指摘していること。
いや、他にも似たような指摘をしているところがあるのかもしれないけど、私が最初に目に入ったのがこの項目だった。

確かに、「口ベタだがイケメン」とか「性格は悪いがスポーツ万能」と言ったやつらは、カーストの上位に位置するのであろう。
しかし、である。

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