70年代

【アニメ映画】・「宇宙戦艦ヤマト 復活編」

公式ページ

企画・原作・製作総指揮・監督:西崎義展
原案:石原慎太郎
脚本:石原武龍、冨岡淳広、西崎義展

「宇宙戦艦ヤマト」が、惑星アクエリアスのなんちゃらかんちゃら(もう忘れてたよ)でなんちゃらして17年くらい。
「移動性ブラックホール」が太陽系に接近し、地球を飲み込みこんでしまうことが発覚する。
人類は、その後何年かかったか忘れたがとにかくあらゆる回避策を考えた。「地球の軌道を一時的にずらす」ことすら検討したという。そして、最終的に地球を捨てて2万7000光年離れた惑星アマールの月へ移民するしかないと結論を下す。

しかし、移民船団はいずれも国籍(?)不明の敵からの攻撃を受けて消息不明に。ちなみに、第1次移民船団に搭乗していた古代進の妻、雪も行方不明になってしまった。
その後いろいろあって、当然だがヤマトは甦り、第3次移民船団の護衛艦隊旗艦となる。
辺境惑星で貨物船の艦長か何かをやっていた古代進は真田さんのススメで新生ヤマトに搭乗、移民船団を率いて地球から旅立つ……。

まず前提として。
展開がタルい。
それだけは最初に言っておきたい。これは「ヤマトだから」、「西崎義展だから」、「石原慎太郎だから」という問題ではないだろう。また、展開の重要部分を人々のセリフや話し合いだけで進めようとしていたのにも閉口した。

以下に書くのは、それを大前提とした上での話である。
なお、盛大にネタバレをしているので注意ね。

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・「アンラッキーヤングメン」(1)(2)(完結) 大塚英志、藤原カムイ(2007、角川書店)

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野性時代連載。大塚英志原作、藤原カムイ作画のマンガ。
60年代後半から70年代半ば、そして最後には1997年まで、実在の人物とは似て非なるキャラクターたちを交錯させた作品。

連続射殺事件を起こした男・N、売れない漫談家・T、学生運動のセクトに所属しているヨーコ、警察官僚の息子で父親に反発ばかりしているゲイの薫らが、Tのシナリオに基づいて三億円強奪を計画する……。

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【映画】・「ウォリアーズ」

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1979年、米
監督:ウォルター・ヒル
原作・脚本 : ソル・ユーリック

簡単に言えば、アメリカの不良がケンカして逃げ続ける映画。

ニューヨーク最大の不良集団「リフス」のボス・サイラスが、数々のチーム(「チーマー」のチームみたいな感じ)の代表者を数名ずつ、夜のブルックリン公園に来いと召集をかける。
サイラスは不良少年どもの集団に呼びかける、一致団結して街のすべてを我々のシマにしようと。それに答える大群衆。
革のベストが「制服」であるチーム「ウォリアーズ」のメンバーたちも、その集会の中にいた。
異様な盛り上がりを見せる不良ども。しかし、その中でだれかが拳銃を取り出し、サイラスを射殺!! 現場は大混乱に。しかもそいつが「犯人はウォリアーズ」と言ったため、ウォリアーズメンバーは地元であるコニー・アイランドまで逃げなければならなくなった。
たった45キロの道のりだが、各ブロックには「サイラス殺し」の犯人を捕まえて名をあげようとするチームがゴロゴロしているのだ!!

……何の気なしに観た映画だったが、自分的にはかなり重要な映画であった。
それは、「この映画が、ほとんど日本のヤンキーマンガに何の影響も与えなかった」という点において、である。

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【映画】・「番格ロック」

1973年、東映東京
監督:内藤誠、脚本:山本英明、大和屋竺
出演:山内えみこ、柴田鋭子、鹿内孝、誠直也

「番格」とは、番長と同等の実力を持ち、それでもなお一匹狼をつらぬく存在である。
スケ番グループ、赤羽百人会と池袋の「騎兵隊」、両者が対立する中、百人会の番格であった由紀子(山内えみこ)が女子特別少年院から出所する。
彼女は、かつて少年院で一緒だった「騎兵隊」の総番・アラブの鷹(柴田鋭子)と再会し、タイマン勝負することを熱望するが……。

ラピュタ阿佐ヶ谷で、今週金曜日までやってます。

映画館はビックリするくらい混んでいましたが、結論から言うとわたし的にはピンとこなかった。
ただ、私がこのテの映画に求めることはひとつやふたつくらいのことしかなく、そこから少しでもズレていくと理解できなくなるという読解力のなさなので、そこは(私を)割り引いて考えてください。
この辺、まだ私の修行の足りないところです。

本作の感想としては、私が思いもよらなかった視点としてここのテキストアヌトパンナ・アニルッダ)が面白かった。ああ、そういう話だったのかと納得がいきました。

で、自問自答していくと、「かぎりなくホモ(あるいはレズ)に近づいていく情愛」というのを理解する気持が自分には根本的に欠けているなあ、と。
要するに、本作では由紀子が「アラブの鷹」に会いたがっている理由というのは、当初は憎しみであるかのように思われるが、だんだん「愛憎相半ばする」というか「愛情が憎しみに変わり、でも愛している」という屈折した感情であることがわかっていくわけですが。

内藤誠監督の、似たようなジャンルの映画として「地獄の天使 紅い爆音」を私は観てますが、感想を読み返すとかなり買ってるんですよね。それなのになぜ今回ピンと来なかったかというと、由紀子の心情が、私にとっては複雑すぎてよくわからないところがあるから。

それと全体的なことを言えば、もうちょっと展開にメリハリをつけてほしかった。
たとえばタイトル冒頭に出てくる「番格」というスケ番内でのポジショニングの面白さが活かされていない。記憶が違ってたらすいませんが、由紀子が出所してきたときにはすでに「百人会」には番格がいたり。つまり映画冒頭で由紀子がどういうポジションなのかがまずよくわからない。
ここで、新米の「番格」をブチ倒して「これからまた私が番格だよ!!」って宣言するとか、総番の希望でまた番格に復帰するとか、そういう明瞭なシーンがあればよかったと思ったんですが。

メリハリということで言えば、由紀子も「鷹」も両方「番格」ならまだわかりやすいんだけど、「鷹」は総番なんだよね。その辺もなんだかわかりにくいんですよ。
途中で、ある人物がある行動をとるけどそれも不可解だし……。正直、途中からストーリーを追うことから脱落してしまいました。

で、個人的には山内えみこのオッパイと長い足がとりわけ強烈な印象を残してしまったと。

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【映画】・「戦後猟奇犯罪史」

1976年、東映京都

監督:牧口雄二
脚本:金子武郎、中島信昭 
出演:泉ピン子、川谷拓三、室田日出男、五十嵐義弘

いきなりカンケイない話だが、それぞれのジャンルのそれぞれのレビューにありがちな文体というものがある。

たとえば音楽だったらいかにも「ライナーノーツ的」な文体というのが、はっきり言語化できないけど存在する。
何年も前のミュージックマガジンだったか、「これは良質のポップスだ、という表現は聴いたことがあるが、これは悪質なポップスだ、という表現は聞いたことがない」という出だしの文章を読んだことがある。

なかなかいいツカミだな、と思ったら本当にただのツカミで、その後はただの良質のポップスの紹介が続くのだ。
あるいはそのジャンルのカリスマ評論家の文体にだれもが影響を受けてしまったり、あるいはいかにも重度ネット中毒者といった感じのテキストにもネット上ではお目にかかる。

で、映画の感想サイトを回っているとリクツっぽいところが多くないですか。まあ大半はただの感想だけど。
リクツっぽいことはかまわないけど、その映画を観てみよう、って思わせるところが少なすぎる。

それと、自己反省というかどうにもならない部分ですが、私は映画を観た後もほとんどの細部は忘れてしまいます。映画評は記憶力の良さが関係してくるジャンルなのかもね。

では本題。

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【映画】・「俺の血は他人の血」

公開:1974年、松竹

監督:舛田利雄

主演:火野正平、奈美悦子、フランキー堺

ヤクザが激しい抗争を繰り広げる街にやってきた青年・絹川良介。彼は怒りが頂点に達すると「エスクレメントオ!」の叫び声とともに超人的な力を発揮するのであった。飄々とした恐喝屋・六さんにその力を見込まれて、良介は抗争に巻き込まれてゆく。

「筒井康隆作品の映像化第1作」などの記録的、資料的な意味をのぞけばとりたてて観る必要もない、なんてことなさも極致の映画なのだが、検索したらものすっごいけなしているブログがあったので対抗してほめてみようと思う。

……まあ、原作は読んでないんだけどたぶん原作の周到さ、ということに尽きるね、この映画は。「時をかける少女」、「文学賞殺人事件」、「パプリカ」くらいしか観たことないんだけどいずれも「ああ、たぶん原作がよくできているんだろうなあ」と想像させる。
たとえば本作は血液を輸血されたことが主人公のパワーの源になっているんだが、「血液なんて時間が経てば新陳代謝ですべて入れ替わってしまうはずなのに……」なんてわざわざ登場人物に言わせてる。
繰り返すが原作読んでないけど、これって原作にあったセリフじゃないかなあ? つまり、筒井康隆が原作執筆時に、荒唐無稽な設定であってもいちおうSF的解釈を入れようとした努力の結果のように思えるのだ。

もうひとつ思ったのは、本作が最近ではあまり見ない「一人の超人的な男によってすべてがいい方向にむちゃくちゃになる話」だといういこと。それだけでも観る価値があると思った。
そういうジャンルが、実はヒソカにあるのだ。「ウルフガイ」だって「座頭市」だって、そういう話なのだ。
そういう話がまったくない社会というのは滅びるのだ。だから、その一点だけでもこの映画は正しい。

あと奈美悦子の正統派的美人ぶりにも驚いた。それが(現在のように)あんなんなってしまうとは……。

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【映画】・「二匹の牝犬」

1964年、東映

監督:渡辺祐介
主演:小川真由美、杉浦直樹、緑魔子

千葉から出てきた朝子(小川真由美)は、苦労のすえ売れっ子トルコ嬢に。大金を貯めて幸福を掴むため、素性を隠して証券会社社員(杉浦直樹)からときどき株を買っている。
ある日、朝子のもとに田舎から出てきた異母妹の夏子(緑魔子)が転がり込んできてから、朝子の人生は狂い始める……。

小川真由美のエロさに脱帽。おぼこ娘、セレブを装う姿、トルコ嬢、そして愛と幸せを得たい苦労人の女を演じ分けている。
緑魔子も、その小悪魔っぷりを充分すぎるほど発揮している。

一方的な悪人をつくらずに、歯車のかけ違いで登場人物の欲望が錯綜する脚本はけっこうよくできている。とにかく、なんてことない作品なのに魅せていく。本当にうまい作品。

ただし、終盤やや失速した感がある。朝子の運命が決まってからは、蛇足のようなものだからね。そんなふうに思った。

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【映画】・「ずべ公番長 東京流れ者」

1970年、東映東京
監督・脚本:山口和彦、脚本:宮下教雄
出演:大信田礼子、渡瀬恒彦、宮城千賀子、南原宏治

少年院みたいな(そういう施設かどうか不明)「赤城学園」を出たリカは、おもちゃ工場で働くがミスが多すぎてクビに。新宿をブラついているところを「デパートガールみたいな仕事」と誘われて、行ったところは超弱小テキヤ・ガセ寅一家だった。
一家の女親分・蘭子が赤城学園の卒業生と知って盛り上がり、いろいろあってかつての学園の仲間たちが集結。しかし、ガセ寅一家の商業権(何て言うのか忘れた)をめぐって新興ヤクザが出張ってきて、最終的にはお決まりの殴り込みに……。

女親分さんが宮城千賀子でいいのかなあ……? ホスト役の左とん平とのコント的やりとりがすばらしい。また、冒頭にはその後の展開とまったくカンケイない、スケベ医者(南利明)が赤城学園で身体検査をしようとして大勢の女生徒に襲われて服を脱がされかかるシーンがある。この一連の流れもまた、昭和コメディアンの真骨頂のように思えるので観て損はない。

ただし、前作もそうだったが全体のプロットがあまりにも旧来の任侠映画のパターンを踏襲しすぎている印象は否めない。ワンパターンだったら「女番長シリーズ」だって似たようなもののはずだが、この「ずべ公番長シリーズ」の方がどこか泥臭いのである(正直、終盤観ていてちょっと寝てしまった)。

なお、ググったら主演の大信田礼子って都倉俊一の元奥さんなんですね。手足が長くてどちらかというとモデルのような体型。世が世なら、もっともっとスターになったかもしれないなあ、などと思ったりした。

・「ずべ公番長 夢は夜ひらく」(→感想

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【映画】・「高校生番長 ズベ公正統派」

1970年、大映東京
監督:田中重雄、脚本:須崎勝弥
出演:八並映子、松坂慶子、篠田三郎

「非処女同盟(アンチ・ヴァージン・サークル、 略称:AVC)」をつくって盛り上がるズベ公リーダー(名前忘れた)(八並映子)。この女優さんはキツめの目が魅力的。
模擬試験ボイコットに失敗する、どこかヌケたところもある男番長グループと張り合う。

「処女なんて無意味」という観念に取り憑かれたズベ公リーダーは、好意を持っている男番長ではなく、単に「精神を惑わせたい」という理由だけで優等生と初体験。傷ついたりすったもんだあるが、最後は優等生たちもまじえての大立ち回り、終わってみればみんなで顔を見合わせて大笑い……って、青春ものじゃねえかこれ! でも懐かしい。

現在の映画ではありえないくらいのヌードシーンが一瞬出てくるところ、不良グループへの入団の条件がなぜか勃起したチンチンにコーヒーカップをかぶせてどれだけ落ちないかを競う不毛すぎるゲームだったりといったところが見どころか?

「処女には意味があるかないか」なんていう葛藤は、たぶん現在の女子高生を主人公にした映画ではまずあり得ない。つまり、そういう意味では現代はポストモダン。プレモダンは「卒業よ。」(←おれ、今うまいこと書いた!!)

この映画の公開は終わってまして、ラピュタ阿佐ヶ谷で本日から大信田礼子主演で「ずべ公番長 東京流れ者」

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【映画】・「女子学園 悪い遊び」

1970年、日活
監督:江崎実生、脚本:山崎巌
出演:夏純子、江守徹

私立白バラ学園中等部に転校してきた涼子(夏純子)は、もともといたズべ公グループとはちょっと違った孤高な雰囲気。新番長の座をめぐって対立するが……。

中学生って設定なのに、ウィキペディアで調べたら夏純子はこのとき21歳くらいですよ。エロ過ぎ!!
身体はスレンダーだが、その目力(めぢから)と官能的なくちびるで殿方の生気を吸い取ります。
お話はエゲツないところもあるが、基本的には担任の教師(江守徹)への涼子の純愛が貫かれているのでどこか「青春もの」の匂いがする作品。

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