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【アイドル】・「2000年~2006年のモーニング娘。と私 その2」

前回の続き。

2000年の段階で、すでにアイドルファン、Jポップファンによる「モーニング娘。」評が出始めていた。
当時は個人ホームページ(ウェブサイト)やテキストサイトが流行っていた。この流れで「モーニング娘。」やハロプロについてだけ語る個人サイトがいくつもできた。雑誌でも何度も特集が組まれた。

その中で、アサヤン時代からハロモニが始まる以前くらいまでの、リアリティショーの要素の強かったモーニング娘。を「最高だった」と思う一群の人たちがいた。
こういう人たちは、モーニング娘。やハロプロの「アイドル化」を嫌い、まるでプロレス週刊誌みたいな「煽る記事」を書いていた。
たとえば、ソロだった藤本美貴がモーニング娘。に加入したのは2003年だが、その頃も、
「藤本美貴が加入して、モーニング娘。に不穏な空気が流れればいい」といった具合。確か、雑誌ではモーニング娘。のセンターに藤本美貴をコラした画像を使い、「藤本美貴がそのパーソナリティ、人気、実力で既存メンバーを翻弄する」というようなことを夢想していたらしい。

しかし、藤本美貴は、まあ裏ではいろいろあったのかもしれないが、表面的にはかなりあっさり加入した。
このことは、リアリティショーとしての面白さを、運営がとっくの昔に放棄していることを表すが、「残酷ショー」としてのモーニング娘。を期待する人たちは、何かあるたびに「不穏な感じになる」ことを期待していたようだ。

「残酷ショーとしてのアイドル」という点は、AKBグループも継承している。しかし、AKBグループの送り手自身が、グループ内の順位づけや恋愛禁止などのゴシップを誘発するような要素を、「少々下卑た趣味」と自覚しているようなのに対し、「リアリティショーとしてのモーニング娘。を至高のものとする論者」は、「芸能の本質的な部分」として手放しで肯定していたようなところがある。
私はその辺が不快で仕方がなかったのである。

実際、「残酷ショーとしてのアイドル」は、モーニング娘。黄金期を経てAKBグループにも採用され(もちろん両者のグループの運営は別人だが)、峰岸みなみ丸坊主事件」でひとつの帰結を迎える。
要するに、仕掛け側の「リアリティ」の要素を、アイドル自信が「忖度」して先回りし、結果的に「より残酷な」おとしどころを迎えたのだ。髪を切る次には腹を切るしかない。
AKBの話になるが、この「丸坊主事件」は少なくとも表面的には、AKBの人気に何ら影響をおよぼすところはなかった。
その理由のひとつはAKBグループ全体が「巨大なシステム」だからだろう。つまり峰岸の事件はシステム上のバグにすぎないというような見方である。

最近はどうか知らないが、2000~2006年のモーニング娘。における加入、卒業などの要素は、「人為的」とか「作為的」と見られることが多かった。いわばどんなことが起ころうが「お手盛り」ということだが、それを「リアリティショー的な部分」を最高だとする論者は、「芸能には理不尽さがつきまとい、それに翻弄されるアイドルの姿こそが美しい」と、すべて肯定してしまっているように思えた。

ミニモニ。が、私の知るかぎりこの手のファンから黙殺されたり、「辻、加護の通過点」としか観られていないのも当然のことだった。キャラをつくり込んでパッケージングしたユニットには、「不穏さ」の入り込む余地がないからだ。

本当、今考えてもイライラする。

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