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2017年11月

【アイドル】・「アイドルが何かの代替物だったら、応援する必要ないだろうが」

2012-12-10 浜野『なんとかはキリストを超えた』:あきれた。

たまたまネットウロウロしていたら、またこのテキストを目にした。
書かれた当時も、読んだのだが。

「前田はキリストを超えた」は、刊行当時「アホか」と思っていて、読んでない(実は買ってしまったので家のどこかにある)。
山形浩生先生のこのレビューも、そのとおりだ、山形先生よく言ってくれた、と2012年当時思っていたが、今現在、このレビューを読みなおしても、希望のキの字も浮かんでこない。そもそも山形先生の文章で「感心」したことはあっても、希望を持ったことはない。

2012~2013年当時、AKB48をわざと間違えて「アキバ48」って書くのってくそださいし、結論から言って「いい年こいたキモヲタは、社会によって大目に見られているんだよ。勘違いするなよ」とダメ押ししているから、まあそれが世界的な絶望感ではないにせよ、極私的な絶望感ではある。

そういう意味では、2017年末の私は、著作を一冊も読んでもいない濱野智史氏には少しだけ同情的だ。
というのは、「ハマったジャンルが、世界を変えてしまうのではないか」という言説は、アイドルにかぎらずチラホラあるからだ。
BLについてそう語っている人もいた。クラブ文化についてそう語っている人もいた。

文中では「アキバ48なんて、そんな崇高でも偉大なものでもないのは、ファンたち自身がよく知っているはず。かれらは、自分たちにやっていることがつまらない何かの代用行為なのも十分に承知しているはず。それでも、ほとんどのファンは、自分たちがキモヲタであることを十分に承知しつつ、それを半ば自虐的に、なかば胸を張って受け止めているはず。」と書いてあるが、AKBファンの人には悪いが、それは大衆をかいかぶりしすぎというものだろう。
もちろん、AKBファンにはそうした高度な自己評価能力を持っている人もいるかもしれないが、大半は「別に何も考えていない」というのが正しいはずだ。

(たいしたことのないものが好きな自分を半ば自虐的に、なかば胸を張って受け止める」という態度は、90年代くらいの「サブカル的」な態度であって、2012年の段階で、そのような「態度」があるかどうか、私は知らない。
たぶん、そのような屈託は、オタク全般にはもうないと思う。

そして「何も考えていない方が正しく、何かを考えたにしても間違った方向に行った人間は正しくない」と言うのは、言い方は悪いが「大衆」は「特殊学級生」扱いだから山形は批判せず、濱野氏に対しては「おまえも大学院出てるんだからしっかりしろよ」と言っているに過ぎない。

「自分の絶望に他人をひきずりこもうとする人々」は、何もインテリでなくても存在する。むしろ「前田敦子はキリストを超えた」の内容を丸飲みしている人より、日常的に「世をはかなんでいる人」の方が、世間的には迷惑だと言える。

数年前に、同じテキストを読んだときと私の心境が違うのは不思議だ。別にその間に、アイドルヲタクになったわけでもないし。
しかし、私にとっては前田敦子をキリスト扱いする濱野も、「アイドルファンは濱野よりはマシな見識を持っている」という「大衆観」を持っている山形も、「AKBグループについて」ということで言えば、たいして変わらない。

インテリも、大衆からの支持がなければたいていは生きていけないので、変な色気を見せることがあるが、そんな屈託、おれの知ったことか。

ささくれがちぎれて、血でもちょっと出せ。

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【同人誌】・「と学会史」(2017、と学会)

「と学会誌」ではなく「と学会史」である。つまり25周年記念に、と学会の歴史をまとめた同人誌。

ちなみに、私は会員だったが三年くらい前に、家庭の事情で退会している。
会の内部にいたまま、と学会の書籍などに言及すると、会の「公式見解」と誤解される可能性があった。
だが、今は退会して、ずいぶん立っているからいいだろう。

本書で創立メンバーの一人、というか「トンデモ本」の提唱者の一人と言ってもいい(正確には違うらしいがそこは本書を読んで確かめてください)藤倉珊氏の文章が非常に興味深い。
「トンデモ本」や「と学会」の由来や黎明期について、それまで語ってこなかったこともかなり詳細に記述している。
これを読むと「トンデモ本」とひと言に言っても、主要メンバーの見解がそれぞれに異なっていることがわかる。

また、1995年、という「トンデモ本の世界」発行の年の前後の状況がどうだったか、どのような時代の要請で最初に「トンデモ本の世界」がベストセラーになったかも詳述してある。
広い意味でのサブカル史とも関わってくるところなので、アンチな人にも読んでほしいのだが、たぶん読まないだろうなあ。

個人的に、ここ10年くらいで、それまで当たり前だったことが簡単に忘れ去られることに驚いている。というか若い人が昔のことを知らないのは当たり前なのだ。だから常に、近い過去については語り直しが必要なのではないかと考えている。


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