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2017年1月

【映画】・「パンツの穴」(1984年)

鈴木則文監督。

雑誌のエッチな投稿欄が「原作」の、アイドル映画。
山本陽一、菊池桃子主演。
恋愛に、セックスに興味津々の少年(山本陽一)とその仲間たちが起こす騒動を、甘酸っぱい青春の思い出と、なぜかしつこいくらいに出てくる「ウンコネタ」でコーティングするという、知る人ぞ知る怪作である。
前に一度観ていたが、映画館でもう一度観る。

「パンツの穴」(1984年)を再見して「あっ」と思ったのは、80年代の男子向けなちょいエロシーンとして、男子が女子のプールを覗くところがあるのは当然として、主人公の少年が夜中に部屋で全裸でポーズを取っているところを、隣家の女性二人が偶然見てしまい、そのまま眺めているシーンが入っていること。

いわゆる「ポリコレ棒」的な意味での「ポリコレ」においては、男性が女性の風呂を覗くシーンを削除するとともに、女性が男性の風呂を覗くシーンも削除しよう、ということなのがこれでわかる。

……とこんなこと書くと「男性と女性、どういうことで性欲を喚起されるかは非対称なので、正反対のことを書いても仕方ない」とか、男性が自分の欲望を正当化するために「女だってそうだろ」と言いたいだけなのではないかとか、反論が山ほど帰ってきそうだが(たとえば女性側からの男性への痴漢、などはどう考えても少ないだろう。あ、痴漢って性欲じゃなくて征服欲からするんだっけ。でもSMもサド側からすれば征服欲ですよね? ややこしくなって気が狂う)。

でも鈴木則文の映画は、他の同時代の東映の監督に比べると、エロい映画でも、男性優位に描いてないことは確か。
処女とセックスすることしか考えていない佐藤まさあきの「堕靡泥の星」の映画化「堕靡泥の星 美少女狩り」にしても、いちおう原作がそんな感じだから嗜虐的なシーンはあるものの、「別の人に監督やらせれば、もっと殺伐としただろうに」と思ったし、
「温泉みみず芸者」は、セリフとして女性が男性優位社会に抗してきたことが描かれていた、はず(ヒロインのお母さんのセリフで。その内容は忘れた)。

話を戻すと、たとえ男性と女性の性欲が非対称なものだとしても、結局は合体(釣りバカ日誌)しなければならない、とはどういうことか、を考えないとわたし的には面白くならないんですよ。

男の二次元ヲタや腐女子が自分の存在をアピールするのもそれなりに大切ですが、そればかり言っていると、昔のおとーちゃんが「奥さんとセックスするとき、由美かおるのことを考えてます」とか、そんな小沢昭一 の小沢昭一的こころに落ち着いてしまうのです。

これでは、人間の霊的進化には程遠いのです。

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戦争はイデオロギーで起こるかもしれないが、庶民は必ずしもイデオロギーで生きているわけではない

アニメ「この世界の片隅に」が、日本の加害性をスルーしている、という批判になんかどうも納得いってない。

すでに指摘されているだろうけど、30年くらい前は「戦争を決行した政府」と「それに翻弄される日本庶民」という図式が、エンターテインメント作品で「先の戦争」を扱うときの「常道」だった。

(近年でも、朝ドラ「ゲゲゲの女房」の戦争観もそんな感じであった。)

「この世界の片隅に」は単純なエンタメ作品ではないとか、「今は時代は違う」というのも、それはそれで正論なのだが、だとしたら「なぜ作品における戦争観は変わったのか」、「なぜ戦争映画は反戦映画でなければならず、日本の加害性を描かなければならないというふうになったのか」というここ半世紀くらいの文脈を、丹念に追っていかなければならない。

余談だが「アキバズ・トリップ」というアニメを観ていたら、ミリタリーオタクが怪人化してにわかミリヲタに攻撃をしかけるのだが、主人公が「おまえだって最初は、日本の戦闘機はぜんぶ零戦だと思っていたんだろ!?」と言われて言葉に詰まるシーンがあって驚いた。

これは、若い人にしか書けないセリフだ。

私はミリタリーにいっさい興味がないが、どんなに興味のない人間でも第二次大戦中の日本の戦闘機のふたつや三つは言えたからだ。だから多少誇張した表現としても、「日本の戦闘機はすべて零戦」という勘違いを表すセリフは、80年代にはありえなかった。

第一、乗っていた人たちがまだ生きていたからなあ。

ジジイ話終了。


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「いつやるか?」「しらねー」

林修「仕事をするのに好きかどうかは関係ない、重要なのは勝てる土俵なのかどうか」


林修先生は自分が予備校教師であることにコンプレックスを抱いていた。その裏返しがこの「一流論」になっているはずだ。

上記のことは、あえてググらずに直観的に感じたことだ。なぜそう思ってしまうかというと、私が予備校生時代の1986年、代ゼミではそんな先生がたくさんいたからだ。

私はその後の予備校の歴史を知らないが、少なくとも1986年までの段階で、「予備校」というものを旧来のものから刷新したのはその時代の予備校教師たちの功績だと思っている。彼らは大学受験を研究し尽くし、おそろしく緻密なデータで斬新な勉強法・解法を開発したりしていた。

だが、彼らのコンプレックスは、当時19歳の私にも感じられることだった。

まず彼らのコンプレックスのひとつとして、「学生運動の敗者」という意識のある者が少なからずいた。だからこそ、当時の河合塾で、文化人(詳細は知らないがおそらく左派の)を呼んで講演会などをやった「河合塾」が叩かれ、60年代後半あたりの学生運動のリーダー的存在だったという、駿台予備校の講師が「沈黙を守り続けている」として称賛されたのである。

「活動を続けるより沈黙を守っている方が格上」という認識は、当時の学生運動崩れの予備校教師の屈折を如実に表している。

あの、のらりくらりとしていたイメージのある「金ピカ先生」まで、講義中にある自民党政治家の名前をあげて賞賛するという謎の言動が観られた。というか謎でも何でもない、その政治家にぶら下って議員になろうとしていたのだろう。

(後にその政治家は汚職か何かが見つかって失脚する。金ピカ先生は別ルートで選挙に出るが、議員にはなれなかった。)

もうひとつ、予備校教師のコンプレックスというと「公式な、アカデミックな場に出れない」というものがあるようだ。ある英語講師は「美学」が専攻で、大学には「空き」がないため、それの順番待ちをしているということだった。

別の世界史の講師は全共闘世代よりもう少し年齢が上で、講義中にも全共闘批判をときどきやっていた。彼の世界史の副読本(というより立派なハードカバーの本だった)は私も受験時に愛用したが、彼が「アカデミックな正しさ」を念頭においてその本を書いたことは明白だった。

あれから何十年も経ったから、林修が当時の予備校講師と同じメンタリティではないのは明らかだが、東大卒の彼にとって「予備校講師」という職業そのものが「一流の仕事」ではなかったのは想像にかたくない。

コンプレックスの裏返しから「一流とは?」を語るというのは、私にとってはこのうえなくカッコ悪いことなのだが、まあ本人が満足していれば、それでいい。

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【ジェンダー】・「悪いのはりゅうちぇるか???」

このテキスト、まず「りゅうちぇる」自身が、「いわゆる男らしい男」ではないところにはまったく触れないんだよね。

ぺこ&りゅうちぇるというカップルa自体が、そもそもが「お茶の間」レベルのテレビに出る者としてはそれまでなかった「同棲カップル」であり、りゅうちぇるは私が当初「おねぇ」と間違えたくらい、いわゆる「男らしさ」とはほど遠い存在。

だから実は、ぺこ&りゅうちぇるが入籍前にテレビに出ていたことは画期的だったし、りゅうちぇるが「おねぇではないけど何かナヨナヨしたキャラ」としてタレントをやっていたこと自体が、性役割の抑圧から世間が解き放たれつつあるということなんじゃないかというところは、無視している。

りゅうちぇるが、吉田沙保里選手に対して「自分磨きをしなくていい、努力しなくていい」と言っているのは、このブログの論者の主張のとおり、「吉田沙保里は、どう生きたってよい」と言っている。

「女の子らしいから」というのは、相葉くんの質問に、「吉田沙保里は、強くて女っぽくないから結婚できないのでは?」という意味が含まれていたから、それに対するフォローでしょう。

個人的には、「男らしさ」、「女らしさ」ということをこじらせてわけがわからなくなっているのは、このブログの論者だと思いますね。

最近はこういう「もう、何をしたらいいのかわからなくなっている」テキストが増えたように思う。

送り手だってバカじゃない、いつまでも「男は男らしく、女は女らしく」と思っていない人だって大勢いるだろう。

そうすれば表現は複雑化してくるし、今回だって抑圧の意図はないだろう(無意識に抑圧している、という理屈は当然あるにしても)。

でもそういうのに食ってかかる人が出てくる。

私がタレントとしてのりゅうちぇるが嫌いで、悪口を書きまくっているのを知っている人は知っているだろうけど、彼自身がもともとこういうキャラクターなのなら、むしろLGBTでは「ない」がゆえに、抑圧を受けていたかもしれないとか、そういうことは考えたことないのかね。

ここで非難されるとしたら、それはりゅうちぇるではなく、変な質問をした相葉くんか、彼の台本を書いた人、ということになるだろう。

なお、まさかとは思うが、りゅうちぇるが「ヘテロなのに、異性愛者の雰囲気をまといつかせてタレントとして金を稼いでいる」なんて思っちゃいないだろうね。まあそこまで深くは考えていないか。

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