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【特撮】・「現時点でいちばんひどいと思うシン・ゴジラの感想」

ネット上ではものすごい感想・考察合戦になっている。
20年前の「現象」とも呼べるエヴァの人気のときには、私もいろいろと我慢していたのだが、20年も経ったので言いたいことは言わせていただく。

現時点で、私がいちばんひどいと思うシン・ゴジラの感想は以下のようなものです。
すべて同じ人が、どかのブログに書いていました。
箇条書きにします。

その1 今回のシン・ゴジラは自主映画臭がして、なんだかイヤだった。
その2 このようなシリーズのイレギュラー的な作品は、今回だけにすべき。でないと、変な作家性の強い作品しか流れ的につくれなくなる。これは東宝の自殺行為である
その3 監督が「どうだ、これがおれの解釈したゴジラだ!」というどや感が前面に出ていて不快
その4 (ややその3から飛躍して)自分は、娯楽映画に徹し職人に徹した、過去のゴジラシリーズのスタッフたちをリスペクトしている。
その5 これでは子供が楽しめない。子供が楽しめない特撮作品は大人が趣味だけでつくった独りよがりな作品。

ひとつひとつ、反論してきます。

その1、まあこれは個人的好みなので放置してもいいですが、そのブログの文面からして、潜在的に「自主製作映画でも話題を呼んできた庵野監督やその仲間たちへの反感」がヒシヒシと感じられました。
「自主映画くささ」というのをきちんと言語化できるすべを私は持たないのですが、まあ確かに言われれば何となくそんな気はします。ですが、それはきちんと言語化して論ずるべきだし、そうでないなら、「自主製作時代からブイブイ言わせてきた」監督に対する嫉妬心でしかないように、私は思いますね。
もちろん、嫉妬も自由ですが。

その2 個人的にはいちばん重要な個所でした。実はこのような言説は20年前から行われています。
私はこのような言説を、全否定します。なぜなら、評論としていちばん意味をなさない言説だからです。
「ジャンル映画やシリーズ化されているテレビドラマ」などの中で、異色な作品が成功を収める。しかし、それがもとでその後のシリーズがどうなるかなんて、部外者にはわかりません。よほど「ギョーカイ」の内情を知っていて、そこにコミットして製作者に直接意見できる立場の人でないと、このテの言説は無意味なんです。
一般人に「シリーズ」を西遊することなどできませんから。

で、同じような物言いはテレビシリーズの「エヴァ」の頃から執拗に言われてきました。
「「エヴァ」が、実際に後の諸作品にどのような影響を与えたか、はすでに歴史が証明しています。
まず、「巨大ロボットアニメ」の見地からすると、「ちょっとエヴァ風」な作品というのはありましたが、「巨大ロボットアニメ」の流れを完全に変えてしまうようなことには、なりませんでした。
巨大ロボットものの流れをもっとも大きく、劇的に変えたのは「エヴァ」以前のファーストガンダムだと思われますが、それにしても、80年代にはリアルロボット路線と並行して、「J9シリーズ」や「光速電神アルベガス」、「星銃士ビスマルク」などの低年齢向け、オモチャ感のあるロボットアニメも多くつくられています。勇者シリーズもありました。
「パトレイバー」も「ガンダム」とは直接関係ないように思います。

つまり、テレビのエヴァ最終回当時、一部の人が懸念した「今後のアニメはみんなエヴァの最終回近くみたいなグダグダになってしまうのではないか」というのは、杞憂に終わったわけです。
なお、いわゆる「セカイ系」を「エヴァ的感性の延長線上にある物語」と考える方法もあるでしょう。
しかし、その「セカイ系」も、一時代はつくったと思いますが現在も「ジャンル」として生きているとは思えません。

他にも「平成ライダー」や「戦隊シリーズ」で(あるいは観てませんが「プリキュア」で)子供が理解できないような異色作が出てくるたびに、「異色作は一作でじゅうぶん。こういうものは王道を行かないと」という、いったいだれに向かって言っているのかわからない(プロデューサー?)言説が定期的に、現れるのです。

ところが、あとで振り返って観てみると、何か劇的な「異色作」がドロップされ、このためにシリーズ全体の雰囲気がまったく変わってしまう、というようなことは、少なくともここ十数年は起こっていません。

そういう意味では「その2」は、あまり建設的な意見とは思えません。

「その3」も、広義のエンターテインメントでずっと「呪い」のように繰り返されてきた言説です。
おたくの中には、「作家性を出すこと」をダカツのごとく嫌っているという層がいます。このタイプは、職人監督や作品の職人仕事をほめたたえるのを好みます。別にそれが悪いというわけではないのですが、「なぜ作家性を出してはダメなのか」というと、その裏には「作家性に対する絶望」が透けて見えます。
「作家性に対する絶望」はおそらく「文学に対する絶望」なのですが、なぜ近代文学がこれほど信用を失ってしまったのか、については私は何も知りませんので考察はここで終わらざるを得ません。

「その4」は、あたかも庵野監督が過去の職人監督を評価してないかのような、ミスリードの文章でしょう。
私も職人監督、職人的スタッフをリスペクトしていますが、それと文芸性の高い映画がダメだとかつまらないとしたら、それはまったく次元の違う問題です。
また、個々の作品評価ではなく「職人的技術こそすばらしい」と評価するだけでは、逆に「何をやっても同じ」ということになり、逆に失礼にあたるのではないでしょうか。
また、理由は不明ですが「職人の方が芸術家より偉い」という価値観を、たいした考察もなしに保持している人が多すぎるように思います。

「その5」の「子供が楽しめない」というのも、ずいぶん便利かつ最強ワードとして利用されてきました。これに対するカウンターとしては、「子供は大人が真剣に向き合えば、その主張を理解してくれる」という言説があります。
が、私はどちらも信用しません。子供の感性は、個人個人それぞれでしょう。

これらの退屈な言説が、テレビシリーズのエヴァ終了以降も20年経って同じようにくりかえされているのは驚きます。
「シリーズ作品」を「日常」とするならば、それは破壊したい人が思うようには簡単に壊れないし、保持したい人にとっても簡単に保持できない。
そんなところではないでしょうか。

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