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2016年5月

【雑記】・「いつまでも読者をなめるんじゃねーぞ」

オヤジ週刊誌には「今どきの若い女の子は何を考えておるのか?」という興味を満たす連載が、たいてい載っている。

それが「FIRDAY」においては「オンナの生態学」というコラム。だれが書いているのかもわからないし、女性二人の会話風になっているところも、責任の所在をあいまいにしている感じだ。

そして、オヤジ週刊誌に載っている女性会話風コラムに読むべきところナシ、は私の持論である。それどころか、本当に女性が書いているのかさえ分からない。

今週は少女マンガの話だった。「三十過ぎて少女マンガにハマる私って……?」みたいな記事で、結論は「ハマったっていいじゃない」ということなのだが、書かれていることがあまりにひどすぎて、読んでる途中で破り捨ててしまった。

破り捨てたから正確なところはわからないが、簡単に言えば「少女マンガに描かれている男女はセックスアピールという点でリアル。少年マンガには男に従うバカ女しか出てこない」。

私からすると「またこれか」であり、さらに言えば無記名コラムであるせいか、脇も甘い。


「自分を変えたくない、そのままの自分を愛してほしい、俺サマで冷たくて、でもぞっとするほどイケメンで、自分が本当に守ってほしいときに守ってほしい、優しくしてほしい」という「自分勝手」な男性キャラ像を「リアル」という厚顔無恥。

女性のファンタジーは擁護し、男性のファンタジーは踏みにじる残酷さ。

さらに言えば「大人にならなくていい」という、雑で遠回しな結論。


私は20年くらい、このテの「若い女性が言うんだから(それも会話形式ということで最低二人は合意している)間違いない、けど最終的にはどうでもいいや」みたいな記事を読まされてきた。

もちろん、金を払って、である。

ふざけんなと思う。

今度、怒りで破り捨てなかったら、きちんと抗議のメールを送ろうと思う。

読者をバカにするのも、いいかげんにしてほしい。

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【アニメ映画】・「ルパン三世 ルパンVS複製人間」

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ひさしぶりに観る。もともとまあ「普通」くらいの好き度の映画なのだが、ルパンというともはや「カリ城」しか知らない世代もいそうだし、公開時期が近い「カリ城」と対比する意味でも、重要な作品だと思っている。

ただやはり何回観ても「ん?」と思うところがある。

今回再見して感じたのは、マモーの「生への妄執」と、ルパンの「長生きしたってろくなことにならねぇ」的な人生観の対比がうまくできていないというところだ。

てっきりマモーは、不二子と結婚してその子孫を、自分自身として育てていくのかと思っていたのだが(この辺は『家』を最重要なものとみなす「カリ城」と混同していた)ぜんぜんそんなことはなかった。本当に、ただ美しい不二子に惚れていただけだった。

一万年も生きてきたマモーが、過去の配偶者とどう生きてきたかなどは、まるごと端折られている。この辺、もう少し説明が欲しい。

もうひとつ、マモーの行動で謎なのが、「賢者の石」でクローンの強化ができないと知ったマモーが、人類を滅亡させようとする点である。ここの意味がまったくわからない。

「人類の歴史に干渉してきた」と作中で言っているが、人類そのものにルサンチマンがあるわけではなさそうだ。だから、マモーが人類を滅亡させるのは謎だ。
そんなわけで、本作のルパンとマモーは激突しそうで、微妙にすれ違う。ただし、ルパンが聖女のような女性ではなく、いつ裏切るかもしれない不二子に固執する、というのは大変良いと思った。

「裏切りは女のアクセサリー」とは、ルパンが第一シリーズで言った言葉だが、本作でもそのとおりなのだろう。そして女性のわがままや裏切りに手を焼きながら(当然、他の女性にも手を出しながら)死期が来たら死ぬつもりなのだろう。

一方で、マモーの不二子に対する固執は「美の賛美」と「自身の孤独の補てん」という以上の意味はないように思える。というよりも、映画冒頭で不二子のシャワーシーンをカメラでのぞき見したり、ルパンと不二子が乳くりあっているシーンを観て怒鳴りつけたりするところを観るに、マモーが執着しているのはおそらく「セックスの能力」なのだろう、と少々勘ぐってみる。

マモーの「永遠の生命」は、おそらく「永遠のセックス能力」の暗喩なのだ。
(というように、私が勝手に妄想しているわけです。)

だからマモーが人類の歴史に干渉しているとか、核ミサイルで人類を滅亡させるとかいうのはマモーにとっては付随的なことにすぎない。要は不二子さえいればいいのだ。しかし一緒にいるだけではダメだ。

年老いたマモーはたぶん、「若い女はセックスの快感でつなぎとめないといけない」と思い込んでおり、だからこそ「賢者の石」に執着したのである。

最終的には、不二子すらもあきらめ、宇宙に旅立つことになるが、人類を支配することにも対して興味がなく、永遠の生命も手に入らない以上、配偶者もいない状態で地球に居続けることはプライドが許さなかったのだろう。

つまり、ルパンが言うように、彼は「やっと死ねた」のだ。

しかし、ここまで書いて、本作はマモーの妄執が「セックス能力の暗喩」からズレていること、マモーの欲望とルパンの欲望が微妙にズレていることこそが、重要なのだと思いなおした。
そうでなければ、本作はただの「若いカップルを引き裂き、ヒロインをわがものにしようとするヒヒジイイ」という陳腐な図式で終わってしまうからだ。

ルパンという男とマモーという男が、それぞれの欲望を追及していく中で、ある瞬間に決定的に激突する。
それがいいんだなあ、と思った次第(ぶっちゃけ、展開としては多少中ダレしますけどね)。

なお、掘り下げられてはいないが、若いルパンがまだ「女性」に幻想を持っているのに対し、作中で妻子がいるとされる銭形は、女性に幻想を持っていない。そして、だからこそ「世紀の盗賊ルパン」を捕まえることに、あれほどまでに血道をあげているのではないだろうか?

世界を飛び回っている銭形だが、本作だけを観るかぎり、本当は家に帰りたくないのかもしれない。

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【イベント】・「かに三匹&新田五郎のアニメとマンガの」マニアックな話をユルく語る会

5月24日(火)「かに三匹&新田五郎のアニメとマンガのマニアックな話をユルく語る会

於:高円寺パンディット

イベントタイトルのふたりの面白トーク!!
START 19:30 前売り¥1200 / 当日¥1500(飲食代別)

<かに三匹キーワード>

・人妻

・同級生

・応援上映

・かなかなかぞく

・UFO学園の秘密

・夢のクレヨン王国

・アニメ特撮の関連グッズ


<新田五郎キーワード>

・ゴリラ

・コブラ

・レッドマン

・マンガブリッコ

・ルパン三世

・ウルトラマンダイナ

・ママレードボーイ

映像や画像も気の向くままに紹介します。

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【創作小説】・「ヒーロー戦隊に闇はない」

小説 ヒーロー戦隊に闇はない
「スーパーヒーローが当たり前のようにいる世界で、いわゆる戦隊ヒーローがどのように位置づけられているのか、そして彼らはオフのとき何をやっているのか?」を書いた小説ですが、設定的な面白さはありません。このテのヒーローワールドものって、「シビル・ウォー」もそうですけど結構あるので、そういうのが好きな人は別に読む必要ないです。私の日記みたいなものです。ただあまりに読まれなくてもさびしいので、本当は読んでほしい。でもけなされたくない(笑)。まあ、アマチュア小説書きの人たちは大半がそう思っているでしょうけど。

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【雑記】・「で、秋元康自身は女性差別者なのだろうか?」

<HKT48>「女性蔑視の歌詞だ」新曲に批判
「アインシュタインよりディアナ・アグロン」が女性蔑視ととらえられるのは当然だ。

だが一方で、それの替え歌をつくるのはダサい。

「替え歌がださいかださくないか」は運動論の問題だから深追いはしないが(シールズの「ラップ」もまだ聞いてない)、サブカル的に面白いのは実は秋元の何百曲もの作品の中から「女性賛歌」の歌を探し出すことだ。

もっとまじめにやるなら、秋元の思想史をたどることだ。どうせ反対派はそんなこと、絶対やらないだろう。

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【雑記】・「さよなら保毛尾田保毛男」

おれが興味があるのは、保毛尾田保毛男は(たぶん)永遠に消えてしまったキャラクターで、それについてみんながどう思っているかということ(宮迫が「ワンナイ」でやってた「轟さん」とかも)。

そこに興味があるので、あまり正統的な人類の認識の進化については、だれか頭のいい人が担当すればいい。反対はしないから。

別の場合だと、ガンダムの名セリフ「殴られもせずに一人前になった男がどこにいるものか!」とかね。「親父にも殴られたことないのに!」は今後も名セリフとして残るだろう。でもその後の「殴られもせずに」は、消えていくだろう。だって体罰礼賛だもん、このセリフ。いや別に消えてもいいんだけどね。
それとも、「いやこれは直接的な体罰ではなく『苦難』と読み替えられる」とか再解釈されて存続していくのだろうか。

とにかく、新しい思想は、必ず古い何かを消していく。それは単純な「懐かしさ」だったり逆に「唾棄すべき物事」と割り切れる場合ばかりではない。
私は、子供の頃「保毛尾田保毛男」で笑っていた。しかしそれが完全な「嘲笑」だったかというと、そういうわけでもないのだ。
そして、だからといって今、「現在」のキャラとして保毛尾田を出してもいいか、となると、やはりマズいだろう。
この辺が、(私にとっては)むずかしいところである。

ツイッターで強く主張しているリベラルな人の多くは、あまりにこういう部分に無頓着だとは思う。ということをツイッターで書けないからここに書いている。

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