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【雑記】・「人間の根源は怒りだ」

昨日、たまたま「学歴社会」、正確には「学歴社会を形成するコミュニティの性質」みたいなテキストをネットで読んで、精神がかき乱されてしまった。
それは、私が学歴社会の落ちこぼれだからである。
あの、母親が息子を二人か三人、東大に入れたという話も非常に憎んでいるし(憎んでいるが、たとえば何度も何度も言及して批判するようなことはしない。そんなみっともないまねはしない)、「ビリギャル」とか、観る気も起らない。
しかし、私が「学歴主義」を嫌っているのは、それが間違っているからではない。
それがある程度、正しいと思うから、不快なのだ。

・その1
80年代半ば、私は高校生だった。テレビで、「普通の高校生と暴走族との対談」というのをやっていた。
普通の高校生が「勉強して大学に入るべき」と言ったことに対し、暴走族は、
「あんたたちが大学で学ぶ四年間、おれは仕事を覚えている。四年分、長く仕事を覚えられるから互角じゃないか」と言った。
暴走族は学歴問題についてはこの一点張りで、議論はずっと平行線だったことを覚えている。

この暴走族の「学歴無用論」がおかしいことは、すぐにわかるだろう。
たとえば、この理屈でも、「大学に入らなければなれない職業」には就くことができない。

しかし、それは当たり前すぎるので置いておくと、はっきり言って「一流大卒」は「一流大卒」というコミュニティを形成しているのである。
これはたとえば、甲子園常連クラスの高校野球部の先輩後輩の関係性が一生続くというような、具体的なコミュニティではない。
もっと漠然としているが、厳然と存在するのだ。
だから、そこに中卒や高卒で入っていこうと思っても、入れない。

80年代のテレビでの議論において、「普通の高校生」は当然それくらい、わかっていただろう。だが、まさか暴走族を目の前にしてそんなことは言えない。ブン殴られるかもしれないし。
だから、テレビでの議論は平行線にならざるを得なかったのだろう。

・その2
話はすっとぶが、斎藤環だったか宮台真司だったか、
「オタクとは都内私立男子高校の文化のことである」
と言っているのを読んだことがある(正確にはオタク第一世代)。
岡田斗司夫の手記などを読むとまるっきり違うし、第一女性はどうなるのだという話になってしまうのだが、オタクかどうかはともかく、「都内私立男子高校生」のコミュニティが存在していたことは、おそらく確かだろう。
こういうものは、いきなり「仲間に入れて入れて~」と言ってもダメなのである。ガイナックスがある程度大阪芸術大学の人脈をコアにしていたのと同じだ(岡田斗司夫は大阪芸大卒ではないので話がややこしくなるが、大雑把に言えばそういうことだ)。

で、「学歴社会」に話を戻すと、「学歴」を手に入れるにはかなり高いハードルを越えなければならないから、そのぶん、無意識にでも同属意識が芽生えて当然なのである。

学歴のことを考えると、気分が暗くなる。何か思考が、やり場のない怒りでぼんやりとしてくる。

そんなとき、私は映画「丑三つの村」[amazon]を観ることにしている。
理由は書きません。

おわり。

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