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【ポエムを書こうと思ってやめた】・「高田馬場に 虚無人間」

やったー やったー
やっ太郎!
ついでに 居酒屋 甘太郎!!

……と、ポエムを書こうと思ったが急に気分が変わった。

なんだか今日、精神の調子が悪いので「思い出したこと」を書きたいと思う。

なんだかイライラするときに必ず思い出すのが、80年代の終わりから90年代の初頭あたりの「オタク批判」である。
いわゆる「M君」による「連続幼女誘拐殺人事件」を契機として、同世代の言論人がオタクを批判したものだ。

「オタク」という単語ははっきり言ってバズワードなので、まともに定義をしないと、その時代、時代のオタク批判もまともに扱えない。
80年代後半から90年代後半の「オタク批判」というと、当時はいわゆる第一世代、第二世代に対してのものだった。
(当たり前だが、当時第三世代以降は登場していないので批判のしようもない。)

で、オタク第一世代というのは一種のセンスエリートであり、それに追随したのが第二世代である、と私は認識している。第二世代の方が、第一世代よりすそ野は広く、したがって「エリート性」よりも「大衆性」を持ち合わせていた、ということがいえる。
具体的に言えば80年代後半、コミケでの聖矢・キャプ翼ブームによって一気にコミケ参加者が増えた(これもまた雑な言い方だが)とか、その背景には第二次ベビーブーマーがいるとか、まあそういう話である。

オタク批判には雑に行って三種類ある。
ひとつは、「知識に対する取り組み」に対する批判。要するに情報をデータベース化するのみで心が入ってないだの「知識を得るために知識を得る」というふうに自家中毒化しているという、「オタクの情報に対する取り組み方」に対する批判。
もうひとつは、挨拶をしないだの、オタク仲間同士のつきあいが濃密でないだの、相手をデータとしか観ていないだのと言った、対人的な批判。いわゆるコミュ障であることの批判。
三番目が、上記二つの混淆である。

で、「コミュ障」の部分に関しては、「めんどうくさい人間関係を避ける」といった、「(人間関係における)根性が足りないからだ、他人に傷つけられることが恐いからだ」とでも言いたげな文章が、80年代後半~90年代初頭の「オタク批判」には多かった。

しかし、そうした文章を思い出していてフト気づいたのだが、当時は「発達障害」とかアスペルガー症候群とか、あるいは自閉症に対する理解が大変に薄かった、ということだ。

ということは、オタクのコミュ障について、根性論ですまなかった可能性が、今となっては高いのだ。

当然、当時私も気づいていなかったことだが、「オタク的」ではない他のジャンルでは人間関係を築けなかった、何らかの発達障害を抱えた人たちが、「情報を交換、流通させる」ことでもってコミュニケーションが可能になる(あるいはコミュニケーションを必要としない)「オタク」的ジャンルに流入して居場所を得ていた可能性は、高いのではないか。
それを、あたかも「心が弱いから他者とコミュニケーションが取れないんだ」みたいな書き方をする人たちも散見されたが、まあ今考えると、という話だが、そりゃないんじゃないかと思う。
そしてそうしたことについて「実は気づいていなかったんだ、すいません」といった懺悔の文章も、目にしたことはない。

岡田斗司夫は、女性問題でずいぶん評判を落としてしまったけれども、彼の「オタク論」において、彼自身が、「オタク」の中でもバカにされがちな人たち……コミュニケーションが取りづらかったり、どこか「幼稚」だったりと言った人たちを、排除しようとした形跡はない。
いや私も彼のテキストをすべて読んだわけではないし、彼自身がオタク仲間を「顧客」と考えていた場合、ディスったり排除したりするはずがないこともわかっている。だが、やはりこれはとても重要なことだ。
(少しそういう人たちを茶化したテキストを読んだことはあるが、決していなくなれとか鍛えればまともになる、みたいな物言いはしていなかったと記憶する。)

考えてみれば、大塚英志も同様だ(岡田斗司夫と決裂してしまったのは、この観点からすれば皮肉な話だ)。
彼が「M君的感性」を擁護し続けていたことは、もう忘れ去られつつある。私にとっては彼の行動は今ひとつ難解なものだった。
だが、彼が編集者活動などを通じて、「コミュニケーションの苦手なタイプのオタクたち」について、彼らを擁護しなければならないと感じ、それが「M君擁護」の理由のひとつであるならば、わからないではない。

一部では悪名高い彼の著作「少女民俗学」も、そのような観点から読まれるべきものだろう(同書が一種の「トンデモ本」であることを考慮に入れたとしても、だ)。

今ひとつ整理する。
80年代後半から90年代初頭のオタク論では、「コミュニケーション不全」に関して、「発達障害の人たち」を、まったく考慮していなかったことは、当時は時代の制約として仕方がないとして、今ひとつ考え直すべきではないのか。

そして、「人に傷つけられる『弱い者たち』がオタク的な「人間的ではない」コミュニケーションを取っている、という当時の批判は、果たしていまだに有効なのかを考える必要がある。

なお、これも急に思い出したことだが、中島梓(栗本薫)の「コミュニケーション不全症候群」という著作がある。これが最初に刊行されたのは1991年。内容も当時のオタクの問題点などについていろいろと書かれており、ウィキペディアでは笠井潔が高く評価したとある。刊行当時、私の実感でも評価は高かった。

だが、私にとっては「通俗的なコミュニケーション不全のオタク批判」の本という印象しかない。
内容はほとんど忘れてしまったが、中島梓が「コミュ障タイプのオタク」について考えをめぐらしていたことは間違いがない。
で、結局彼女自身が、最終的にはファン以外がまったく理解できない、それこそコミュニケーションの取りようのない地平に行ってしまったのはどういうことなんだ。
いいかげんにしろ。

と、そう思ってしまったのもまた事実なのである。

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