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【雑記】・「政治運動と(一拍置いて)「スター・ウォーズ」

ネットをダラダラ観ていたら、高円寺界隈の、デモなどの政治運動(というか、はっきり言えば「素人の乱」などの運動に関し、「騒ぐことが第一義で、そこで掲げられる政治的テーマはあくまで二義的なものであるがゆえに、彼らのやっていることは真の政治運動ではなく、「サブカル」である、というようなテキストが流れてきた。

個人的見解としては、こういう「サブカルよばわり」はあまり好きではないのだが、「素人の乱」の大きな目的が「騒ぐ」というか「お祭り感」にあることには間違いがない、だろう。
そこに政治的展望があるかといえば、言いづらいが私は限界があるとは思っているが、何もやっていない私にはとやかく言う資格がない、ということも明言しておきたい。

さて、また個人的な「スター・ウォーズ」の話である。

この間、「フォースの覚醒」をやっと観た。二回目だったが、一度目は途中で眠ってしまったのだ。別につまらなかったというわけではなく、精密なCGのスピード感あふれるシーンを見つめていると、年のせいか最近眠くなってきてしまうのだ。
だから、二回目に最後まできっちり観た。
面白かった。

で、面白かったということとは別に観た感想としては、
「スター・ウォーズのテーマはどの程度まで本気なのか?」
ということが、私にはわからなかったのである。

ダース・ベーダーやルークなどの壮大な親子物語や、「フォース」には光の側面と暗黒面があるとか、そういうことをいったいどの程度、本気で描いているのか私にはわからなかったのだ。

しかし、「スター・ウォーズ」という作品世界の存在理由が、
「みんなで楽しく遊ぶ箱庭の構築」
……ということであれば、テーマが後からついてこようが、逆にテーマこそが重要であろうが、関係ない、ということになる。

そこで、話は「素人の乱」のデモなどの運動に移る。
彼らの運動は「祝祭性」……単純に言えば騒ぎたいから成立しているので、テーマそのものはデッチあげているにすぎない、という批判があるとして、「ちょっとスター・ウォーズに似ているなあ」と思ったりなんかしちゃったのである。

実はこの問題は単なる思いつきのようでいて、根深いのである。
というのは、80年代半ば、中森明夫が「コミケ」とか「オタク」に感じた嫌悪感は、「いくらこのようなムーヴメントが大きくなったとしても、世界は何も変わらないじゃないか」といういらだちから来ていた、と思われるからである。
中森明夫がスター・ウォーズファンかどうかは知らないが、彼が80年代に、「世の中を変えよう」と思っていろいろやってきたのは間違いないだろう(その方法が正しいかどうかは、別である)。

一方、オタクの大半は単に「自分たちが楽しければいい世界」を構築しようとしたのであって、世の中がどうのとは、世代によっても違うが、おおまかどうでもいいと思ってきたと思う。
岡田斗司夫だけは違うかもしれないが、彼の唱える社会変革はいわゆる「政治や経済学に興味のありそうな層」とはまたちょっと違っていたと思う。

「外世界はまったく変わらない楽しい世界の構築」か、「外世界を変えようとするそぶりを見せているが、実は本質的に変わることがないであろう政治運動」か。

説明するのが面倒なので省くが、この二つは別に何かの両極端というわけではなく、現実の政治運動(議会政治以外の)が、現在の日本では非常に複雑な様相を呈しているということなのだが、

君は、時の涙を観る。(めんどくさくなったので、途中でごまかして終わる)

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