・「怒りのグルメ」 土山しげる(2015)
本作は、むちゃくちゃに面白い、ブッ飛べるマンガだ。
内容は、さえないサラリーマンの主人公が、まずすぎるジャンクフードなどを食っては怒り狂い、パンクロッカーみたいな謎の超人に変身して暴れまわり、金を強引にかえしてもらう、その繰り返し。
とにかく何でもかんでも怒りまくる。牛丼、つけ麺、インチキかに料理、料理だけではなく、マナーについても……。
はっきり言って、ムチャクチャである。
この作品、面白いには違いないのだが、主人公が「クレーマーそのもの」の作品である。
(こう言いきってしまうのは多少、勇気がいるが。)
しかし、これは言い逃れのしようがないように思う。というのは、掲載誌が、クレーマー的な記事中心の雑誌だったからだ。
要はカー雑誌に載っているクルママンガのようなものだったのだ。
そして、私はたぶんこの日本でだれよりも、「怒りのグルメ」が(無意識に)起こした問題提議は大きいと思っている人間である。
「美味しんぼ」の山岡も初期はクレーマーだったではないか、というレビューも読んだが、私は少し違うと思う。
「美味しんぼ」は「うまいとはどういうことか」、「料理とはどうあるべきか」という指針が、山岡にしろ海原にしろ非常にしっかりしている。そして、「究極のメニュー」と「至高のメニュー」対決は、二人のイデオロギー闘争になっていく(背景にエコ志向があるのは、だれかが指摘したとおり。それと、最近二人は和解したの?)。
ところが「怒りのグルメ」は違う。
主人公は「妻が弁当をつくってくれないから」という理由で、ワンコインのジャンクなランチを仕方なく食べている。「めしばな刑事」のような、ジャンクフードに対する前のめりな姿勢など微塵もない。
妻が料理を拒否していることから、手料理礼賛ではありえない。
もちろん「家庭の味」に回帰すべしというわけでもない。
当然、「ジャンクフードはこうあるべき」という指針が主人公にあるわけでもない。
かといって、「接客サービスとはこうあるものだ」というポリシーがあるわけでもない。最終的には料理へのいちゃもんから、主人公の怒りはまったく違う方向に向いていく。
ひどい料理を出す側でも、いちおう悪者風に書かれてはいるが、たとえば「つけめん」の回などは、「つけめん」そのものを主人公は全否定していて、「つけめんを美味しいと思う人たち」についてはまったく無視である。
オヤジが若者文化にいちゃもんをつけて、オヤジ仲間で喜ぶという文化は、昔からあった。だが、一定の世代までは、「オヤジたちが回帰できる場所」があった。
彼らの文句は、その「帰るべき場所」を基点とするものだったから、まあ少しは理屈というものがあった。
ところが「怒りのグルメ」のオヤジには、帰るべき場所がない。
「うさぎおいしかの山」的な自然で育った記憶もないし、伝統的な何かに触れた経験もない。「庶民の味」的なものにこだわりがあるわけでもない。
要するに、「どこにも文句をつけようもないもの」について、
「おれが気に食わないから、おれのおれ法律によって、他の人が普通に受け入れているものでも、裁く」
というのが「怒りのグルメ」のポリシーである。
何を食った回か忘れたが、主人公が最後に「やっぱりこれがいちばんだ」と言って喜んで食べているのが、吉野家か松屋の牛丼なのである。
「正気か!?」と思ってしまった。
ジャンクフードを否定して、ジャンクフードを食う。
そこに明確な指標があるわけでもなく……。
「ダメサラリーマンの主人公が、ダメジャンクフードに自分を投影して責任転嫁しているのでは」という説も読んだが、そこまでこの主人公に、普通のサラリーマンマンガの中のサラリーマン的な「内面」があるとも思えない。
やはり「気に食わないから、気に食わない」といって怒り狂っていると解釈する方が、妥当だろう。
この「気に食わないから気に食わない。だから暴れる」というプロセスを、ほぼエクスキューズなしで、毎回描いていることこそが、「怒りのグルメ」の真にオソロシイところである。
むろん、そういう「世の中と自分への漠然とした不平不満」に対して何らかの事件を起こす、という作品は多々あったが、そういうものは「多少なりとも世の中の矛盾とシンクロしている」か、あるいは、よほどの思いきった犯罪、というのが多かった(映画「太陽を盗んだ男」とか)。
それが、牛丼がマズイとかつけめんがマズイとかのどうでもいいところまで、とんでもなく沸点を低くしたのが本作である。
何か、そこのところがものすごく「今」をあらわしている気がする。この作品を読んで、笑いながらも私の笑顔が固まってしまうのは、それが理由である。
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