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2015年10月

【勝手に解説】・「サイボーグ009」流れ解説(マンガのみ、その2、なぜ神か? 完結編)

その1からの続き。

永井豪先生“ぶっちゃけ”1万字インタビュー 『サイボーグ009 vs デビルマン』上映記念
この中で豪ちゃん、「神との戦いは009よりデビルマンの方が先」と言っちゃってるが、【勝手に解説】・「サイボーグ009」流れ解説(マンガのみ、その1)に書いたとおり、マンガ版「デビルマン」は1972~73年の連載。「神との戦い」というモチーフとして観ても「魔王ダンテ」は前年の1971年の作品である。
対するに、「サイボーグ009」の「天使編」は1969年、「神々との戦い」編が69~70年。
だから、どちらが早いかと言ったら、「デビルマン」より「サイボーグ009」の方が、早いです。

まあ日本のマンガ史全体から言えば、手塚治虫が1969年以前に、「神と戦う」話を書いているかもしれないが、それは置いておく。

いや豪ちゃんが悪いと言っているのではなく、昔のことだから当然記憶違いはあるだろうし、こういうのはインタビュー載せる側が、なんとかしとかないといけないと思うんですけどね。

今回書く「その2、完結編」は完全に私の独断と偏見の話であり、読んでもあまり役に立たないと思います。
しかしこの際だから、思ったことを書いておきます。

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【勝手に解説】・「サイボーグ009」流れ解説(マンガのみ、その1)

アニメ映画「サイボーグ009VSデビルマン」が公開され、なかなかいい出来でうれしかったのだが、どうせみんな「デビルマン」は知ってても、「サイボーグ009」」のことなんか忘れているんじゃないか?

という被害妄想のもとに、以下に「サイボーグ009」の流れを、独断と偏見でざっと解説したい。

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【アニメ映画】・「サイボーグ009VSデビルマン」

時代的には「サイボーグ009」は「ミュートスサイボーグ編」の直後、「デビルマン」は「ジンメン編」の直後という設定で、双方が共通する巨悪に立ち向かう。

お祭り映画として、とんでもなく良い出来。主要人物全員の見せ場をまんべんなくつくり、なおかつストーリーもそれなりに工夫されたものになっている。
このような企画で、これ以上のクォリティを求めるのはちょっと無理なんじゃないかと思えるほどである。

事前の宣伝としては、なんとなくどうしても原作者本人のコメントが聞ける「デビルマン」の方がまさっているような気がした。石ノ森プロが探すべきは、「アメトーーク」にも出られるような、石ノ森作品をすばやく説明でき、なおかつタレント性のある人なのではないか、などと思った。

なお、同じ話が繰り返し描かれていると言える「デビルマン」と、そうではない「009」とはちょっと違うので、「009」については章を改めて解説したい。

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【映画】・「アントマン」

不正な経営者に派手ないやがらせをして、「義賊」なふるまいをした主人公はその報いを受けて三年間、刑務所へ。
出所はしたが、別れた奥さんに小さな娘を会わせてもらえない。しかし、別に意地悪をされているわけではない。まともな仕事と住居、養育費を出すお金がなければダメだという、しごくまっとうな理由である。
前科がアダとなり仕事に困っていた主人公は、ものを縮小できる「ピム粒子」を開発し、悪用されないよう隠していたピム博士に、自分の弟子筋の男が開発した「小さくなれるスーツ」やピム粒子のデータを破壊するため、「アントマン」となることを提案される。

実は結構期待薄で見たのだが、最近のマーベル映画ではいちばんいいのではないか。
「アベンジャーズ」系統のアメコミ映画が意図的に欠落させているのは「血なまぐささ」、「暴力性」だと思うが、どうせそれらが表現できないのなら、本作くらい「おとぎ話」みたいな内容にしてしまった方が、しっくり来る。

なお、人間関係はよく描けている。
娘との関係がうまくいかないピム博士、父親を信じられない娘(名前忘れた)、そして当初はダメ人間だと軽蔑されていた主人公が、娘を持つ親としてピム博士の心境を代弁できることで、初めてピム博士の娘から認められる、というのは非常にいいアイディアである。
さらに、敵は博士の寵愛を受けつつ遠ざけられてきた、という博士との「アンビバレントな疑似親子関係」を持っていた、というのも見逃せない点だ。

基本的にダメ男たちの物語なのだが、単に「ダメなやつががんばる」という教訓的な感じではない、いい意味での軽みがあり、現代的なスーパーヒーロー像をよく描いていると思う。

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【映画】・「テッド2」

ある日突然、生命を得たテディ・ベア、テッドはスーパーの同僚であった女性と結婚していたが、倦怠期による離婚の危機にあった。
「結婚生活を持続させたいなら、子供をつくれ」というアドバイスに、養子縁組を考えるがそれがきっかけで、「テッドは法的に人間かどうか」という疑問が持ち上がってしまう。
テッドは「自分は人間である」として裁判を起こすが……。

吹き替え版で鑑賞。トータルでは下品で面白いが、5分の1くらい、ギャグの意味がわからなかった。たぶんアメリカ人にはわかるのだろう。町山智浩が字幕監修で、それが吹き替えと関係あるのかどうか知らないが、彼の字幕監修は少々やりすぎ、ほしがりすぎの感が強かったがほどよく抑えられていたと思う。

有吉の吹き替えに関しては、はっきり言って合ってもいないし、うまくもない。本当はもっとおっさんの声だろう。
「テディ・ベアがおっさん」というのが本作の骨子なのだから。

驚いたのは、「精子提供」や「養子縁組」が「子供をつくる」手段のひとつとして、ごく自然にとらえていたこと、さらに、「フィクションに登場するなんだかわからない生き物」を法的にきっちり位置づけようという基本プロットである。
どちらも、日本ではちょっと考えられないだろう。
とくに後者はいかにもアメリカらしいと感じた。

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【映画】・「ターボキッド」

1997年にほろんだ世界。少年は、世界滅亡前のコミックブック「ターボライダー」の主人公をヒーロー視しつつ、孤独な生活を送っていた。
どういうわけかこの世界ではすべての車やバイクがなくなっており、移動手段はすべて自転車。そんな自転車でやってきた悪人どもが、暴虐のかぎりを尽くす。
アームレスリング最強のアウトローがこれに挑むが、敵は肩手が回転ノコギリの男だった!!
一方、どこかブッ飛んでるフシギちゃん美少女が少年にコナをかけてくる。この子はいったい何者なんだ……?

シネマート新宿、および心斎橋で一週間のレイトショー公開。だからもうすぐ終わってしまう。
結論。このあらすじを読んで観たい! と思った人は、とにかく観に行ってくれ!!

まあ、レトロだとかノスタルジーだとか過去を振り返っているとか、子供っぽいとか批判するやつはするんだろう。
そんなこと、言わせたいだけ言わせておけばいい。
本作は、実に周到に「80年代感」を出すことに腐心していて、そこに新しいものは付けくわえていない。
そういう意味ではタランティーノの「デス・プルーフ」みたいな、一見ダサいようでいて実はオシャレでつくりこまれていて、なおかつ「勘」が冴えわたっている映画とは違う。

しかし、ここには確実にクリエイティブな何かがある。
それは、何なんだろう?
少し考えたけど、答えは出なかった。
ただ何か、過去の記憶をひっかき集めて、その記憶がたとえガラクタばかりだったとしても、それを武器にして、現在に、未来に戦っていこうという意志が感じられるのだ。

本当に感動した。
実は「デスロード」より感動したかもしれない、というのは内緒だ(笑)。

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【雑記】・「大人になれなかったキミたちに、勝手に捧ぐ」

「今の比較的若い世代(中年も含む?)は、昔の大人のように、クラシックやウイスキーや葉巻をたしなんだところで『大人の趣味』をたしなんでいるとは言えない。それはオタク趣味のワン・オブ・ゼムにすぎない、こうした世代には、ガンダムやドラゴンボールしか共通の教養がない。それは『絶望だ』とか思っている人」に、この一文を勝手に捧げます。

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【創作小説】・「小説 ヒーロー スピーディー・ザ・スキマーの誕生」

小説 ヒーロー スピーディー・ザ・スキマーの誕生(ピクシブ)
アメリカを守るスーパーヒーロー・ウルティメイトUSAをサポートする相棒「スピーディー・ザ・スキマー」は、国際的組織「ザ・ワールドバランサー」の「リアル・ニンジャ」と呼ばれる戦士から抜擢される。
これは、ジーン・フレイリーという少年がスーパーヒーロー「スピーディー・ザ・スキマー」になるまでの物語である。

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【書籍】・「ネット右翼の終わり ヘイトスピーチはなぜ無くならないのか」 古谷経衡(2015、晶文社)

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「ネット右翼」、いわゆるネトウヨについての本。著者の立場は保守。いわば、保守側からのネトウヨ批判ということになるだろう。

本書は、「保守」と「ネトウヨ」を厳密に分け、当初は保守思想家がネトウヨを「将来のお客さん」として遇していたのが、やがてネトウヨ独自の発言、行動を取ることになって「制御」できなくなり、田母神俊雄を批判するかたちで、最近ではむしろ、「保守」側の人々がネトウヨの発するデマを間に受けてしまうという傾向がある、と嘆じる。

簡単に言えばそういう本だと思う。
著者の主張にはところどころ「ん?」と思うところがあるものの、「保守思想家とネトウヨとの関係」の説明としては非常に明確でわかりやすい本である。

以下は、本書から連想したあまり関係ない話である。

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【自作解説】・「小説 『ヒーローなんて……』と言ったやつ、とにかく相手になってやる」

小説 「ヒーローなんて……」と言ったやつ、とにかく相手になってやる
ケンカでテッペンを決める不良高校・黒烏学園でトップに立った鬼戸タケルは、卒業しても何の展望もなかった。同じく何の展望もない映画オタク・根津純蔵と出会ったとき、二人はリアルにヒーローになろうとあることを実行する。これはこれで立派な犯罪なのだが……。

400字×85枚くらいの長さです。

イヤでしょうがないが、自作解説をするシリーズ。「まったくウケなかった作品」を連続で紹介したが、これは私が今まで書いた小説の中で、いちばんウケた作品である。

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