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【勝手に解説】・「サイボーグ009」流れ解説(マンガのみ、その1)

アニメ映画「サイボーグ009VSデビルマン」が公開され、なかなかいい出来でうれしかったのだが、どうせみんな「デビルマン」は知ってても、「サイボーグ009」」のことなんか忘れているんじゃないか?

という被害妄想のもとに、以下に「サイボーグ009」の流れを、独断と偏見でざっと解説したい。

・その1
まず「デビルマン」のおさらいから。
「デビルマン」は、1972~73年の連載で、普通の単行本で全5巻。
同時期にアニメ版があるが設定は酷似しているものの基本的に別作品で、その後、アニメ化されたり映画化されて大炎上したりしたが、そんなことはどうでもいい。
「デビルマン」という作品が、72~73年というごく短期間に集中して描かれ、その骨子は、その後何回描き直されようと、番外編が描かれようと、変わらないということが重要だ。

ちなみに、「デビルマン」のヒントとなったとおぼしき同じく永井豪作品の「魔王ダンテ」は1971年連載。2002年にリメイクされているが、本作も71年に描かれたことが大きい。

・その2
「サイボーグ009」のウィキペディアの項では、作品を9期に分けているが、私個人は、6期に分けたい。
ヒマな人は、ウィキペディアと比べてみてください。

第1期「地価帝国ヨミ編」まで
1964~66年。
「009」シリーズの中でも人気があり、最もまとまっていると個人的に考える。
「誕生編」でほとんど初めて「サイボーグ」の概念を世に問い、ゼロゼロナンバーサイボーグのメンバーを、人種、国家、年齢、職業、性別をバラバラにするというアイディア、「黒い幽霊団」という陰謀論的組織の創出など、作者の才能がほとばしっている。
ジョーとジェットが流れ星となっていく「ヨミ編」のラストシーンは、今でも名場面との呼び声が高い。

第2期 「キャラクターマンガ」としての確立~天使編の掲載
1967~69年
「一度死んだ主人公も、人気があればよみがえる」のが、この時期どの程度定番化していたか知らないが、当然、「ヨミ編」のラストで死んだはずのジョーもジェットも生き返るのである。
このことによって、(読者の心情はともかく)「009」というシリーズは、「ゼロゼロナンバーサイボーグとギルモア博士さえいれば成立する作品」、すなわちキャラを中心としたマンガとなった。ここで、いわゆるジャンプマンガの常道のように、「黒い幽霊団」よりさらなる強い敵が現れればまた違ったのだろうが、むしろ「黒い幽霊団」の影は薄くなってゆく。
そして、69年に一気に「最大の敵」が登場してしまう。それが「天使(神)」である。
冒険王に掲載されたらしいが、とにかく「天使」は強すぎた。どうやって戦えばいいかわからないくらい強いのである。しかもその戦いには人類の存亡がかかっている。
ここで、せっかく気楽な、言ってみれば「ルパン三世」とか「コブラ」みたいなキャラ中心の作品になれるはずが、作者の負けん気のせいか、69年という時代が早すぎたのか、「サイボーグ009」は「枷」をつけられてしまったのである。

第3期 「神々との戦い」編
1969~70年。
COM連載で、「天使編」掲載から数カ月しか経っていない。意外に早い。しかし一読すればわかるとおり、「ファンタジーワールド ジュン」の雰囲気をひきずっていて、同じ神を相手にしていても「天使編」とは趣が異なる。
そして、規定通りだったのか打ち切りなのか知らないが、よくわからないかたちで終わってしまう。
というか、手塚治虫は「ジュン」を批判して、後で石ノ森章太郎にあやまったというが、「ジュン」は特定のストーリーがある作品ではないからやりたい放題やってもまだ許せる。しかし「009」で同じことをやったら、破綻するのは目に見えている。どうせ怒るならこっちに怒れよ、と思うのだが、一度「ジュン」で怒ってあやまった手前、何も言えなかったのかもしれない。

ちなみに、本作はオカルト的な視点で見た場合、デニケンを筆頭とする「宇宙考古学」の影響を受けていることは書いておかねばならない。

第4期
1971~1972年。
「昔の絵柄」で、キャラクター中心マンガとしてのサイボーグ009。

第5期 「その後の劇画タッチ」でのキャラクター中心マンガとしての009。
1975~1992年。
正確なところを忘れてしまったが、石ノ森章太郎は1970年のある段階で絵柄がすごく劇画タッチになるのである。
「佐武と市捕物控」の後期の絵柄などを想像してもらえればいい。
ここまで絵柄が変わると、同じキャラクター中心マンガとしても、別物ととらえた方がいいだろう。
70年代後半から80年代初頭、「少年サンデー」などで連載していたので、世代としてはこっちの方をよく読んだ、という人も多いと思う。
この比較的長期の連載の中に、「黒い幽霊団」も出てくるが、オカルトネタもよく出てきていて、「サイボーグ009イコールオカルトネタ」というイメージがあることも、確かなのである。

第6期 サイボーグ009 完結編 conclusion GOD’S WAR
2012~2014年。
すでに石ノ森章太郎は亡くなっているが、その構想をもとにし、小野寺丈、早瀬マサト、シュガー佐藤によって執筆された。
石ノ森氏自身がサイボーグの作品世界にかかわっていくという趣向で、「サイボーグたちと神との戦い」をまとめあげている。

実は2012年の段階で「神との戦い」という構想は陳腐化していた、と私は考える。なにしろ、どんなバトルマンガを見ても、「神」があふれかえっている時代なのだ(「聖闘士聖矢」、「ドラゴンボール」を見よ)。
それを、石ノ森氏自身をからませることで、きちんと現代の物語にしたスタッフの手腕はすごい。

概略を観てきたところで、もう少し解説したい。
続く!

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