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【雑記】・「『不安増幅罪』について

「アドバイス罪」について調べたのだが、どうも私が思っているのとは違うようだ。
「アドバイス罪」については、興味のある人はネットで検索していただくことにして(「思っていたのと違う」私が要約するスジアイのものでもないので)、私の考案した「不安増幅罪」について言及する。

私もトシをとってきて、家族もトシをとってきた。そうすると当然、老化したり病気になったりする。
しかも、「老い」は、まあケアによって多少は持ち直すかもしれないが、大きな流れで言えば、どんどん強力になっていく一方で、突然若返ったりすることはない。

しかも、親類縁者の老化や病気ほど、他人が親身に考えようのないこともない。さらに、打ち明けた相手に「ウチの場合はどうかな……」と余計に心配させてしまうことにもなる。
さらに驚くのは、「自分の親でもしんでくれた方がいい」と思っている人が少なからずいることで、まあ他人がどう思おうとそいつの勝手だが、こちらもそう思っていると勘違いされることも多い。

そうするとどのようなことが起こるか。
「ウチの場合はどうだろう」と心配してしまった人の場合、
「ウチではこうだった」「祖母は晩年、こんな感じだった」などの、「ウチの事情」を聞かされるのである。
しかも、私の経験ではあまりよい例はなく、単にその人が喚起された「不安」を吐露されるだけだ。
しかしそんなこと、こっちが言われても困るんである。余計に不安になるだけだ。
こういうコメントをする人の罪を「不安増幅罪」と呼ぶ。

「自分は親にさっさとしんでほしいと思っており、他人もそう思っているだろう」という人の場合は、事情はもう少し複雑ではある。
これは、「子が親より先にしぬのは最大の親不孝」という思想から来ている。
「子が親より先にしぬのが親不孝」ならば、親には先にしんでもらわねばならない。
そういう、パラドキシカルな心情で、少しは同情するのだが、こちらのトーンで、心配しているのか、さっさとしんでほしいと思っているかどうかの違いくらいはわかるはずである。
これがわからないのは、相当のバカだと思う。
つまり、「不安増幅罪」が適用される。

「不安増幅罪」は、いいことが起こったときにも存在する。
たとえば彼女ができた、結婚した、子どもができた、受験に合格した、などのおめでたい話題のときに、その事象のマイナス面を、わざわざ教えてくれるのである。

私はこの「いいことが起こったときの不安増幅的言動」については、その言動を発する人間の、一種のサディズムからくるものだと思っていた。
だが、自体はどうやらもっと深刻で、「何も考えずに、ただしゃべっている」人も多いということに最近気づいた。
要するに、バカなのである。

こちらが不安なのに不安を増幅させることを言う人も、サディストである可能性は高いが、それよりも、単に「不安なことを言われたから、自分の不安を口にした」という人が、意外に多いことに気づいた。
こういう人は、やはりバカである。

とくに病気の場合、症状は年齢、性別などで千差万別で、その人たった一人の経験を聞かされても、何の役にも立たないことが多い。
親類のある病気(というより厳密に言えば日常的な症状)について、ある人にSNSで、
「酷なようですが、もう治らないと思います。私の父の場合は……」
と言われたときは、怒りで欠陥がブチ切れそうになった。
あなたの父親は、人類全体の数十億人分の一の症例なわけでしょう。それがおれの何の役に立つと言うのか?
しかも、「酷なようですが」って、オマエは医者か?

このことを、カウンセリングの資格を持っているきちんとしたカウンセラーに話してみた。
「このトシになって、何も考えず不安を増幅させるような言動をする人がいるとは気付かなかった」と。
そうしたらこのカウンセラー、
「えっ、今になって気づいたんだ!?」
と言ってきた。
私は絶句した。

このカウンセラーも、「不安増幅罪」である。

おあとがよろしいようで。

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