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【雑記・昔話】・「大学生のイメージの下落について」

ウーマンラッシュアワー・村本が、キングコング西野にかつて舞台上で言われた言葉でムカついたのが、
「大学生みたいなボケすんなや」
だったという。
そんなことを言ったキングコング西野自身が、有吉かだれかに「元気な大学生にしか見えない」と言われて憤っていた。

「大学生」のイメージは、地に落ちたのである。

・その1
70年代、テレビでは現在よりも素人参加番組が非常に多かった。「なんであんなにおれは素人を見ていたのだろう」というくらい、多かった。
その当時、「テレビに出られる」ということが、素人にとってはひとつの「事件」だった。今だってそうだが、当時はその「事件性」を視聴者も共有することができたのだと思う。

そんな中、なぜか「素人大学生」はよくテレビに出演した。知的な番組にも出ていたかもしれないが、記憶に残っているのはもっぱら、若手芸人がやるような体力勝負のバカなゲームが多かった。
「六大学対抗」でやらされることも多かった。これは、完全なる予想だが「六大学」としてグロスで人を集められる窓口のようなものが大学側にあり、テレビ局も人をそろえやすかったからではないかと思う。
そこでは大学生はひたすらにバカなことをやらされた、あるいは嬉々として、やった。
なぜか。
彼らの社会的地位が、高かったからである(高偏差値大学に限る)。

余談だが、1983年からシリーズが放映されている「ふぞろいの林檎たち」は、「ただし高偏差値大学に限る」の部分を削った環境の若者を描いた作品である。逆に言えば高偏差値大学は、当時からイメージの上でもブランドであった。

さて、なぜ大学生たちは「バカ」を演じ、それを視聴者は見ていたのか。それは「高偏差値大学の学生」の価値が高かったからである。
「一生懸命勉強して大学に入ったのに、あんなバカなことをやっている」というところが面白かったのである。
今のテレビと比較するなら、「一流スポーツ選手がバラエティでぶっちゃけ発言をする」といったギャップの面白さに近いかもしれない。

・その2
また、70年代中盤以降は、学生運動に代表される「政治の季節」が一気に色あせて行く過程でもあった。同じバカをやるなら学生運動をやる道も、かつてはあったのかもしれないが、その道を選ぶものが少なくなり、学生は大学でのあまった時間を「ただバカなこと」に費やすようになった。
で、実は私は80年代の大学の動向はよく知らない。だがテレビ的には、70年代とそう変わらなかったはずだ。

一方で、80年代後半に「女子大生ブーム」が起こる。
この頃の女子大生は、高度成長期に成功し(ただし学歴はない)、
「ウチは金があるんだからせめて子どもたちは大学に入れてやりたい」と思った世代の、子どもたちである。
データなどまったくみないで勝手なことを書いているが、「学歴のない親が、子どもを大学に入れたがる現象」は実際、私自身も経験しているから、そんなに間違っていないと思う。

「女子大生ブーム」以前は、若い女性の肩書で「花嫁修業中」とか「家事手伝い」というのが、テレビではけっこうあった。「家事手伝い」は、単なる「花嫁修業中」の言い変えで、どこかからいい縁談が来るのを待っている状態のことだろう。
それが80年代後半くらいから、女性も四年生の大学に行き始めた。短大にはもっとたくさんの女性が行った。
これもまた、表面上だけ見れば大学が「ステイタス」になり得たからである。
だから、すでに売れているのにわざわざ(?)女子大に入学した、松本伊代なんかもいた。

・その3
そして80年代終盤から90年代初頭。バブルの頃である。この時代、大学生が若者文化をけん引していたといって間違いではない。
大学というのは、趣味と趣向の合った者を探す場であり、大学で組んだバンドや大学で知り合った人々がつくった劇団などが活躍したし、大学のマンガ研究会や文学の研究会から何人ものプロが輩出された。

この頃の「大学生ノリ」は、今の軽薄なものとそう変わらない。だが、それはトレンドであり、大学のモラトリアム期間に遊ぶだけ遊んで、後は企業に就職して企業戦士になっていく、という「流れ」ができていた時代だった。

ところがこれが崩れ始めたのは、やはりバブル崩壊からだろう。
いかに高偏差値大学とはいえ(東大、京大レベルならともかく)、一流企業へのパスポートとなりえなくなった以上、モラトリアムも成立しない。モラトリアム期間が成立しないなら、バカをやっているやつは、単なるバカである。

そしてこれが本当によくわからないのが、チャラいイベントサークルの強姦事件である。
「スーパーフリー」がレイプを始めたのは90年代末からだという。ウィキペディアによると、別の大学がやっているからマネしたそうで、ということは「別の大学」ではもっと前からやっていたということになる。
個人的に、あまりに常識外れに感じ、このことはよくわからない。むろん犯罪であることは言うまでもない。
バカはバカなことをするだけでもバカなのに、犯罪までやったら地に堕ちたといっていい。
というわけで、私の知らない間に、いつの間にか「一般大学生」は、
「ただのバカ」
になっていたということである。
(もちろん、マジメにやっている人が大多数にしても、イメージがついてしまった。)

・その4
レイプは問題外として、「スーパーフリー」的なノリの、「飲んでただ騒ぎたいだけの」サークルというのは私の学生時代(80年代後半)にも山ほどあった。
だが同時に、この頃にはウッチャンナンチャンが「男の大学生にも笑いを取れるネタがやりたい」と発言したのを覚えている。つまり、当時「男の大学生」は「センスがある」と思われていたのである。

それがいつの間にか、というか90年代初頭から90年代後半までの間に、「スーフリ的なノリ」は、「トレンド」とは切り離され、常態化し、レイプに手を染めるまで凋落した、というのが私の仮説だが、だれかがくわしく調べているのかもしれない。

私は個人的には、「かつての大学の文化的な、知的なノリ」は、コミケに参加している個々のコミュニティが引き受けているのではないかと思うことがある。
大学は、かつては同好の士を探す場だったが、今ではネットがあるからあまり関係がないのではないか。
就職も大変、仲間を見つける唯一の場所でもない、文化は停滞、となったらもう世間からバカにされるしかない。

悲しいが、こんな流れなのかと思う。

それと最後にきちんと書いておきたいが、大学で何かをがんばっている人をバカにしているわけではないので、念のため。

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