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【オタク】・「岡田さんのオタク仕事の思い出」

昨今、ネットを騒がしている岡田さんだが、私個人は2008年、「オタクはすでに死んでいる」が上梓されたのを期に、まったく興味を失ってしまった。
だから、いまだに評価経済とかフレックスとか知らないし、現在までの約6年間、ネットで調べて「こんなことやってたのか」と驚いた次第だ。
「事件」についてはまとめているサイトなんかもあるので、省略する。いまだ全容が未解明だし、岡田さん個人ではなく相手もいる問題なので、現段階で、これについての明言は避けたい。
語るのは、主に過去のことである。

・その1
オタキングとしての岡田さん、を語るとき、「あんなやつがいようがいまいが、おれはオタクとして生まれ、オタクとしてしぬんだ」というような憎々しげな言説を、ときたま聞く。
だが個人的には、1996年出版の「オタク学入門」は、オタクを「情報社会に適用できる新しいライフスタイルを実践する者」としてとらえなおした、画期的な著作だったと思っている。

実は同作のリリースは、狙いすましたような絶妙なタイミングだった。
M君の引き起こした連続幼女誘拐殺人事件が88~89年くらいとすると、90年代の前半に同じ著書が出ても、「ふざけるな!」と相手にされなかったに違いない。
96年という年は、エヴァンゲリオンが大ヒットし、オウム事件という「膿」も出し、「そろそろオタクも再評価していいんじゃないか?」という時期だった。
前述のとおり、「M事件が起ころうが、何が起ころうがおれはオタクだ」と言いきれる人というのは、コミケが聖矢&キャプ翼で膨れ上がり続けた80年代後半の「自分はオタクじゃないか? と自覚している人数」という分母から見ると、かなり少なかったと思われる。
だれもが一人で生きられる超人ではない。思想的背景を求める者も多かったのである。
M事件から5年以上が経過し、水面下では「なんでおれたちはこんなにサベツされなければいけないのか?」という不満がマグマのように煮えたぎっていたことは、容易に想像できるのである。

・その2
その後、岡田さんは「プチクリ」という、私の評価としては「地上最強のアマチュア創作論」を世に出す。これが2005年。
「プチクリ」がコミケのアマチュアリズムや、参加者の心理、そしてプロ作家志望者の心情などを汲み取って、それを一般化しようとしたものであることは、読めば明らかだが、私の衝撃を、周囲のオタクはほとんど何のことだかわからない、という感じだった。
要するに、コミケ参加者は思想的な背景があろうがなかろうが、侮蔑的にアマチュアと言われようが、プロの作家だろうが同人誌を出すときは出すのであり、イデオロギーは必要なかった(ただし、オタクとしてのイデオロギーは必要だった。創作とは衝動からなるものであり、ふだんのオタクとしての「生活」はそれとはまた別、ということだったのだろうか)。
あるいは「プチクリ」の読者対象として想定されていた、「これから何かつくってみようかな」と思っている人たちにも、イデオロギーは必要なかった、ということなのだろう。
その件については、同書出版後、5年も経ってから【雑記】・「私にとって創作とは2」として自分はこのブログに書いたが、いまだにたいした反響もない。

・その3
だがそのかなり前に、1998年、新聞に岡田さんの「オタクはもう飽きた」という記事が載った。彼は「何でも三年で飽きる」そうなので、ちょうどそのタイミングだ。
私の記憶では、オタク内でもこの記事はかなり反響があり、準備はしていたかもしれないが彼が98年、すぐに何かオタク関連以外の大胆な仕事をした様子はない(恋愛などに言及し始めるのが2001年頃)。

そして2006年の「アメトーーク」における「ガンダム芸人」(その後の同番組のアニメ、マンガをプレゼンする定番企画となる第一弾)に対してのブログ上での岡田さんからのディスりがあり、2008年、「オタクはすでに死んでいる」発言があり、私は岡田さんへの興味をなくした。
興味をなくした理由は、「この人は、起こったブームの風呂敷を自分でたたまないと気が済まないのではないか?」というところに呆れてしまったからである。

2008年といえば、「萌え」が完全に定着した頃で、オタクに世代交代があり、「男のオタクだったらSFやメカや怪獣だよな」という時代では、もうとっくの昔になくなっていた。
というか、「オタクをめぐる言説」は「萌えをめぐる言説」とほとんど同義になろうとしていた。

何度も言っているように「かわいい女の子目当てでマンガやアニメを見る行為」は、すでに70年代終わりからあった。だが、たまたま、岡田さんにそういう趣味がまったくなかったのだろう。
「オタクはすでに死んでいる」発言は、なんとなく傍目で見ていて「騒動を起こして注目を集めようとしているのかな」と思ってしまったことは確かだ。
そこで、私は岡田さんに興味をなくしてしまった。

・その4
だが、この「オタクは死んだ」発言については、勝手にフォローしておきたい。
後の岡田さん仕事をざっと見ると、彼の考える理想の「オタク像」というのは「目きき、あるいは評論家が、現在以上の評価を受けた状態」だったのではないかと思う。
その後の彼の仕事も、やはり本領を発揮しているのは「何らかを分析して、少なくともその披露を聞いている間は正しいと思わせる」ものである。
彼は「BSマンガ夜話」においても、「作者側の主張と、読者側の需要の仕方の中間にあるのが『作品』である」という言い方をしていて、実は彼ほど「批評、分析する行為」に市民権を持たせようとした評論家はいないのではないかとも思わせる。
通常、過去にいたかどうか知らないが、「評論家とクリエーターは対等である」というスタンスを守りきる人はいない。なぜなら、仕事がしにくくなるからである。「私たちはクリエーター様の作品の周辺で、おこぼれで生きています」みたいな態度を取っていた方が、何事もうまく行くのだ。
でも彼はそうしなかった。「オタク」がひとまず「受容する者」である以上、「受容者側からの意見」を発信している、しかも、「作品」は彼にとっては送り手と受け手の中間で完成するのだから、その点、筋は通っているのである。

なおレコーディングダイエットを出した頃の、どこかのブログで「洗脳、洗脳言ってるが、いったい彼はだれを洗脳しているのか」という皮肉たっぷりなテキストを読んだ。
筆者は皮肉っているつもりだろうが、その後のフレックスにしても、クラウドシティにしても、人を大勢まとめるということは「洗脳力」がなければ無理に決まっているではないか。
例のオンナ関係の話も「岡田さんはものすごく口がうまいから振り回されてしまう」というような話をいくつも読んだぞ。
まあ今、これを書いている私が後出しじゃんけんなのは認めるが、大塚英志の発言だけをもって岡田さんという人物が斬れるかというと、そんなわけないのである。
「マジメな論壇人である」大塚英志が、岡田さんを「山師」と見抜いた、それだけのことだったろう(岡田さんが山師的であることは、事実だろう。ただし、食玩「王立科学博物館」などはキッチリ仕上げているから、本当の山師かというとそうとも言いきれないところが面倒なのだが)。

・その5
現在でも「ガンダム」やアニメ「風立ちぬ」の批評などをしているようだから、岡田さんのオタク仕事というのはいまだに継続しているのだが、私にはまったく興味がない。
彼が何をどう批評しようと、彼の「批評の、作品から独立した価値を高め、認めさせる」という主張はもう通らないのではないか、と思うからだ。
今回の「事件」で「ウソツキ」と思われてしまえば、なおさらのことである。

……もう90年代のことなんかみんな忘れてしまっていると思うので、ちょっと書いてみた。
彼を「詐欺師」というのはたやすいのだが、詐欺師ほど時代と密着しているものはないのだ。「時代」を利用して人を操るからね。だから、思い出を書いた。

時代背景がわからなければ、その評価もまた間違えてしまうと思うのである。

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