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【テレビお笑い】・「実のこと タモリにそれほど 興味ない」

「いいとも」終了がきっかけなのか、ふと気づけばタモリに関する著作がけっこう出ているし、またタモリへの注目度もいまだ高い。
だが、個人的にビッグスリーの中ではいちばん興味がない。
……ということを書こうと思う。

・その1 密室芸人タモリ 嫌われていたタモリ
現在、「タモリファン」を表明しているビッグネーム・ファンは、この時代をリアルタイムで知らないと思う。
実は私も、ほとんど知らない(少しは知っている)。

タモリがだれに、どのようにして推されて出てきたのか知らないが(赤塚不二夫がテレビ界に強い影響を持っているとは思えないので)、彼は、もともと「不気味な存在」として登場してきた。しかも時代は、「芸人」が小バカにされていた時代である(ほぼ同時代の関根勤の話などを聞くと、本当にひどい)。
そしてこの時代に、お茶の間や女性には嫌われていたかもしれないが、「密室芸のタモリ」という評価が文化人の間で定着していく。
具体的に書いてしまうと、林家こん平のような、ザキヤマのような、「さあ、これから面白いことが始まりますよ!!」という雰囲気をまといつかせることのない存在として、認知されていったということである。

1982年に「笑っていいとも」がスタートするが、それ以前には出演者にビートたけし、さんまを含む「笑ってる場合ですよ!」がやっていたことが、言及されなさすぎる気がする。

これは現在やっているお昼の番組「バイキング」を数段騒がしくしたような番組で、2、3年で駆け抜けていった。懐かしネタのあふれる昨今のテレビで、この「笑ってる場合ですよ!」があまり回想されないのは、単に懐かしむ世代がもういないのか、映像素材が乏しいのか、プロデューサーであった横澤さんが亡くなってしまったからなのか。
それとも「おれたちひょうきん族」の方に意識が行っているのか。話はそれるが、月~金の帯番組で連日、報道関連の情報ゼロのお笑い番組をやっていたその衝撃は、もはや忘れ去られた。

「いいとも」はその直後に始まった。ここでタモリにカウンターカルチャー的なものを期待していた層は、だんだん離れていってしまった。繰り返すが、「笑ってる場合ですよ」は「バイキング」を騒がしくしたような番組である。
「いいとも」の雰囲気のトーンダウンは否めず、おそらく、当初は視聴率的にも苦戦しただろう。

・その2 自らのアングラ性を「密教」化させたタモリ
結果的に、「いいとも」は長寿番組となる。その理由はと言えば、「面白すぎない」ことだったに違いない。
これは午後1時からの「ごきげんよう」も同じである。まあその辺の分析はだれでもやっているだろうが、「笑ってる場合ですよ!」が全力疾走の番組だったとすれば、「いいとも」は、タモリがはっちゃけたキャラでないことも手伝って、まあまあ落ち着いた番組になった。昼休みに観るのは、これくらいがちょうどいい。

そして、「いいとも」からタモリを見始めた世代から始まったのが、「タモリのアングラ性の密室化」である。「いいとも」から入った世代は、ある種の無菌状態の「いいとも」からタモリの「毒」を目ざとく察知しては脳内に刻み付けてゆく。
むろん、「夜の存在」としての「タモリ倶楽部」はあるにせよ、ときおり「いいとも」でブッ込まれるタモリの「アングラ性」にシビれた世代がいてもおかしくないし、逆に言えばそれ以前の「密室芸」の信奉者たちは、「日和ったタモリが、やればいつでもできることを小出しにしている」としか思えなかったから、評価を怠った。
そんな視聴者の世代間の差が、見えるような気がするのだ。

赤塚不二夫の葬儀における弔辞にしろ、「やはりタモリはすごい」というのは同意はするのだが、そこから深い感動につながっていくわけではない(昔はそんなことはいくらでもやっていたじゃないか、という気持ちがある)のが、旧世代のタモリファンなのではないだろうか。

・その3 タモリの「大人性」は、タモリにのみ帰結する
「タモリの密室芸」とは別に、タモリの「大人性」というものがある。
たとえるならジャズ、ウイスキー、落ち着けるバー、などと言ったものによって構成されるイメージだ。
それは、タモリの年齢(現在69歳)からすると当たり前のものであったかもしれないが、それより少し下の世代になると違ってくる。すなわちタモリの生年より二年後以降の数年間に生まれた世代が団塊の世代だが、彼らは「大人の文化」ではなく、「青年の文化」を創出した。そして担った。
「今夜は最高!」に関わった高平哲郎などは「大人の文化」を意識していたのだろうし、高度経済成長期の文化にくわしい泉麻人もその辺、自覚的だと思うが、「大人の文化」と「青年の文化」は、決定的に違う。
タモリの「謎めいた感じ」、「ある種の諦念」は、そこに関係しているのではないか、と私は思う。
タモリにとって憎むべき世間の常識は根源的なものであって、それは「大人である/大人でない」ということとは別の位相に位置している。
対するに、団塊の世代(の多く)は、「大人である/大人でない」という基準は、「大人イコール旧体制」、「大人ではないイコール新時代」というようなイメージが強いのではないかと思う。

この「ズレ」が、タモリの態度をある意味難解なものにしているのではないかと思う。筆を滑らせてしまえば、タモリにとっての「大人」とは、「個人の力でしっかり大地に立っている人」であり、たいていの人にとっての「大人」とは、「他人に合わせられる人」ということになる。
つまり、タモリの「大人性」は、タモリにのみ帰結する、のである。

・その4 「いいとも」を拠り所としたタモリ
まったくの記憶で書くのだが、「いいとも」ではある時期まで、タモリは夏休みをとっていた。
その間は、レギュラーメンバーが交代で司会を担当していた。
私はこの「他の人が司会のいいとも」が好きだったので、記憶違いということはないと思う。

ところが、ある時期からタモリは休まなくなった。
調べれば何か理由があるのかもしれないが、私個人は、タモリが「いいとも」の夏休みを取らなくなった段階で、「いいとも」を自分のキャリアの中の拠点にしようと考えたのだと思っている。
それだけ、彼の力の入った番組になったということだ。

そもそも、彼は本当は何を目指していたのか? 芸人を目指して上京したみたいなことを言っていたが、本当なのか?
その辺はマニアの人が考察をしているのかもしれない。しかし、私としては70年代にアメリカン・ニューシネマ的な佳品を撮っていたのに、いかにも80年代的な明るい作品が大当たりし、そのパターンで一時代を築いた映画監督、みたいな、本人にとってはめでたいが、一抹の寂しさも感じるという、そのくらいのことしかタモリには思い浮かばない。

「ヨルタモリ」に関しては、「大人文化」を理解しているのはたぶんタモリだけだと思うので、もう少し追いかけてみようとは思っているのだが。
今の日本に「大人」なんて文化的な意味でほとんどいないし、日本がどこで舵を切るかというときに、多くの日本人が「青年文化で動く日本(「クールジャパン」というのは基本的にそういうことだろう)を選択したのだから。

あ、余談。
「大人/子ども」という文化の基準とは別に、「戦前/戦後」という問題があった。石原慎太郎は、子ども心に「戦前的ユートピア」が眼前に広がっていると思ったら世界が「戦後」に変わってしまうという経験をした。
そこでオカシクなった石原は、若い頃には若者文化を享受し、トシを取ってからは「分別ある大人」を擬態し、自分より年長のものからは、「生意気だがイキのいい坊主」として振舞うことで地位を築いた。

とんでもねえ野郎だ。

最後、タモリと関係のない話で、おわり。

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