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【無題】・「日本のサブカルチャーについて」

最近、NHKでサブカルについての番組をやっているというが、録画はしているがぜんぜん見ていない。
見ていないが、最近「サブカル」について思うところを書いてみる。

・その1
今、私が勝手に名づけたのだが「オタク勝利論」というのがある。オタクはサブカルに勝った、という感覚からくる「論」のことである。
「日本が世界に誇るナントカ」が、最近ネットやテレビでやたら出てくるが、その背後には「オタク勝利論」がある。
オタクとサブカルの違いは定義づけが面倒だが、「ドメスティックであり続けた結果、世界に認められた」という自信が、「オタク」にはあるように感じられる。
逆に、60年代あたりから積極的に海外の最先端文化をお手本とし、海外の「同志」と手を組もうとしてきた「サブカルチャー」は、なんだか旗色が悪い。
私は、個人的にはこうした変化は、受け入れる欧米やアジア側の変化だと思っているが、その辺について調べている人っていないんだろうか? 受け入れ側の心理は、明らかに変わっていると思う。

「サブカルチャー」のお手本は、常に海外だ。ものすごく大きい枠で言えば、明治になってから入ってきた西欧文化の中の、さらにマイナーだったり若者中心だったりした文化がサブカルチャーであった、とひとまず定義しておきたい。
そうでないと、江戸時代の庶民文化も「サブカル」と言えないこともなく、ゴチャゴチャになってしまうからだ。

・その2
「サブカルチャー」というのはひと言で言って、「今、現在の若者の文化」である。
で、ここで重要なのが、「文化だけなのか」ということなのである。普通、どこの国でも若者が政治に興味を持つのはごく自然のように思われる。
ところが、日本の場合は若者が政治に興味を持つことは、あまり自然ではなくなってしまった。
その理由ははっきりしていて、70年代半ばを境とする学生運動の失速にある。まったく根拠はないのだが、学生運動が失速すると、普通の「選挙に行こう」とかそっち方面の政治的興味も薄れるようである。

つまり、日本のサブカルチャーは1970年代を半ばにして、「政治」とほぼ、切り離されてしまった。
そして、その頃に台頭してきたのが「オタク文化」であったのだ。
もっとも、「オタクは政治に興味がないか?」というむずかしい問題もあるのだが、ただ70年代後半、政治状況よりも新興文化としての「オタク文化」の方が面白かったであろうという想像はつく。
なにしろ、宇宙戦艦ヤマト、スター・ウォーズ、カルピス名作劇場、未来少年コナン、マジンガーZ、機動戦士ガンダムなど現代にも通じるコンテンツが目白押しで公開されたのだから。

・その3
だが私が調べたかぎりでは、80年代前半までは「オタク」と「サブカル」はまだ渾然としていた。これがイメージ的に分離されていくのはやはり中森明夫の1983年の「おたく発言」からだろう。彼の発言がなくとも、「オタクが好むもの」は、80年代中盤以降はビッグビジネスと認識されていった印象がある。
もちろん、サブカル側だって金儲けしてこなかったわけではないし、当時を知る人はバンド番組「いか天」にともなったバンドブームを覚えている人もいるだろうが、どこかに「貧乏くささ」を漂わせているというか、「貧乏くささ」を別に悪いこととも思っていないのがサブカル、という印象があった(もうひとつ言えるのはセクシュアリティの問題だが、ここでは置く)。
なぜ「貧乏くささ」なのか。というと、背後には新左翼的な思想が生きていたからである。「右翼的なサブカル」というのもないではないが、それはあくまでも一周回っての話。70年代半ばに敗れ去った「新左翼的思想」を、どのように文化の中で行き延ばさせるか。これが日本の「サブカルチャー」の使命だったのだと思う。

・その4
だからその思想に共鳴できないものは、広義のサブカルには共鳴できないし、新左翼独特の「貧乏くささ」を取り除いた「ポストモダン思想」や、あるいはそれすらも取り去った「無思想」なサブカルが、オシャレサブカルとなったのである。
つまり、概要でも戦後の左翼思想の流れをつかんでおかないと、日本のサブカルチャーの流れはまず理解できない。現在は、オタク・サブカル論となるとセクシュアリティの問題に重点が置かれすぎていると思う。

ではオタク側はどうかと言えば、これも印象論にすぎないが80年代半ばくらいまでは、「サブカル」と同じように「新左翼的なオタク」というのもいるのかもしれない、と思わせるところはある。
だが純粋に趣味に没頭して「思想」は捨てたか、某オタク第一世代の評論家などは、もはや金にも社会変革の要因にもならない(と判断したであろう)新左翼思想など保持しているはずがなかった。どうも彼が志向していたのは冗談か本気か、一種の哲人政治だったようである。
一方、コミケの根底には頑固なまでの「自由参加できることと表現の自由」がある。それはひとつの「思想」なのだが、「巨大なお膳立てをつくる」という「実践」のみに一極集中しているところが、コミケ独自の「思想」であることは今後も考察が必要だろう。

83年段階での中森明夫のいらだちが、オタクの単なる「身体性をともなったセクシュアリティの無視」にあったのか、それとも一挙にノンポリへと傾いてく過程も含まれていたのかは知らないが、後の彼の仕事を見ると新左翼的かどうかはともかくイデオロギッシュであり、「まあ、こんな傾向気に食わないだろうな」と想像させる部分はある。

・その5
ここで重要なのは、311以降の政治運動と現在のサブカルチャーが結びついているかというと、たぶん60年代以上に結びついていないのではないか、と思われる点である。
そりゃそうだ、一度、70年代半ばに両者はひきはがされたんだから。
まあ何が言いたいかというと、「イズム」が先に立つ「サブカルチャー」は、「イズム」を理解しないと理解できっこない、ということだ。
もちろん、理解する義務もない。世の中には他にもやるべきことがたくさんあるのだから。

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