【映画】・「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」
監督・脚本:ジェームズ・ガン
エンターテインメントとしては万民にオススメできる。
個人的に「ヒーロー映画」として観た場合は……。
その1
いちおう、私は原作をいっさい知らず、この映画のみの評価をするということで書かせてもらう。
脚本が食い足りない。最近の「アベンジャーズ」以外のマーヴェル映画のほとんどすべてにそれを感じていたが、理解されないだろうと思ってツイッターなどではつぶやかずにいた。
本作の主人公、ピーター・クイルは、ラヴァンジャーズという宇宙窃盗団に育てられた地球人。「ガーディアンズ」の「ヒーロー」としての行動原理は、すべて彼から来ているのである。
他のメンバーの「個人的事情」を超越した「利他的な行動原理(ヒーローとしての行動原理)」を提示することで、本作における「ガーディアンズ」は成立している。
といっても、一人だけ旗を振っても踊らないわけで、「生来的に利他的行動を取ってしまう性格をしている」グルートを仲介役にすることによって、四人がまとまっているところは、まあうまい。
しかし、肝心のピーターの「ヒーローに対する憧れ」はどこから出てくるのか? これが不明瞭なのだ。
せめて母親からそういう教育を受けてきた、という事実でもないと、思春期を窃盗団の中で過ごした地球人が、唐突に(どうしてもそう思えてしまう)ヒーロー性を追及する理由としては希薄だ。
ピーターは、母のつくった70~80年代のヒット曲のミックステープを宝物のようにして聴いているが、まさかそれが「ヒーロー性」を求める理由にはなるまい。作中で映画「フットルース」の話題が出てくるが、もちろんそれはジョークでしかない。
同じ監督の作品「スーパー!」は、メタ・スーパーヒーローものの大傑作だった。「スーパー!」における主人公の行動原理は、悲しいほど観客に突き刺さる。
一方、本作ではピーターが愛する母親との死別に、おそらく三十代半ばになっても立ち直っていないこと、宇宙人に誘拐されて地球を離れても、母親不在の地球に未練はなかったことが示唆されている。
ピーターは母親から最後にもらったプレゼントも、開封せずにいた。それを最後に開封するのが、「亡き母への自立」を表現しているのだとしたら、いくらなんでも子どもっぽくはないか。
そう、「SFアクションものは子どもっぽい」というのとはまったく別の意味で、ピーターの行動は子どもっぽく感じてしまうのだ。
その2
行きがけの駄賃で、マーヴェルつながりで映画「キャプテン・アメリカ」、「キャプテン・アメリカ ウィンター・ソルジャー」についても書いておく。
キャプテン・アメリカは、「強いアメリカ」、「悩めるアメリカ」、双方を表現するキャラクターだそうだから、まったくのきれいごととしての「アメリカの正義」を背負ったヴァージョンとして映画がつくられても文句は言えないが、それにしてもこれら二作は、私にとっては能天気に過ぎた。
一作目は前フリとしてまだ我慢したが、正直、肩透かしだったのが「ウィンター・ソルジャー」である。同作は、原作コミックにあった哀感はバッサリ削られ、一作目と同等の明るいヒーローものになっていた。意外なほど、戦中と現在のアメリカとのギャップも描かれず、キャップとウィンター・ソルジャーとの因縁も個人的なものにとどまった。
なんでも政治をからめろとは言わないが、原作ではウィンター・ソルジャーはレッドスカルの悪意と戦後の冷戦が結託して存在しうる特殊なヴィランである。そこが目減りすれば、「キャプテン・アメリカ」は単なる明朗なヒーローものにすぎなくなる。
いやこんなことを書くと、「ゴジラは核の脅威の象徴でなくてはならない」とか、そういう頑迷なマニアと一緒くたにされそうでそこも不満なのだが、どうしても「おいしいところをわざと削り取っている」ようにしか見えないのである。
さらについでに書けば、映画「るろうに剣心 京都大火編」を観たときも、同じようなことを思ったのだ。
「るろうに剣心」のキモは何かと言えば、明治以前に力をたくわえた剣客や怪人たちが、明治維新後の世界で戦うところにある。
はっきり書いてしまえば、「剣心」に登場する敵、全員が過去のルサンチマンを現在(明治)に清算しようとしている者ばかりで、後ろ向きである。「国盗り」を標榜していても、国を盗った後に、海外列強と戦ってうまくいくかどうかはわからない。
だが、そもそも現実の「西南の役」も、「過去の清算」のように思えてならない。明治時代とは、未来の「東京」と過去の「江戸」が交錯する時代と言ってもよい。
そのような「終わってしまったことに固執する人々の悲哀」がこの映画に出ているかというと、出ていない。
原作がそこまでその部分を追い求めていたかというのもまた疑問ではあるのだが(マンガとしては間違いなく面白いが)、「えっ、せっかく描けるのに描かなくて良いの!?」と思ってしまうのだ。
その描かれ方のあまりの「明るさ」に、自分自身が年老いたのかと思ってイヤな気分になる、そんな映画が増えてきたような気がする。
まったく、70年代は遠くなりにけり、なのである。個人的には。
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