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【雑記】・「プロレス観戦的視点、あるいは80年代的視点とは」

ある本を読んでいて、「プロレス鑑賞的視点を持っていれば、オウム信者はオウムに入らなかったのではないか」というくだりがあった。
一瞬納得しかけたが、まてよ!? と思う。

その1
くわしく説明すると、80年代、UWFムーヴメント、週刊プロレス(活字プロレス)なども含めた「プロレス的視点」とは、「あいまいなもの、うさんくさいものを半信半疑で楽しむ」とでもいったような視点のことである。
この辺は個人差はあれど、時代背景的には間違っていない。
余談だが、こうした「胡散臭さへの視点」という意味では、「おたく」の一部も似たようなものであった。「送り手に期待しては何度も裏切られる」というところもプロレス者(もの)と似ている(何度も繰り返され初期の感動を目減りさせてゆく「宇宙戦艦ヤマト」の連作や、映画のいわゆる「84ゴジラ」や「さよならジュピター」のガッカリ感を見よ)。
というより、「おたく」と「プロレス者(もの)」はかぶる部分が多いのだ。
まるで他人のようになってしまったのは、90年代にプロレスが失速し、同時に「萌え」という独自の解釈がおたく側に出てきてしまったからである。本当に「動物化」かどうかは知らないが、「テンプレの順列組み合わせ」に一見、みえる「萌え」には「大失敗」は存在しない。「失敗作に大きく裏切られる」ということはほとんどないだろう。

話がそれた。
プロレスでもオタクでも腐女子的視点でもいいが、ある種の「特定の角度」からものを見ることによって、固定的な「視点」からの脱却を目指す、という提言は過去何度も行われてきた。
私もある程度「遊びのレベル」なら、そういうことは面白いと思うし、実際、80年代は、それまで信じてきたものへの不信を表明する時代でもあった(東西冷戦が終わり、90年代以降、それでもまだ80年代には信じられるものがあった、と痛感することになるのだがそれはまた別の話である)。

このような「80年代視点」を総称して「サブカル的視点」と言ってしまってもいい。確かに「サブカル的視点」を持っていた者は、オウムに入信することはなかったであろう。
だがまてよ、と。

もう大半の人が忘れてしまっているが、アサハラを「うさんくさいおもしろおじさん」として扱ったのは「サブカル的視点」を持ったテレビメディアであった。
最も有名なのは、「幸福の科学」と競演した「朝まで生テレビ」だろうが、それ以外にもアサハラはちょこちょこテレビに出演している。
テレビ界がどの程度アサハラを「ヤバい存在」として認識していたのかは知らないが、視聴者も含めて、坂本弁護士殺人事件が話題にのぼる前あたりは、「我々はうさんくさいおもしろおじさんを、ギリギリのところで手なずけている」というおごりがあったはずだ。

つまり、「サブカル的視点を持っていればオウムには入信しなかった、サブカル的視点っていいなあ」
ではなく、そもそもオウム真理教は「サブカル的視点」とはまったく関係ないところで醸成され、関係ないところで人が殺され、サリンがまかれたのである。
(サブカル的視点とは関係ない、と書いたが、私は当時のサブカルに蔓延したシニカルな観点が、むしろ高学歴できまじめな人物にとって「忌むべきもの」として、入信を逆説的に後押ししたのではないか、とすら思っている。当時、オウムにも敏感だった人種はその他の文化にも敏感だったはずだからだ。)

むしろ、オウム真理教を「外部のもの」、いまどきの言い回しをすれば「イジリ対象」としてしかとらえることができないのが、80年代的サブカル視点の最大の限界だったのだ。
そもそも、オタクにしろプロレス者にしろ、基本は「観る者」、「見る側」であって、「どう行動したらよいか」は、秘密の巻物には書いていないのである。
80年代の「視点のずらし」は、私自身も同時代的に衝撃を受けたが、それと同時に、言ってしまえば「ずらすことしかできない」のであって、行動にはあまり寄与しない概念なのである。
ここを間違えると、80年代、90年代という歴史認識そのものを間違えてしまう。

その2
90年代の「オタク側」も似たようなものだった。実はオタクにも流派があっていろいろだが、オタク的視点も「観る者」であり、「行動する場合」にはあまり参考にならない概念である。たとえば90年代後半、オタクは恋愛に関してもクールに振舞うように、おれぜんぜんオンナなんか興味ありません、ビデオさえあれば、みたいに振舞うことを推奨されたが(あくまで一部で)、ヤリたい盛りだったり結婚適齢期である者たちがそのような振る舞いをすること自体、無理がある。
オタクは恋愛禁止のアイドルでもなければ、「子どもたちのために酒もたばこもやらない」というヒーロー役者でもない。一人になれば、単なる一大衆である。
この90年代当時の無理やりな感じに対する不満が一気に爆発するのが、2000年代頃からの「萌えブーム」や2005年に出された「電波男」を象徴とする「恋愛至上主義批判」である。
あるいはまた、勇気を出して行動した「電車男」だったのだ。

その3
このようなことから何が見えてくるか。
それは、まず80年代の「行動することの恐怖」は、70年代半ばの日本の過激派の悲惨なテロ行為から来る恐怖から来ているであろうこと(本人はそう思っていなくても、「行動がテロに発展するヤバさ」は、80年代の社会全体が抱えていたタブーだった、と私は考えている)。
そして、それは90年代のオウム事件で、より強化されたこと。

反原発などの反対運動も、保守派からは「70年代に、一度失敗しているじゃないか!」と批判されてしまう。
つまり、我々は70年代以降、「見ること」の基準は手に入れたが、「行動すること」の基準はいまだに失ったままなのではないか、ということである。

やや筆を滑らせれば、そうしたことの積み重ねが「安全に行動できる場」としてのAKB人気を呼んでいるのではないか、と飛躍したことも考えてしまう。
だが、昨今のアイドルのキーポイントが「握手会」や「総選挙」など、「『見る側』が、あたかも自分で行動したように思える」ことであることを考えると、あながち間違ってはいないんじゃないか、とも思ってしまうのである。

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