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・「リメイク批判」について考える

「キカイダーREBOOT」を見て来まして、けっこう面白かったです。
この後、米版「ゴジラ」をひかえ、ネット上ではあーでもない、こーでもないと意見が飛び交うんでしょうが、
ふと気付いたので「リメイクに対する批判」について書きたいと思います。

・その1
リメイク批判のテキストというのは、一定のパターンがあります(私もそれにのっとることがあります)。
すなわち、

「オリジナルの本質はこれこれにある。リメイク版ではそれが無視されている。だからこのリメイク版はよくない」

というパターンです。

この「本質」の部分が的を射ていれば、「なるほど」というテキストになり得るのですが、この部分に「オレにとっての本質」が入ると、とたんに「単に好みを言っているにすぎない」テキストに堕してしまいます。

・その2
この「オリジナルの本質」というのは、歴史が長く、大胆な改変をしてきた作品ほど、個々人で違ってきてしまいます。
この部分でいちばんモメるのが、「ゴジラ」です。
(似たような、大きい意見の食い違いを見せたものとして、同じ怪獣を扱った「パシフィック・リム」があります。とにかく「怪獣」は、地雷。)
「ゴジラ」は、一作目から何年か経てお子様路線になった期間が長く、さらに作品数も多いので、新作が公開されると常に「ゴジラの本質とは?」という問答になります。

このテの議論は掘り下げると面白いのですが、正直、掘り下げているところを見たことがないです。
それは、私は「世代」の問題が大きく関係していると思います。オタクの世代によって、守るべき「本質」が違うからです。

・その3
「何を本質とするべきか?」は、私個人にも考えがありますが、長くなるのでこのエントリでは置いておきます。
で、少なくとも「オリジナルのあれが入ってない、これが入ってない」という引き算のリメイク批判は、個人的にはもうやめにしたいです(今後も無意識に書いてしまうかもしれませんが(笑)。書きやすいんですよね)。

他の人がするのは自由ですけど、逆張りと言われるかもしれませんが人と同じこと書いてもしょうがないしね。

・その4 後フォロー
ただ、「本当のこれはこれこれじゃない」みたいな批判が出がちなのは、おっさんオタクのルサンチマンが乗っかってる、ってのはもうしょうがない、という部分もあります。
何度も書きますが、「ゴジラ」はその象徴みたいな作品です。ライダーでも戦隊でも本質論争はありますが、とにかく「ゴジラ」シリーズが大きい。
で、批評の流れとして、ルサンチマンが大きかったために、たとえばオタク的教養がどれだけ特定の作品の中に詰め込まれているか、ということの指摘、はものすごくたくさん出て来るんですが、「作品本位の批評」が出にくかったりもします。

これは90年代半ばくらいから2000年くらいまでの間に、「オタクにはオタクのコンテクストがある」ということをアピールしなければならなかった(と考えた人がいた)からです。
それが現在にいい影響を及ぼしているのか、それともそんな人たちがいなくても「浸透と拡散」で今のような状況(テレビでタレントが「私はオタクです!」って言ってしまうような)が自然とおとずれていたのか、は、このテキストを読んでいる個々人の判断に任せます。

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