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【オタク】・「オタクの被サベツ史」

最近、「オタクがサベツされてきたなんて、ウソなんじゃないか」という驚くべき発言を若い人からたまに聞くので、何度目かの繰り返しになるが思うところを書いておく。

今回のテキストを書くことにしたのは、風邪で調子が悪く、何にもやりたくなかったのでネットウロウロしていたら、「現在から97~98年頃のオタク状況」を見た人が、「オタク第一世代が言うほどオタクはサベツされていたのだろうか?」と書いているのを読んだことがきっかけである。

・その1
そのサイトでは、「オタクがサベツされていたところを踏みとどまり、がんばってきた」ことをオタク第一世代がアピールすることで、後続世代に自分たちの「功績」を過剰にアピールしているのではないか、と書かれていた。が、とんでもない話である。
そして、それと同時に、それを書いている人がオタクかオタクじゃないのか今ひとつわからないのだが(たぶんオタクというよりはその周辺領域に興味のある人なのだろう)、経験が上の世代からまったく継承されていないことに驚くのである。
さすがにもうちょっと勉強してほしい(ネット上にはいくらでも書いてあるだろう)。

・その2
中森明夫が「おたくは気持ち悪い」(おれたちとは違う)と書いたのが1983年。ということは1982~83年には「おたくって
気持ち悪いよな~」と、若者たちの間で口頭で言われていたということである。
さらに逆算するとオタク・サブカル文化が勃興した70年代後半から80年代初頭は、(私自身の経験がまったくないのでわからないが)「いい大人なのにアニメや特撮を見ている」という、一般的な「非難」はあったにせよ、「なんだか気持ち悪い集団がいる」というふうには言われていなかったはずだ。

「サブカル内部の内ゲバに過ぎないじゃないか」と言う批判があったとしても、若い年代がある種のレッテル貼りをされることがいかにキツいかは、だれでも想像がつくはずだ。

また80年代は、現在と違い、ある若者文化コミュニティに所属すると、そこと横断的にまったく毛色の違う集団には所属できない(したとしても非常にやりにくい)という状況があった。
あるライターが、アニメファンからパンクのファンになるため、それまで持っていたアニメグッズをぜんぶ人にあげてしまった、というエピソードはこの頃のものだろう。

そしてオタクが社会問題とされるようになるのが、88~89年の「東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件」である。
この頃の、オタクに対する世間の風当たりの強さは、想像を絶するものがあったに違いない。この89年頃から、「エヴァンゲリオン」のブームが起こる95年頃まで6年。事件の衝撃がオタクと結び付けられなくなるまで、それだけの年月を経なければならなかった。

・その3
とまあ、こうした70年代後半から95年頃までが、「ものすごく差別されたオタク」のざっとした流れだが、これだけでは実は状況を掴みにくい。
95年以降から2005年くらいの「電車男」ブームくらいまで、「オタクの復権」みたいなムーヴメントが起こる。
ムーヴメントと言って悪ければ「オタクとは何なのか?」という積極的、肯定的な問い直しが行われていくのだが、この中でどうにも持てあまされ気味だったのが、恋愛とセックスの問題だった。

「サブカル」と「オタク」はいつの間にか分化してしまい、サブカルは「モテるもの」を積極的に扱った。最近では批判が多いが、年頃の男女が異性に興味を持つのは当然だから、サブカルが「モテそうなもの」に飛びついても不思議はないと思う。
一方で、オタクは「モテそうにないもの」、「男女のコミュニケートのツールにならないもの」を選択した。たまに「人生や万物の真理はぜんぶオタク的趣味生活の中で説明できる」的なことを言う人がいるが、私はそれは違うと思う。
オタクのライフスタイルの中には「恋愛」と「セックス」は入っていなかった。オタクが恋愛とセックスをする場合、それは別の価値体系の中から学んでそれをやったのであって、オタク文化とは関係がない。
同じことは、余談だが道徳観や倫理観と言った問題ともつながる。オタクのライフスタイルの中には「道徳観、倫理観」というものはとくにない。あるとすればそれは各人が別の教育によって学んだものである。だから、「オタクの倫理観」なんて考え出すと、必ずコンフリクトを起こす。オタク的思想の中に倫理観はないのだから、ないものについて考えても答えは出ない。

・その4
で、95年から2000年代くらいまで、一部のオタクがどうしていたかというと「そこらの一般的な恋愛なんてオタクと関係ありませんよ」とふるまうことだった。恋愛するなら、相手もオタクでなければならない。それ以外は興味がない、と。
このあたり、そうした「対外的なふるまい」が、非オタクの人たちにどうアピールできるか、という問題と関係していたことを理解しないと、よくわからないだろう。
要するに「世間的にナメられないように」そのようなふるまいが(一部で)推奨されたということだが、「そんなに意固地にならなくてもいいのに(笑)」と思う人もいるかもしれない。しかし、これもまた「オタク史」を考えるうえで後出しジャンケンだと言わざるを得ない。

というのは、「オタク文化」の中に、潜在的に「恋愛至上主義」批判が内包されていたからである。そもそもが「異性と仲良くしたい!」ということを第一義的に選ぶならオタクにはならないわけで、「オタクのライフスタイルに恋愛とセックスが入っていなかった」ことと恋愛至上主義批判は、まあ同義と言ってしまっていいだろう。
ただ、95~2000年くらいまでの段階では、そこら辺の問題が表面化することが少なかった。
それこそ「それくらい、他のところから学んでこいよ」くらいに思われていた。また、結婚する年齢は現在よりおそらく平均的に低く、同世代における既婚者の比率も高かった。
90年代のオタク関連のオピニオンリーダーは、ほとんどが既婚者である。

・その5
私個人は「電車男」のブームが、オタクが一般人から名誉白人ならぬ「名誉一般人」として認められた証左だと思っているのだが、考えてみれば97年くらいの時点で「オタクはオタクとしか結婚しないからカッコいい」(本当かどうかはともかく)と唱えられていたものが、結局は「一般人と付き合うことになったから、『こちら側』の人間」として認められていったというのは皮肉な話である(その一方では「電車男」のアンチテーゼである「電波男」も刊行されているが)。

逆に言えば、95年から2005年、10年経たないと「恋愛至上主義」と「オタク」は関連付けられなかった、ということだ。
その辺のことがわからないと、95~2000年くらいのオタク事象が読みとりにくくなってしまうと思う。

「オタク史」とは「受容史」であり、受容史」というのは、送り手がいつ、何をリリースしたのかと違って記録に残りにくい。わずか十数年前のことでも、状況がわからなくなってしまう一因はそこにあるのだが、ネットなんだから、他のやつも教えてやれよと思うんだけどねえ。

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