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【テレビ】・「82~83年の極私的『笑っていいとも!』」

「いいとも」終了ということで、視聴者の証言としてもネット上では隠れがちな(なぜなら、第二次ベビーブーマー以前の世代の発言があまりないから)80年代前半の「いいとも」と、その少し前の「タモリ」についての印象論。

・その1 70年代~80年代初頭のタモリ
1976年 タモリのオールナイトニッポン
1980年 「お笑いスター誕生!!」(審査員)
1981年 「今夜は最高!」 
1982年 「笑っていいとも!」、「タモリ倶楽部」

めちゃくちゃ大雑把な流れをつくった。
タモリが「バカなことをやってそう」な番組としては「金曜10時!うわさのチャンネル!! 」というのが70年代にあったそうだが、私は見ていない。

タモリは70年代から「密室芸」、「スナック芸」、あるいは「深夜の芸」の人間として評価され、ウィキペディアでは自分のことを「江頭2:50のようなもの」的なことを言っていたともいうが、「イグアナ」や「四ヶ国語マージャン」を筆頭に、ネタに「品はないけどどこか知性を感じる」点では一致していて、江頭2:50とは少々芸風が異なる。

また、彼が70年代当時から「一発芸」の人間だとも思われていなかったことは、「オールナイトニッポン」をやっていたり、「お笑いスタ誕」で審査員としてそれなりに知的なことを言っていたことからもわかる。

すなわち、70年代の「タモリの嫌われ方」とは、全面的には「江頭2:50」的なものだったけれども、その陰には、今のラーメンズが一部に買っている反感のような、「どこか知性的だからこそ」の反感が、間違いなくあったと思う。

何が言いたいかというと、「いいとも」の司会抜擢は、たとえば「バイク川崎バイクが突然、ワイドショーのコメンテーターになったら」的な唐突さのようなものはなかった、ということである。

1982年当時、タモリが「司会をする」ことそのものは、とくに珍しいことではなかったのである。

・その2 「いいとも」以前~「笑ってる場合ですよ!」
「笑ってる場合ですよ!」は、1980年から82年頃まで、「いいとも」開始以前にアルタから生放送をしていたお笑い番組である。
内容はググってもらうとして、簡単に言えば「マンザイブーム」の狂騒をそのまま帯番組にした、非常にあわただしい印象のものだった。この「笑ってる場合ですよ」と「おれたちひょうきん族」が、「マンザイブーム的笑い」を消費しつくした。
個人的にはあまりにハイテンションなバカ騒ぎ(ほめ言葉)だったため、やはり「ブームを消費しつくした」という表現がふさわしいと思う。三年という放送期間も、「ブームは三年で終わる」とよく言われていたのでしっくりくる。

で、その後に始まったのが「笑っていいとも!」だったのである。
「笑っていいとも!」の最大のネックは、タモリが「夜の顔」としてのイメージを払しょくできるかにあった。

82年当時のタモリが髪型とサングラスを変えていたのも、「お昼」的なイメージをつくるためであったと思われる。
番組としては「笑ってる場合ですよ!」に比べると静かな雰囲気で、「爆笑」よりももう少しトーンダウンした笑い、を目指していたように思う。
84年から始まった小堺一樹の「ライオンのいただきます」も同様で、「おしゃれなトークショー」というイメージだったから、プロデューサーの横澤さんには何かそういう「落ち着いた番組にしたい」という意向があったのかもしれない、と想像する。

「いいとも」が長寿番組としての地位を確立する前は、タモリも「寝坊できるからタレントになったのに、この番組のせいでできなくなった」と愚痴ったり、あるいはどこか投げやり的な面も見られた。
「タモリは日和った」という意見も、当時の週刊誌などでずいぶん読んだように思う。実際は、「いいとも」と同年に「タモリ倶楽部」が始まっているのだが、「昼と夜との使い分け」を、「密室芸」のタモリの熱心な層の中には許さない人もいたようだ。

・その3 80年代以降の「笑っていいとも」
82年以降の十数年は、「笑っていいとも」は「おしゃれにちょっといいセンスの番組やってるよね」的な感じで、タモリの個人史からすれば、彼がポップ化、メジャー化していく過程であった。

ま、何が言いたいかというと、タモリの「いいとも」における劇的な変化は「夜から昼へ」ということであって、深夜帯だったら彼も司会はお手のものだったのであり、「タモリの知的ギャグに対する違和感、反感」は、「いいとも」が始まった後も一部でずっと残り続けていた、ということである。

変わったとすればそれは時代が変わったのであり、「お笑いは頭のいい人がするもの」というイメージが定着してからは、タモリの芸に対する評価も変わったのだ。

おしまい。


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