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【雑記】・「超ひさびさに、グラビアアイドルについて書く」

これの続き。

90年代半ばから2000年代は、「グラビア」が面白い時代だった。
なにがどう面白いかも忘れてしまったのだが、とにかく面白かった。
この流れの発端は、たぶん「野田社長」と、彼が売り出した雛形あきこにある。

・その1
それまでも「アイドルが水着になる」ことは常にあったのだが、「水着中心の売り方」をすることは、ワン・オブ・ゼムでしかなかった(思いつくところではアグネス・ラムくらいか?)。
また、実際成功したかどうかはよくわからないが、「水着で売りだしておいて、そこから女優などへジョブチェンジさせる」というビジネスモデルをつくり出したことも大きい。
アイドル方面では、モーニング娘。を中心とした流れだったが、彼女たちも水着にはなったが、それは従来のアイドルと同じ程度であり、グラビア誌やマンガ雑誌を席巻するほどではなかった。
要はすみ分けができていた。

「グラドル」は、いわば「アイドル」と「女優」と「AV女優」とのすき間に存在していた(いる)と言える。
2000年代初頭だったか、少年マガジンの、グラビアを担当していた副編集長が大麻で逮捕されるが、彼のコメントを見ると、
「グラビア担当は編集部内でもだれもやりたがらないのでやった」
となっていた。要するに、送り手も「すき間だ」と思っていた部分もあるわけだ。

すき間産業は状況が変わると、もろい。激変はなかったと思うが、ネットの普及、出版不況、そしてAKBグループがグロスでマンガ雑誌の表紙やグラビアを飾ったこと。これらが大きいと思う。
とくにネットの普及は、出た雑誌の写真が早朝にはアップされてしまうなどの弊害をもたらした。
思えば雛形あきこのブームがネット普及以前だったのは、偶然ではないだろう。

・その2
また、10年くらい経って、グラドルの「ゴール」が意外に不透明だとわかってしまったのも停滞の一因だろう。
いくら「女優」と言ったって、その椅子はあまりにも少ないからだ。
さらに、「ゴール」が不明瞭である以上、「一流グラドルはなかなか引退しない」ということになってしまった。
女優として活躍している原幹恵やバラエティで人気だった優木まおみも、同時にグラドルを続けていた。山本梓も三十歳を過ぎているのにいまだに第一線だし、小倉優子も結婚直前までおそろしく安定した活動をしていた。

グラドルの引退が、結婚か出産しかあり得ない以上、下がつかえて来るのも当然で、2000年代後半はこうした閉塞状況がグラドル界を覆っていたわけである。

いったん閉塞してしまえば、グラドル界は悪夢じみた世界に変わってしまう。
活動はDVDを売ることと撮影会、という閉じた世界しかなくなってしまう。某グラドルは「おれおれ詐欺」の犯人と同棲していたと噂になり、別のグラドルは「整形サイボーグ」と揶揄される。

一方で、私がグラドルについて書く気がなくなった2010年以降、ライブアイドルのブームが来て、時代はそっちに針が振れて行く。

ライブアイドルが盛り上がって行く一方で、グラドルの方はどんどん盛り下がっていった。

ここまで来たら、一度何かが再編成されるきっかけが必要だったのだと思う。

AVの場合、だれも強制的に見ろとは行っていないわけで、ある程度「そういう世界」と納得されている部分はあるが、ネットを見ていて普通に目に飛び込んでくる「グラドルの写真」は、今後ネット上でフェミ的見地から叩かれる可能性は出て来る。

私もジェンダー問題に関して「なんでもかんでも現状維持で行け」とは思わないが、かつてのミスコン批判みたいなものはもう意味がないと思っている。
だが、「ミスコン批判的」なやり玉にあげられる可能性があるので、関係者各位、注意してほしい。

逆に言えば、いまだに「ミスコン批判的な批判の仕方」に「効果がある」と思っている人がいる、ということだが、
よっぽど、だれが見ても「こりゃマズい」と思うものでなければ、批判しても私は意味がないと思ってるんですけどね。

最後、ちょっと話がそれたが、終了。


(過去のテキスト)
【雑記】・「グラビアアイドルについて、適当に。」(2009/01/07)

【雑記】・「年末グラビア談義その1」(2009/12/30)

【雑記】・「年末グラビア談義その2」(2009/12/30)

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