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2013年9月

【評論とは】・「萌え絵のおっぱいは偽おっぱいか」

へー、偽おっぱい騒動(騒動?)なんてのがあったのね。なんか「萌え絵のおっぱいの描き方は間違ってる!」みたいな指摘があったらしい(興味のある人は、独自に検索してください)。
「AKBファンは彼女たちがスカート履いてるからファンなんだろう」と言い放ったアイボのデザイナー並みの人が、まだまだいるんだなぁと。
まあ、言うのは自由なんだけど、「知性は人間を進歩させない」ことを証明しているようで、悲しくもある。


思いついたことを、いくつか書いておく。

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【アニメ映画】・「キャプテンハーロック」

監督 荒牧伸志
脚本 福井晴敏、竹内清人

遠い未来、銀河に散らばった人類は、衰退の道を歩んでいた。
老いて生まれた地に行きたいのか、故郷である地球に戻りたがる人類。だが、その数は5000億にまで膨れ上がり、すべての人間が地球に戻ることはできない。
人類間の帰還をめぐる戦争(カム・ホーム戦争)の末、地球は「ガイア・サンクション」の成立によって人類が立ち入ってはならぬ聖域となった。
だがその平和に反旗を翻す、伝説の宇宙海賊がいた。その名はキャプテンハーロック。
青年ヤマは、ハーロックのアルカディア号にスパイとして潜入するのだが……という話である。

以下は、少々ネタバレあり。

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【テレビ】・「オタク搾取だ!! というのは冗談としても(笑)」

今週のタモリ倶楽部は、「食べ比べ同人誌文学賞」とかなんとかと題して、
「芋けんぴ」、「タルタルソース」、「納豆」、「醤油」のそれぞれの食べ比べ同人誌を紹介するというもの。
ゲスト(審査員)は渡辺佑、山田五郎、大宮エリー。

大いに期待できる回かと思ったら、手弁当でやっている評論系の同人誌に対して山田五郎が「フォーマットが統一されてない」、「レイアウトが悪い」、「文字化けしてる」、などとケチを付け、そのわりにはトップも決めない変な回だった。
渡辺佑が同人誌の著者に印刷費や売り上げを聞いていたのも、おかしな感じだった。
プロ目線で利益が上がっているかどうか聞いたのだろうが、普通、評論系の同人誌で儲かっているところなど皆無に近いことなど、コミケでは常識だと思う(まさか一般人も「芋けんぴ」の同人誌で大儲けしているとは思うまい)。

もともとタモリ倶楽部は食べ比べ、飲み比べの企画が多いので、何のことはない、企画として「同人誌」を一個のっけただけだったのだ。

審査員が全員、コミケに行ったこともないような人だったのも、おれが見ているかぎり「的外れ感」が横溢していた。 評論系ミニコミは、書店に置かれることもあるが、300部以上売り上げていたという人がいたからたぶん、主要頒布場所はコミケだろうからね。
本に文句言う前に、この安易な企画をなんとかしろ!

だが同時に、同人誌の弱みは校正とレイアウトだ、というのがはからずも露呈してしまったとも感じる。
おれも基本的には、レイアウトの悪い、というか読みにくい同人誌は内容に惹かれても、買わないことにしているので。
同人は、印刷費を抑えるために文字を詰めがちで、それが苦手なんだよな。

話を戻す。
普通、このテの「変わったことをしている人」に対しては、実現の苦労などを聞くべきで、やはり本のつくりは二の次、三の次だと思う。
スタッフが夏コミで買ってきたのか、タコシェか模索舎あたりを回って買いそろえたのか知らないが、とにかくゲストのコメントが的外れすぎたことを、おれは一生忘れない。

追記:語ることがないらしく、本の「折」にまで言及していたが、同人誌が普通の雑誌のように「8の倍数」で割りきれるとはかぎらないのも、同人誌つくってる人間には常識なんだけどね。
それよりなにより、そんなことどうでもいいよ。番組中にも言及されてたけど。

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【テレビ】・「『あまちゃん』見てない問題」

自分は、「あまちゃん」を1回も見ていないが、先の大震災について扱っていたという。
そして、「あまちゃんは震災ドラマであるかどうか」というような話がネットに載っていた。

1回も見てないドラマに、あーだこーだ言うのは大変な反則だと断り書きしたうえで書くと、
私の意見は、

・「あまちゃん」は別に震災をテーマにしたドラマではない。
・だが、ドラマで扱った時代を考えると、「震災」についてまったく考えていなかったとは考えにくい。

ということになる。
別の言い方をすれば、「あまちゃん」はアイドルに言及していると同時に、おそらく震災についても言及しているだろう」と予測している。

一作目の「ゴジラ」は観た。
ゴジラは、一時期「反戦、反核映画である」と言われたそうで、その反動で、
「反戦映画としてではない、ゴジラ論」が生み出された。

この背景には、「社会問題を扱っていない映画は、レベルの低い映画」という論調があったようで、
「社会問題を扱っていない映画は、本当にレベルが低いのか?」という問題提議として、
「反戦映画ではないゴジラ」論が、主にオタクの中から展開された。

だが、一作目のゴジラに「反戦」の要素がまったくなかったかというと、
それはもうバリバリにあったわけだ。

だから、「ゴジラを反戦映画としてのみ観るのはおかしい」
と言うことはできても、
「ゴジラは反戦映画ではない」と言いきるのは、むずかしいと思う。

同じ観点から、「あまちゃん」が、「震災」をどう扱うかについて、一定の見識を求められ、またそれを製作者サイドが受け止めたのは事実だろう。

そして、「あまちゃんと震災」と言った言説が、ネット上で出て来るのはどういうことかというと、

「一作目ゴジラは反戦映画か?」という問いをめぐる議論から、現在でも一歩も出ていないことを表している。

一日も早く、このようなコンフリクトから解放されたい、と、個人的には思う。

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