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【雑記】・「テーマ問題」

ツイッターで、「作品のテーマがどんどん複雑化、高度化しても、それが作品の良さにつながるとは限らない」という発言があった。
まったくそのとおりなのだが、やはりこのテの話は主にオタク周辺でよく出て来るようだ。

これは基本的に、子どもが読むもの、楽しむものを対象にしたときに繰り返し出る話である。
もう、何百回もこの手の論争をみてきた。

だから、私自身は主に日本のマンガについては結論を出した。
日本のマンガは、60年代以降、「青年」をターゲットとして成長してきた経緯がある。
だから、アニメや特撮のように「コドモをピンポイントで対象にしている」とは言い難い部分がある。

これに最も例外的で、なおかつ重要な位置にいるのが手塚治虫と藤子不二雄である。
が、手塚は小学生の読むようなマンガでも、すでに大人向けのようなテーマを盛り込むことが多かったし、
藤子不二雄は(「ドラえもん」などを)大人でも読むが、例外中の例外である。
赤塚不二夫も偉大なマンガ家だが、リアルタイム性が強く、若いファンを獲得し続けているかには疑問がある。

極論を言えば、幼年期、少年期に藤子、赤塚、手塚を読んで、成長したら膨大な青年マンガを読む、というのがある時期までのサイクルだったのでは。

何が言いたいかというと、日本のマンガにおいてテーマや表現の高度化、複雑化はその成長には避けられないもので、「マンガは子供の読むものだから、わざわざ高度なテーマを設定する必要はない」とは言いきれない部分があるのである。

このような論争は、映画や小説全般では起こりにくい。

特定ジャンル、お膳立てとしては、SF、ファンタジー的なもの、表現としては特撮映画やアニメに多い。アメコミでもある。
この辺の整理がつかないかぎり、ジャンルとして成熟できないとも言えるし、逆に言えばまだまだ若いジャンルだと言えるのかもしれない。

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