【劇場版アニメ】・「聖☆おにいさん」
監督:高雄統子、脚本:根津理香
「宗教ネタがほとんどない」というデマがネット上で飛び交ったというか、みんなよく映画そのものを見ないで拡散できるな、と現世に軽く絶望したが、
本編が微妙であることに疑いはない。
そもそも、原作は根本的な矛盾を抱えていて、神の子と悟りを開いた者が、なぜ日常のささいなことでやきもきしたりするのか? というところが、実に絶妙なラインでごまかされているのだ。
その「ごまかす」方法は、おそらく半ば無意識のうちに周到で、「天界」のキャラクターたち(主人公二人より格下の者たち)を人間的に描くことで成り立っている部分もあった。
だから、私もアニメを観て初めて気づいたのだが、本作においてイエスの部下である天使たちやブッダの弟子たちは、世界観を支えるかなり重要な役どころだったのである。
それがどういうわけかまったく出ないとなると、主人公二人の不自然な「人間性」が浮き彫りになってしまう。
そこに、終始首をかしげざるを得なかった。
とくに、超能力(!?)があるわけでもないブッダは、弟子との関係性がイエスのエピソードとのバランスを取っていたわけで、これが出て来なくなると少々キツいと言わざるを得ない。
おそらく原作にはないか、大幅に引き延ばされたであろう、悪ガキ三人組がブッダにゴム鉄砲をぶつけるエピソードは、「弟子封印」によるブッダの出番を水増しするためのものだったのではないか。
しかし、普通のキャラクターでは許される「少年との心の交流」も、ブッダの場合は許されないと思う。
なぜなら、ブッダは人を救わねばならない存在だからである。
彼らは「休暇中」と称して、現世ではいっさい、救済行為などは行っていないらしい。
これは考えてみればひどく残酷なことだが、そこをマンガ全体のホンワカした雰囲気で読者にスルーさせていたのである。
ところが、寂しげな少年(ここの描き方もイライラするくらい曖昧)が出てきたら、救わざるを得ないではないか。
……というわけで、原作の弱点が出てしまっていると感じる。
なお、原作のネームをそのまましゃべると、ものすごくオカマっぽくなってしまうことくらい、気づいてほしかった。
ナレーションも重厚すぎたな。
内容は完全な「日常系」だが、「世紀末も無事に過ぎた……」なんて説明はいらないんだよ。
そういうところからボロが出る。
911は? 311は? って、思い出してしまうじゃないか。
予告編があまりに面白そうだったので、こちらの期待値が上がりすぎたなあ……。
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