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2013年1月

・「新オバケのQ太郎」全4巻 藤子・F・不二雄(2011、小学館)

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あまりにも思い入れが強すぎて、何も書けない。

とか言いつつ書いてしまうが、旧オバQに比べてドタバタ色が強くなり、ギャグもドライだ。FとA、どっちのセンスかというと……勘だけでテキトーなことを書くと、たぶんFのセンスなのではないかと思う。

先述の「チンタラ神ちゃん」には、「クルパー教」という、キャラクターが全員頭を打ってクルクルパーになる、というちょっと破滅系のメチャクチャなエピソードがある(旧オバQと同時期)。
だが、「新オバQ」では落語のオチのようなものがちゃんとつくエピソードが多いのだ。まあ、どっちも合作ということなんだが……。わからんよね細かいことは。

自分が藤子マンガでいちばんオバQが好きなのは、基本的に彼が何の役にも立たないからである。そして、負けずおとらず人間たちもまぬけだからだ。

これが「ドラえもん」になると、ずいぶんと世知辛い。「ゴジラ」に比べて「ジャイアン」はシャレにならないいじめっ子だし、キザくんに比べてスネ夫はずっとずるがしこく、のび太を陥れる。ジャイ子だって、「マンガがうまい」ってのは後から付いた設定で、登場時は単なるブスキャラだった。
オバQに、レギュラーのブスキャラはいないし、ゲストで出てきた「バケ寺ベソ子さん」とは、オバQはすぐに仲良くなってしまう。

そういうのが好きだったのだ。

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・「チンタラ神ちゃん」全1巻  藤子・F・不二雄、藤子不二雄A(2012、小学館)

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1967年、「少年ブック」連載。1976年、単行本化。

神様であるところのチンタラ神ちゃん、貧乏神、福の神のトリオが、ジローくんが山奥につくった「秘密基地」に居候する、というギャグマンガ。

76年に単行本化されたとき、本屋で観たこともない藤子マンガを見つけて、なんとも禍々しい気分になったことを覚えている。
それがこの「チンタラ神ちゃん」だ。当時すでに「オバケ」、「怪物」、「宇宙人」、そしてネコ型ロボットといったように、さまざまなものと少年を同居させてきた藤子不二雄だが、ついに「神」が登場した、そのことに自分は少しビビったのである。
しかも、Aの筆が入るとなぜか禍々しくなるのだ。おそらく主人公の「神ちゃん」はFだろうが、喪黒福造にソックリな「福の神」はAの手になるものだろう。

実際、じっくり読んでみても私の感じた「禍々しさ」は晴れることがない(笑)。神ちゃんたち神さまトリオは、ジローくんの「秘密基地」に住んでいるわけだから、ドラえもんやオバQのように「親公認の居候」ではない。
そもそも、藤子不二雄も最初っから「異形の者との同居」というシチュエーションを確立したわけではなく、「オバQ」連載時は放浪ものにしようというアイディアもあったらしい。放浪ものにすると、キャラクターも天涯孤独な感じが強まり、たとえば赤塚不二夫の「チビ太」のように、どちらかというと野生味が出て来る。

本作「神ちゃん」の設定はきわめていいかげんで、たとえば諸星大二郎的な深読みをする必要はいっさい、ない。
だが、そのデザインといいかげんさこそが、「日本に古くから住むまつろわぬ神々」という感じで、どうしても余計な設定を想像してしまうのである。

神ちゃんは、自分をあがめる宗教「チンタラ教」を広めようとしている。貧乏神と福の神は、友人としてそれにつきあってやっている。彼らは仏教やキリスト教の輸入で、すっかり忘れ去られた古い神かと思いきや、神ちゃんはイエスやブッダを「先輩」だという。かと思えばクリスマスの隆盛に嫉妬したりもする。

オバQにはもともと「オバケは地上に住んでいたが、ひとがよすぎて人間たちに駆逐され、雲の上の世界に行った」という設定がある。
水木しげるが「日本の妖怪たち」を復活させようとしていたのは間違ないと思うが、藤子不二雄の描く「異形」にもそれに近い出自があったら面白い、と考えてしまう作品なのである。

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・「エスパー魔美」(3)  藤子・F・不二雄(2010、小学館)

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「エスパー魔美」は、私が小学校高学年から中学生にかけて連載されていた作品。
今はどうか知らないが、私の周囲では中学に入ると藤子不二雄を卒業してしまう者も多く、私もその一人だった。
(まあ、なんだかんだで「忍者ハットリくん」のアニメをかなりよく見ていたりしたのだが。)

本書に収録されているのは78年頃の作品だが、リアルタイムでは数えるほどしか読んでいなかった。

だが思う、もしも私がずーっと、子供の頃から大学生くらいまで、リアルに藤子不二雄(の二人)を追い続けていたら、どういう感想を持ったのかと。あまりに完璧すぎて、その後もマンガにのめり込むこともなかったんじゃないか? と考えてしまうのであった。

2巻の感想

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【適当】・「思っていることを何度でも書きます」

このブログ、何も書かないのもナンなので、思っている、たぶん過去に書いたことを何度でも書きます。

80年代後半から90年代初頭にかけて、社会評論的な本を読むと、「70年代までの新左翼的な思想・運動から、ミヤザキ事件くらいまでのオタク的態度まで」を反省する動きがすごかった。
「すごかった」と書くと、一大ブームのように勘違いされてしまうがそうではなく、私が注目している人たちがいっせいにそう言い始めた、ということだ。

で、そういう人たちが次にどんなことを提示したかというと、「つまらない日常を我慢して生きて行こう!」みたいなことだった。自分は、最初は「そういうものかな」と思っていた。
ちなみに宮台真司の「終わりなき日常を生きろ」は95年の刊行だから、その5、6年前か。すでに90年代初頭まででそのようなことは言われ尽くされていた印象があるので、私は宮台真司には何の影響も受けていない。
しかし、80年代後半くらいから3、4年して、「そのような心がけで生きても、まったく面白くない」ということに気づいたのだった。

「つまらない日常を我慢して生きて行こう!」というのは、無敵の理論だ。
日常的なお説教レベルではなく、あらゆることを考慮しても、無敵なのだ。
しかも、言い出す側は、「何も行動しなくてもいい」というおまけつきである。こういうことを言う人は、たいていしっかりした仕事を持った人が多いので、それこそ毎日普通に生きていれば主張の実践となる。

そして、こういう人は、自分がどのように生きることに意義を見出せばいいかは、すでに知っている。だが、それを他人に伝えることができない。だからこういう言い方になる。

いや、ほんとにひどい。何も言っていないのと同じである。

それと、「自分はオタク的なものにハマりかけたが、いわゆるオタクにならないところでとどまりました」みたいなエクスキューズが非常にウザかった。
知るかオマエの「照れ」なんかは。

当時、こういうことを言っていた人は三十代前半くらい。オタク第一世代と同世代で、この世代の、オタクではない知識人・文化人のオタクに対する屈託には相当なものがあるようだ。
しかし、下の世代にとっては心底どうでもいい。

ちなみに89年に出た別冊宝島「おたくの本」では、「オタク当事者」の執筆者が、確か1割以下だった。
つまり、別冊宝島界隈に書いていた人と、当時だっていたであろうオタクライターとは交錯することがなかったということだ(交流があって書いていないとすれば、それはそれで興味深いが)。

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【映画】・「私的2012年映画ベストテン」

1位「アベンジャーズ」
2位「宇宙人ポール」
3位「バトルシップ」
4位「ダークナイト ライジング」
5位「アウトレイジビヨンド」
6位「ロボジー」
7位「仮面ライダーフォーゼ THE MOVIE みんなで宇宙キターッ!」
8位「ウルトラマンサーガ」
9位「仮面ライダー×仮面ライダー ウィザード&フォーゼ MOVIE大戦アルティメイタム」
10位「おおかみこどもの雨と雪」

11位「のぼうの城」

今年も個人的には全体的に不作だったかな……。
でも「アベンジャーズ」が観れたからいいかな、って感じで。

ひらめいたのは、日本で「大人のヒーローもの、アクションもの」をやるなら、「後退戦」、「撤退戦」の方が圧倒的にリアリティがあるということ。
その話をここで書きたくて、11位の「のぼうの城」まで書きました。
「フォーゼ」、「MOVIE大戦」とかはお祭りでいいんです。あとギャバンとかもね。
そういう映画は、どんな時代にもぜったいに絶やしてはいけない。
そこは強調しときます。

でも自分で観ていて、リアリティを感じ、なおかつ勇気をもらえるのは「撤退戦」とか「もともと勝負にならない状況でのプライド」を描いたような映画なんですよ。

「アウトレイジ」って、1作目からヤクザ社会のモラル低下の話ですよね。
「親殺しはヤクザでぜったいのタブーなのに、やるからリアリティがない」って感想があったけど、それはぜんぜんそうじゃない。作品世界内に「かつてあったらしい仁義」が、不景気によってグズグズになってしまっている状態で、欲望むき出しの人間が殺し合うという映画でしょ。
で、「ビヨンド」では、大友(たけし)はいいかげん身を引きたがっている。戦っても勝つ目がない、だけど戦うというところにリアリティがある。
構造は「仁義なき戦い」と同じっちゃあ同じですが、たけしが身を引きたがっているところを、かつぎ出されてしまって、手ゴマにされてしまって、じゃあどう動くのか、っていうところが違う。

「のぼうの城」も、時代性をねらったのかどうかわかりませんが、撤退戦(正確には違いますが)の話。それを謎めいた、ユーモラスな主君と、それについていく武将たちを通して、悲壮感なく描いている。
「ウルトラマンサーガ」の序盤も、勝ち目がないけど、子供たちを守るために女の子たちが戦っている。オトナがいっさい出て来ないのも、その世界内としてはリアルに感じます。

特攻精神みたいな感じじゃなく、どっかにユーモアとプライドを残しつつ、そういった「不利な戦い」を描けるかどうか、が今後、いろんなことの焦点になっていくのでは、と。

以下、昨年の個人的にヒドすぎる映画群です。

・「女ドラゴンと怒りの未亡人軍団」
なんにも面白くない。無。シアターN渋谷で、みうらじゅんのコメンタリー入りで上映したそうだが、そういうこと自体に腹が立つ。つまらんものはつまらん。

・「モンスター・トーナメント 世界最強怪物決定戦」
「ひょうきん族か!!」と思うほどヒドい映画だったが、まあ観た方が悪いねこれは。

・「伏 鉄砲娘の捕物帳」
なんだかぜんぜん意味がわからない。謎。もう忘れたい。

殿堂入り
「トーナメント」
逆に劇場で観てよかった。「ガチか八百長か」をすべて無視して、「四角いジャングル」的なフェイクドキュメンタリーの、かるがると「下を」くぐってリリースされた、インチキ格闘技映画。

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