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【雑記】・「希望とは?」

「何がカウンターか、何がサブカルチャーか」という議論が、ある時期まで(00年代半ばくらいまで?)行われてきた気がする。
その議論の中で、カウンターカルチャー、サブカルチャーの中に「わざと人をイヤな気持ちにさせる」表現というのが確実に入っていた。

それは、「一般的に、ポップなものはディズニーランドのように楽しいもの、気持ちのいいもの、さわやかなもの」という観念があり、それを逆張りしたものだと言える。
(「ディズニーランドの着ぐるみの中にはジャンキーが入っている」という都市伝説を提示する行為、などはその典型だろう。)

ところが、真剣に周囲を見渡してみれば、ポップで、そこら辺に売っていて、通勤途中のサラリーマンや家事を終えた主婦がひまつぶしに読んだり観たりするようなものの中に、「いやな気持ちのするもの」は、普通に混ざっていることがわかる。

実際、「人をイヤな気持ちにさせる表現があっていい」と主張し続けてきた人たちが、それらを知っているのか、知らないのか、私と違う評価をしているのかどうかは知らないが、だが、実際「あるものはある」のである。

「人をイヤな気持ちにさせる表現」は、ポップであろうがカルトであろうが、必要か必要でないかと言ったら、必要である。「表現の自由」の問題から言っても、あるべきだろう。
だが同時に、「人をイヤな気持ちにさせる」ことは、クリエーターの「若さ」の表現であることも、最近感じるところである。なぜなら、トシをとってくると表現上のストレスに耐えられなくなってくるからだ。
(トシをとり、ポップな表現に飽きたクリエーターが、わざと「イヤな気持ちになる表現」をする場合があり、考え出すと複雑なのだがその件についてはここではおく。)

私は希望が欲しい。

イヤな気持ちにさく時間が、もったいないとも言える。

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