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【昼ドラ】・「幸せの時間」

「幸せの時間」は、国友やすゆきによる、1997年から2001年に漫画アクションで連載された、色欲と金欲に翻弄された家族が崩壊していくというドロドロな「昼ドラ的」マンガである。
ほぼ10年経ってからのドラマ化なわけで、逆になぜもっと早くドラマにならなかったのか、不思議なくらいのオイシイストーリーであった。

発端は、念願のマイホームを建て、そこに希望を持って引っ越してきた家族(夫・浅倉達彦、妻・智子、受験生の兄・良介、中学生の妹・香織)が、一人の若い女性・高村燿子を車でひいてしまい、その女性が夫と肉体関係をもってズブズブになっていくというもの。

ドラマ化を知ったのが、5、6回過ぎた後であわてて視聴を始めたのだが、まず「漫画アクション」という媒体上、主に「男性視点」だった本作を、「昼ドラ」の主要視聴者層である女性向けに描き直してあることに気づいた。
また、地上波で昼間に放送されるという制約上の問題など、いろいろと見るべきものがあったので、最終回を迎えたこともあり、その辺の話をしていきたい。

まず、単に「いわゆる昼ドラ」のドロドロ、メチャクチャ、アナクロを目指すのではなく、かなり誠実につくられたドラマだと思う、ということは最初に言っておきたい。これをコントとか言ったらつくった人がかわいそうだ。
まず、ヒロイン・智子の家庭を壊す耀子(夫の愛人となる)と花屋・篠田(智子をレイプしようとする。未遂に終わる)には、それなりの「孤独」という理由があったこと。
次に、最終回に突然改心するとかではなく、ドラマが経過していく中で耀子と花屋の心の動きをきちんと描いていたこと。
そして、「絵に描いたような幸せ家族」をつくることだけを考えてきたヒロインの思考の変化をも描き、自身も浮気することによって、自分にとって異物だった耀子を受け入れたこと。
(また、息子・良介がはらませた蓮っ葉なおねえちゃん・奈津とその子供の存在も受け入れている。)

これだけとっても、周到につくられたドラマだとわかる。「ラストが中途半端」という声もあるが、ドラマの流れから言ったら、家族が完全に崩壊する(あるいは元通りになる)方がおかしい。

達彦の親友・矢崎(柳沢慎吾)夫婦が「きれいごとだけではない、理想の夫婦」として登場するのは原作と同じだが、おそらく自主規制で慎吾ちゃんが香織と肉体関係を持たなかったために「子供のいない夫婦と、それに憧れる少女」の聖性は増した。

なお、ヒロイン・智子の浮気はその顛末が少々コミカル、達彦の浮気が地獄の大罪のように描かれるのは主婦向けだから。原作は「つくりもの家族を放置して我欲に徹する夫」が中心だったが、それを妻視点に書きなおした手腕は相当なものだと思う。

なお、会社パートは「家族」というテーマを打ち出すためか原作と比較して大幅にシーンが減っているので、原作で印象深いキャラクター「望月さん」が、脇役に後退してしまったのは少し残念だった。

本作は、簡単に言えば「家族一人ひとりが、自分たちの役割を放棄し、我欲に走ってしまったらどうなるのか?」という、モラル崩壊の物語である。
「それまで形式だけでうまくいっていたものが、そうではなくなる」というのは今日的なテーマだ。ちなみに映画「アウトレイジビヨンド」もそのたぐいである。

ふた昔前なら、厳格な父親か、懐の深い母親がまとめたこと、あるいは逆に、浮気なら浮気でだれかが耐え、だれかがちゃらんぽらんになることで成立していたことが、今は通じない。
ヒロイン・智子の母(丘みつ子)の世代までが、「自分の結婚に愛はなかった」と言う時代。つまり、まず大家族幻想は断たれている。

次に、智子が持っている「ニューファミリー幻想」も、夫・達彦の浮気によって崩壊する。しかも、ニューファミリー幻想は、「大家族制度」以上に倫理観について厳格なため、一度でもルールを犯すと心情的にも「裏切った」と見なされ、「ニューファミリー」は元に戻れなくなってしまう。

結果、浅倉一家が「今までどおりの家族」に戻ることはなかった。しかし、バラバラになるのではなく、どこかでゆるくつながっているような関係は保持されていく……というラストは、当然と言えば当然のものである。

さて、最後に智子の「お弁当」について。
番組のラストに毎回、視聴者から送られてきたカワイイお弁当の写真が載るのだが、ドラマ版「幸せの時間」では「お弁当」や「食事」が、かなりの意味合いを持っていた。
娘・香織が、学校で友達に自分のつくったお弁当を売っていた、ということで衝撃を受けた智子は、それでも弁当をつくり続ける。
智子にとって毎日の弁当づくりは、「家族」を守る象徴的行為なのだ。
彼女は毎日のお弁当を、すべてデジカメで撮ってデータを保存してある。

それでも家族は、いろいろあってなしくずしに崩壊していく。では、智子の主婦としての「弁当づくり」は本当に無駄だったのか? の問いには、本作は「無駄ではなかった」と応える。
主婦の観ている時間帯のドラマだから、というだけではなく、智子の「職業人としての主婦」の矜持の象徴が「弁当」であって、それは娘が友達に売ろうが、いいかげんに扱われようが、関係のないことなのである。

別の見方をすれば、理想ばかり追い求めていた智子が、いろんなものを受け入れて成長していくドラマの中で、「弁当」は「智子の最後のプライド」として機能していた、と言えよう。

……というわけで、マンガ原作のアニメ化へのコメントはよく見るが、「マンガ原作の昼ドラ」の感想はあまり見ないと思ったので、長文を書かせていただきました。

なお、マンガ版について私があーだこーだと感想を書いた同人誌が、アマゾンで売られているので、よかったら買ってください!!

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