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【雑記】・「外野が感じる脱力感」

指原がHKTに移籍!秋元氏ラジオで指令

このエントリでは、「総選挙」について、わりと好意的に書いたつもりなのだけど、「指原がHKTに移籍」というニュースを読んで一気に脱力、「やはりおれは心底、秋元が好きなわけではないんだな」と思わざるを得なかった。

正確に言えば、「愛憎相半ばする気持ち」。

・その1
いちおうお断りしておくと、「モーニング娘。」において、「つんく」がすべてを動かしていたわけではないように、AKBグループも、秋元の都合だけで動いているわけではないだろう。
だが、「だれが何を考案し、何を決断しているか」が見えない以上、便宜上すべて「秋元康の仕事」と解釈させていただくことにする。

私が「さしはらの博多行きで脱力」と思ったのは、「恋愛禁止」が、ハロプロでは屋台骨を揺るがしかねない問題になっていたから(というか、今でもそうだろう)。
「恋愛禁止」ルールの是非については、ジェンダー問題にも踏み込まなければならないため割愛するが、それが「ルール」である以上、ルールは守られねばならないし、守られないのならルールとする必要はない。

で、過去にも恋愛沙汰で問題になった子たちがAKBでいたな、と思って検索したら、必ずしも「即脱退」という決まりではないようだ。
今までそれを知らなかった私がアホの骨頂だが、そうなるとけっきょく「どんな沙汰がくだってもいい」ということになり、要するに「なんでもあり」ということになってしまう。

いやより正確に言えば「売れてる子が不祥事を起こしても、手放さなくて済むシステム」とも言える。
これは、藤本美貴の交際が発覚してからの、「罰ゲーム」としか言いようのない変なシングル発売の流れと比較してみても、如才ないことがわかる(しかも、ハロプロでは「恋愛禁止」は明文化されていなかったのに、である)。

・その2
秋元康仕事のとらえどころのなさは、「二重のメッセージ」が込められている場合が多いことにある。
今回のさしはらの件に関しては、ファンはさしはらにとっての「試練」だと思うだろうし、AKBのファンであってもさしはらのファンではない者にとっては、「残酷ショー」として楽しめるだろう。
そう、「総選挙」も「じゃんけん」も、「感動の物語」としても「残酷ショー」としても機能しうる。二重のメッセージがある。

秋元が関わった「とんねるず」の曲「雨の西麻布」は、とんねるずを知っている者にとっては「演歌のパロディ」だったが、そういうコンテクストを踏まえていない者にとっては「普通のいい曲」だった。
同じことは「情けねぇ」などの、とんねるずの「長淵パロディ」のような歌にも言える。
秋元のメッセージは、とんねるずの歌のいくつかについては、「パロディだとわかる者」と「それに気づかない者」、二重に発信されている。

そして、「パロディだとわかる者」が「正解」なのではなく、どんな楽しみ方をしてもいい、というのが秋元マジック(のひとつ)なのである。
某アニメ製作会社が、ある作品について「どんな解釈でもできるように、最終回に着地点のない謎を散りばめた」と公言していたが、公言してしまうところが青い。たぶん秋元は、そんなことは言わないはずだ。
なぜなら、多様な解釈がなされた方が、売れるからだ。

アサヤン時代の「モーニング娘。」も一種の残酷ショーだったが、モーニング娘。やハロプロには、根底に「努力や根性を否定しない」という泥臭さがあり、それが立脚点になっていた。
たとえば「手売りで何枚以上売らないとどうこう」というときでも、「苦しむところが見たいから」というヒネた視聴者は、そういなかったのではないかと思う。

都会の洗練とは微妙にズレた位置を立脚点とする、それが「モーニング娘。」の魅力だったし、さまざまな歌やコンサート、イベントなどもメッセージが多重構造になっているということはない。

ところが、秋元の場合、出されるシングルによって違うのだろうが(この辺くわしく調べていませんスイマセン)、極限まで「CDシングルを買う」ことに違う意味(何かの権利を得られる、とか)を持たせたりする。

ぶっちゃけて言えば、秋元は「努力」や「運」をも完全に相対化させてしまっている。それがそのように見えないのは、当の女の子たちが「本当に努力している」からで、別の言い方をすれば、秋元は「自分の物語を過剰に持ち込まないプロデューサー」だと言えるだろう。
過剰に持ち込むと、繰り返しになるが受け手の解釈の領域がせばまってしまうからだ。

・その3
この後、九州に行ったさしはらはそれなりの話題をまき、HKTにそれなりの刺激をもたらし、「物語」は継続していくのだろうが、この「事件のお手盛り感」には、さすがについていけない。

これが成功してしまえば、(当人たちにとっては大変だろうが)人気上位の子たちにとって「恋愛禁止」は事実上無効になる。秋元およびブレーンが「してやったり」と思っているのか苦肉の策だと思っているのか、正確なところは知らない。
しかし、ハロプロと比較して言えばいわゆる「ハローマゲドン」から数年して、ハロプロは私のような周縁をウロウロしているようなファンにとっては「どうでもいい」存在になってしまった。どうも今回の件は、そのような「どうでもよくなる」前兆のような気がする。

「仕掛け」もすぎれば、あきれられもする。

今後注目……と言いたいところだが、正直、心の底からどうでもよくなってしまった。

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