« 【創作小説】・「政次郎とトシユキとEM」その2 トシユキ | トップページ | 【創作】・「ピクシブに乗せていた短編小説を、こちらにも載せました」 »

【創作小説】・「政次郎とトシユキとEM」その1 政次郎(全4回)

その1 政次郎

「もうなくなっちまったのか」
 戸澤政次郎は焼酎の瓶を逆さに振って、そこから流れ出てくるわずかな液体をいじきたなくなめ取った。
 手の甲で、口をぬぐう。空になった瓶は、自分が座っている破れたソファーの向こう側に、無造作にブン投げた。ドスッ、という音がして酒瓶が絨毯の上に落ち、転がった。
「……畜生」
 何が畜生なのかわからないが、とにかくそうつぶやいた。
 政次郎は当年とって六十八歳。頭は当の昔に禿げあがっていたが、顔の下半分は白髪まじりの濃いひげが覆っていた。服装にはいっさい気を配った様子はない。もう何日も洗濯していないシャツに、油で汚れた作業ズボンを履いている。
 彼は、町はずれのちょっと坂をのぼったところに、ボロボロの一軒家をかまえていた。平屋だったが、一人で暮らすには充分だった。
 彼はその広い庭を利用して、ジャンク屋をやっている。
 彼の家の庭には、壊れた自転車や自動車の部品が大量に置かれていた。また、とうてい売り物にはならないであろうガラクタも、ところ狭しと散乱している。
 実はジャンク屋をやっていた、というのは文字どおり「やっていた」のであって、過去の話である。
 ある時期から政次郎は、次第にアルコール中毒の度合いを強めていた。直接の原因は、数年前妻子に逃げられてしまったことだ。
 政次郎は酔いで濁った眼で、酒の残っている瓶を探した。探しながら、妻子が出て行った理由を考える。理由はいくらでもあり、数えきれないくらいだった。
 政次郎のいる部屋は六畳で、庭と同じくガラクタが散乱している。破れてスプリングの飛び出したソファーが彼の定位置だ。そこに一日中座り、古雑誌を読んでいる。
 本当はソファーの正面には古いテレビが置いてあるのだが、いつの間にか映らなくなってしまっている。
「いいさ、どうせガラクタだ」
 周囲を眺め、酒がないとわかると政次郎はよっこらしょと腰をあげた。すでに身体のあちこちにガタが来てはいるが、長年、力仕事で食べてきたせいか身体はいまだに頑健である。
「……もう昼か」
 政次郎はドアを開けて外に出る。日は高くのぼっており、昼頃だということはわかる。
 ふと庭に目をやると、小さな人影が二つ、三つ、ガラクタとガラクタの間をちょこまかと走り抜けていった。
「こら! また近所のガキか! ウチの敷地に入っちゃいかんと言っただろ!!」
 政次郎が怒鳴った頃には、すでに小さな影はどこかに消えていた。
「……まったく、ウチを遊び場にするのはやめてもらいたいもんだ」
 政次郎はブツブツ言いながら、タバコをくわえライターで火を付ける。
 タバコをふかしながら、庭のガラクタをゆっくりと観て回った。
 最近では、政次郎の敷地をゴミ捨て場だと勘違いして不法投棄していく輩も珍しくないのだ。
 しかし、もはやそういうことに文句を言う気力は、政次郎に残っていなかった。
 彼はゆっくりとジャンクを観て回る。そうしながら何を考えているかというと、去って行った女房子供のことや自分の人生について、などではない。妻子について考えるのは日課のようなところがあるが、すでに人生を投げてしまった感のある彼に、深く考察しなければならないことなど、何ひとつない。
 庭をひと回りすると、車庫がある。これもボロボロで今にも崩れ落ちそうだ。
 が、政次郎が車庫の戸をゆっくりと開けると、中にはトヨタ・2000GTという名車が入っている。
 六十七年から七十年に製造されたスポーツカーであり、土地を除いては政次郎の唯一の財産だ。
 どこでどうやって手に入ったかすでに忘れてしまっていたが、確かバブル崩壊時に、さまざまな経路を経て政次郎の手に渡ったはずだ。その頃の政次郎はまだマジメに商売をやっており、ごくたまにそういう奇ッ怪な取引が成立した時代でもあったのだ。
 しかし政次郎は、車にはほとんど興味はない。半年ほど前までは「いざというとき、売却するために」と大切にし、メンテもマメに行っていたのだが。
「……なんで動かないんだろうな畜生め」
 彼は2000GTをそっと撫でてみた。そう、半年ほど前から、この車はまったく動かなくなってしまったのだ。売れば2000万円はする代物である。専門家を呼んでみてもらったこともあったが、原因はわからないとのことだった。
 政次郎はまた、酔いで澱んだ頭で何かを考えようとしたが、すぐにやめて皮肉な笑みを浮かべた。
「……フン、まあいいさ」
 政次郎は車庫から出て、酒代をどう工面するかについて考えることにした。

「その2」へ続く

|

« 【創作小説】・「政次郎とトシユキとEM」その2 トシユキ | トップページ | 【創作】・「ピクシブに乗せていた短編小説を、こちらにも載せました」 »

創作」カテゴリの記事

SF」カテゴリの記事

UFO」カテゴリの記事