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・「アマゾンベビイ」 全2巻 石ノ森章太郎(1998、メディアファクトリー)

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1971~72年、プレイコミック連載。
気ままなカメラマン生活を送っていた伴大助は、突然現れた全裸の美女を各国の追手から守るハメになった。
その美女は、身体は成人しているのに感情や知識は赤ん坊並み。羞恥心がなく、常に全裸である。
だが、とんでもない運動能力や超能力を身に付けていた。
アマゾンベビイと名付けられた彼女はアマゾネスの末裔であり、その超能力と財宝をめぐって、さまざまな組織が暗躍。ベビイに惚れてしまった大助は、彼女を守るために孤軍奮闘する。

この当時、「大人マンガ」と言えば簡略化された絵柄でちょいとした皮肉や風刺や悲哀を入れる、という印象があった。「青年誌」が文字どおり「成長した少年の雑誌」でしかなくなるのはこの後のことで、60年代後半~70年代初頭は、「青年」ではない「大人」の領域が、マンガの世界にもあったのだ。

石森章太郎は、もともとは「大人」より「青年」向きの資質を持った作家ではあったのだろうが、器用な人でもあり、本作は「サイボーグ009」のような「抜け忍パターン」であるにも関わらず、過酷な超能力バトルよりは常に全裸で生活している美女・ベビイが起こす騒動をスラップスティックとして描いている。

似たようなシリーズとしての「009-1」や「ワイルド・キャット」より、そのナンセンス色は強い。
そして、当初はアマゾネス伝説についての詳細な解説などが入るが、大助がベビイを「知名度をあげて敵から手出しできなくするため」に芸能界に入れたあたりから、ストーリー性よりドタバタが増え、「大助がセックスしたいのにできない」という天丼ギャグが執拗に繰り返されていく。
そして、ラストにやや唐突な文明批判があってサッと終わってしまう。

「サッと読み終えて、明日の仕事のことを考えるオトナ向け」の作品。こういったテイストのものは、70年代まで多くあったが現在では絶滅してしまった(わずかに、モンキー・パンチの軽めの短編がその痕跡を残すのみだ)。

印象としては即興芸に近く、それを念頭に置くと楽しめると思う。

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