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【小説】・「アクアリウムの夜」 稲生平太郎(2002、角川書店)

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1990年に発行された幻想ホラー小説の文庫化。

高校生の主人公・広田は土曜日の午後、友人の高橋と二人で「カメラ・オブスキュラ」の見世物を観るために野外劇場へ赴く。
何気ないその行為が、後の混乱を呼び起こすこととなってしまった……。

これはよくできてます。「伏線が回収されてない!」なんて無粋な感想を抱くような人でなければ、確実に恐がることができ、楽しめるでしょう。

以下は単なる、本当の自分語りです。あまりにも個人的なので、別に読まなくていいや。

・その1
作者の稲生平太郎は、1992年に「何かが空を飛んでいる」というUFO解説本(?)を書いている。
これが、現在非常に入手困難で、アマゾンのマーケットプレイスでは1万円以上もする。
なぜ復刊しないのか、真相はわからないが、それまでのUFO解説本のほとんどが「UFOは宇宙人の乗りものである」ととらえているのに対し、「何かが空を……」ではそのような一面的な見方を排した新しい「UFO観」を提示した、という意味でとんでもなく画期的な本だったのである。

私も「何かが空を……」を読んだときの衝撃は大きかった。簡単に言えば同書を読了後、あらゆるUFOに関するクズ本が、本書の視点によって「人間の想像力の軌跡」として価値を反転させていくのである。

この「何かが空を飛んでいる」から、私は「UFOエイリアンクラフト説」以外の説に基づいた書籍……「トンデモUFO入門」やジョン・キールの「モスマンの黙示」、「不思議現象ファイル」、あるいは山本弘氏の小説「神は沈黙せず」などを読むに至った。

・その2
ここからが個人的な話になる。
そして、自分でもそのような「物語」を書いてみようと思い立った。作文が苦手な人はわかるだろうが、苦手な文章というのはいくら書こうと思っても最後まで書きすすめられないものだ。
私もヲタクな学生時代にありがちなこととして、何作か小説めいたものを書いてみたことはあったが、どうにもしっくり来ず、20年近く「小説を書くこと」はあきらめていた。
ところが、「観てしまうもの、観えてしまうもの、体験してしまうもの」としてのUFO、超常現象をテーマにしたとたん、1作書けたのである。
出来はともかくとして、最後まで書きとおすことができた……こんなに嬉しいことは、自分にはなかった。

そんなわけで、「何かが空を飛んでいる」は私にとってバイブル的な書物のひとつとなったのだが、そうなってくるとその著者の書いた「小説」を読むことには二の足を踏む。踏まざるを得ない。
なぜなら、同じ方法論で書かれ、なおかつ私などよりずっと優れた小説である確率が圧倒的に高いからだ。

自分は、稲生平太郎の小説を読んだら、また小説が書けなくなってしまうかもしれない……。
作劇としては他に、マンガを断腸の思いで断念した私にとって、また物語が書けなくなるのは辛い。辛すぎる。
なので、入手しておきながら「アクアリウムの夜」と、もう一作の小説「アムネジア」は、長らく積ん読のままにしておいた。
で、読んでみた。

・その3
結論から言うと、作者と私の感覚とはだいぶ違っていた(正直、ホッとした)。
ネットで検索すると、作者の「アクアリムの夜」に対する自作解説のような文章がある。それによれば、この作品は「思春期の呪縛から脱するための一種の治癒行為」であり、「教訓譚として意図され」た、という。
オカルトに取り込まれて人生を破綻させてしまった人を観てきているようだし、自分自身も「オカルト的なもの」に取り込まれてしまうかもしれない、という体験をしているのかもしれない。「アクアリウムの夜」は、少なくとも、そういうことを考えたことのある人が書く小説である。

私は、ビリーバーであったことはないし、オカルトや超常現象に「取りこまれるかもしれない」と思ったこともない(今後はどうかわからないが……(笑))。
少なくとも「取りこまれるかもしれない」という恐怖を書くことは、近々にはないだろう。

私自身は、いかに不思議な現象があろうとそれにはぜったいにコミットすることができない、という「断念」の気持ちが強い。
ある程度不思議体験があるとか、不思議体験がある人に多く接して来た人は「取りこまれるかもしれない」と思うのだろうが、私自身は取りこまれるも何も、今までそんな体験は思春期のときですら、1回もしたことがない。
実は「取り込もうとするもの」の邪悪性についても、ほとんど考えたことがない。
いや、オカルトや疑似科学が「人を惑わす」という意味でいかに恐ろしいものかはわかっているつもりなのだが、狂気の世界にいざなう何らかの「深淵」が、私を魅了することも、現在のところ、ない。

前にも書いたが、オカルト体験にしろ、何らかの至高体験にしろ、それを経験するのはあくまで他人であって、私ではない。
むしろ、自分の外部(世界)に何かがあるのではなく、自分自身が散漫な日常をどう生きていくか、そのエネルギーをどこに使うか、が私の問題点であって、それをなるべく自分が破滅しないように導けばいい、というのが私が訴えたいことだったりする。

あとは「バカ」としてどう生きるか。オカルトはともかく、極論すればテレビでやってるような「超常現象」や血液型占いは、アホな人のためにある。
新宿の生ビールが一杯180円くらいの飲み屋で、だれかが「原発がバクハツするってよ!!」と言ったとき、どう対処するか、その大喜利みたいなもんだって人生は。(唐突に完)

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