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・「テルマエ・ロマエ」(2) ヤマザキマリ(2010、エンターブレイン)

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古代ローマの浴場設計技師・ルシウスが、毎回、風呂に浸かっていると現代日本の風呂にタイムスリップ、何かを学んでまた元の世界に帰り、問題を解決するという1話完結の作品。
1巻が刊行された段階で話題になり、あれよあれよと映画化も決定、一気に「知ってる人は知っている作品」にのぼりつめた。
もろ手をあげてめでたい、と思う。

そして2巻のしょっぱなはいきなり男根信仰の話。
単行本内のエッセイでは「なぜこんな読者を選ぶ話を書いたのか」と言われた、と書かれているが、私もとまどった。

だがとまどったのは男根信仰が扱われているからではなく、「性が現在のようにタブー視されていなかった時代があった」というエピソードのテーマと、「性的不能に陥ったルシウスが、現代日本人女性の恥じらいを観たことによって不能から回復する」というプロットのチグハグさにある。

とくに、他のほとんどのエピソード(3巻も含む)が、「日本の風呂の機能」の問題に終始しているのに対し、本作だけは「現代日本人女性の恥じらい」という風呂と直接関係ないことがお話を動かしている。
そしてなおかつ、ルシウスの妻は他の男性の子供をみごもってしまうのだ。

このエピソードが少なからず「性は解放すべき」という意図に乗っ取っているにも関わらず(「キリスト教以前の男根の象徴性の再評価、という意味も入っているが)、けっきょくは「恥じらい」という「秘する文化」によって問題が解決されようとするのは、ヘンではないだろうか?
それが証拠に、ルシウスの解放的な妻はけっきょく戻って来ないのである。

その意味で、3巻まで読んだかぎりでは冒頭のエピソードは、突出して消化不良感が漂ってしまう。

1巻の感想

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