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【定点雑記】・「20110425」

まったくとりとめのない話を、私のストレス解消のために断片的に書くだけです。


いつも疑問に思っていたのだが、「女子は全員やおい好き理論」って本当なの?
私、近い知り合いにガチでやおい好きな人って、ほとんどいないんだけど(オタクの女性でも)。
なんか「とりたててやおいが好きでもない女性オタク」が、サイレントマジョリティ化しているんじゃないかという気がするなぁ。

80年代前半のロリコンブームは複雑な様相を呈していて、妄想の中で幼女にかしずきたい男も、幼女を凌辱したい男も、旧来の古い性道徳観に疑問を感じていた女性も、その混沌の中にいた(80年代前半のロリコンマンガブームの中で、少女マンガ系統の人たちが少なからず起用されていることからもそれは証明できる。有名なのは、岡崎京子)。

80年代前半というと、「レディースコミック」というジャンルの成立以前であり、少女マンガはいまだ(一種の)処女信仰に基づいて描かれていたから、後に分離していく「性を扱った女性向けのマンガ」の受け皿が、ロリコンマンガというジャンルだったのだろう。

話はほぼ変わる。
今さら言うのもなんだが(いや、幾原邦彦が始動しようとしている現在だからこそか)、私は「少女革命ウテナ」を高く評価している。ある意味、エヴァ以上に。

理由は、ウテナがそれまでの少女マンガ文脈を踏まえたうえで、それを脱構築して総決算しようとしたからである。
手法としては、近いのはタランティーノ。まああそこまでパッチワーク的ではないが、旧来のシチュエーションを使って新しい物語を編み上げるという点では近い。

おそらく「ウテナ」は、その絵柄から言ってもかなり「ベルばら」の影響がある。
実は「ウテナ」で突き付けられた問題は、すでに「ベルばら」で出揃っているのだが、「ウテナ」ではそれが劇的にむき出しになっている。
「バキ」で、空手家・愚地克己は「空手を終わらせた男」と評価されるが、「ウテナ」は、それまでのヘテロセクシュアルをテーマにした少女マンガを「終わらせようとした」作品だとすら言える(ヤオイ要素も入っていた気がしたが、すいません忘れてしまいました)。

別の角度から言えば、「ウテナ」は少女マンガアイテムを使った「ウォッチメン」である。キャラクターの配置がそれぞれ、「こいつはどういう役割なのか?」と明示されるからだ。

その後、別に「ウテナ」があったわけでもないのだろうが、「少女が出てくる作品」は、もはや旧来の少女マンガ技法を使うことはあまりなくなり、あったとしてもきわめて薄いかたちでしかなくなった。
(児童向けの少女マンガはいまだにあるが、もうちょっと上の年齢層向けではないと、見えてこないものがある様式なのである。)

少女マンガ技法は「萌え」という観点の中に溶けて行ってしまって、最近では見えにくくなっている。
エヴァと違って「ウテナ」がマニアックな領域にとどまってしまっているのも、この作品が脱構築しようとした「ベタな少女マンガ」が忘れ去られてしまっているから、という可能性は大きい。

何が言いたいかというと、あれだけヘテロを通して「少女の自立」を描いた作品がありながら、あたかもヤオイのみが、その問題を(迂遠なやり方ではあれ)提議してきたかのような口ぶりに、違和感があるというだけである。

さらにぜんぜん違う話。
漫画ゴラクにときどき掲載されている探偵のマンガ。
声優、ウグイス嬢、ストリッパー、球場でビールを売っているおねえさんなどに岡惚れするさえない男が登場し、「この女性を探してくれ」という依頼が来る。いざ探して観ると、現実とは違っていました。世の中には夢を夢のままにしていた方がいいこともある……。
……というエピソードが断続的に登場するのだが、正直、岡惚れをバカにしているとしか思えない。いやバカにしてはいないかもしれないが、軽く観ていることは間違いないだろう。
原作に通底する「オタク嫌悪」とあいまって、私は決して愉快ではないことはここに表明したい。

もともと、この原作者の「悟りすました感じ」は、どうにも「どっかのおっさんがバーで偉そうに講釈たれてる」としか思えないときがあった。もしかしたら、そうしたたたずまい自体がファニーだと思われているのかもしれないが、私はそこまでの精神的余裕はない。

彼の現状批判も、私には愚痴にしか思えない。実は、二十年くらい前から。

また関係ない話。
「宇宙人的なもの」に敵意をあらわにされても困ってしまうが、実際毛嫌いしている人も多いようである。実は「ツッコミを入れる」行為があたかも特定の思想から自由であるようでいて、一歩間違えれば憎しみの吐露に堕してしまう可能性が常にある。
そこは、自戒を込めていきたいものだ。

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