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【雑記】・「定点雑記20110411」

読みたい人だけ(そんな人がいるのかもと思うが、私のストレス解消なので)。

・「都民に失望した」とか書く人がいるが、便宜上そう書いているのだろうが、十把一絡げにしないでほしい。自分が一緒くたにしたら烈火のごとく怒るくせに~(笑)。
オタク論の観点からすれば、そもそも「オタクかオタクじゃないか」なんて、自虐的に言えば中流幻想からの目クソ鼻クソの差異化ゲームにすぎない。
にも関わらずそこからアイデンティティの模索を始めた人たちが、いったん選挙となると「都民」というきわめて漠然とした「くくり」を持ち出すのは、アンフェアというより無神経というほかない。

・選挙の方法論を問題にしている人もいる。やるからには勝たねば意味は(ほとんど)ないし、そのための戦略は練るべきだとは思うが、本質的に自分の生死にかかわることと経済問題以外を選挙の争点にすることは非常にむずかしい。ワンフレーズ・ポリティクスと言われた時代、「郵政民営化か否か」が争点になり得たのも、とどのつまりは経済の問題だったからだ。

・その意味では「原発は必要か否か」も、やり方次第では「郵政民営化か否か」レベルの争点に育つ可能性はある。ただし、サイレント・マジョリティは、自分の生活がおびやかされる危険をおかしてまで、原発是非論に首を突っ込もうとしないのも、また事実である。

・本当は地味に解決しなければならない問題が山積しているのだろう。そこに、知的マイノリティの間に「反原発」という争点が入りこんできたことは、私は無理もないと考えている。理由は一つには是非論で論じやすい。もう一つにはここ十数年のルサンチマンが、反原発派にはあった。それをアホ呼ばわりしては、いくらなんでもかわいそうだ。そこまで否定してしまったら、日本の知的マイノリティを支える部分がなくなってしまうよ。

・私がずっと問題にし続けているのは、何度も書いているがここ10年くらいの言論状況が、戦略論、戦術論に傾きすぎているということだ。今回の選挙に関しても、すでに戦略論的な反省や批判が出ている、ということは前述のとおり。
で、やりようによっては勝てる選挙なら勝つべきだが、本質的には知的マイノリティの意見は、私見ではガッツリ通ることはたぶん永遠にない。
理由の一つは生死に直接関係ないからであり、東京に限って言えば都内に原発ができないかぎり原発問題がシリアスなものとして受け入れられる可能性は、意外と低いのではないかと思う。推進派は必ず経済問題を争点にしてくるからだ。
そして、なぜ経済問題がネックになってしまうのかというと、これは知的大衆層にも言えることなのだが、前提として自分たちの生活に関わるということがあるとして、思想的には日本人のプライドの源泉が「経済成長」にあるからである。

「年収2000万が、年収500万になったってそれなりの生活ができる」というたとえ話を聞いたが、人間、500万を2000万にすることにはがんばれるが、2000万を500万にすることには力が入らないものだ。それが「経済成長」をプライドにしてきた国民ならなおさらである。
今後も、「成長神話」をプライドの源泉とする国民性は至るところでジレンマとなるだろう。これはもう高校時代に甲子園に出たことを永遠にアイデンティティとしているオヤジみたいなものなんである。

そんなわけで、生活に直接関係ないことを国政に反映させるのは、はっきり言って自分は不可能だと思っている。
ある程度までは選挙運動の戦略論で何とかなるだろうが、その先には限界がある。そして、その限界は大衆社会が本質的に持っている限界である。
当たり前だが、大衆社会は大衆の意見は反映させるがそれ以外の意見は通りにくいからだ。

それにしても、本当にギスギスした時代になったなぁ、と思う。

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