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【雑記】・「定点雑記20110405」

いつもの感じでストレス解消的に。
書かないとストレス死するので。

「自粛」の問題点は、「祈り」と「経済」がごっちゃになっている点にある。「自粛」とは「祈り」の一種だと私は考える。
「祈り」に意味はあるのか、と言ったら、合理的な意味はない。ただ、人は祈らずにはいられない。しかし、「祈ること」によって日常が圧迫されるとしたら問題である。
おそらく、「祈り」とは徹底して公的なものであるべきか、徹底して私的なものであるべきなのだろう。
徹底して公的であるならば、たぶん被害も最小限になるだろうし、徹底的に私的ならば別に「祈ること」が「祈られる側」に知られなくてもいいはずなのだ。

今回の震災以前に「自粛」が問題になったのは、昭和天皇崩御の頃だ。何しろ戦後初めてのことだったし、前例がないだけに国民に大きなとまどいがあった。だが、「人の死」に関して「喪に服する」ということに関しては、一定のガイドラインがあったように思う。
ところが災害は違う。そもそも、日本人は(いやたぶんどこの国の人でも)「国内のある地域が大災害にあったとき、どのレベルまで自粛すべきか」というガイドラインをだれも持っていない。当然だが日本は近代国家で、宗教を中心とした国ではない。だがもしも、一つの宗教しか認められない国だったら、そもそも「自粛」はあったか? たぶんない。
少なくとも自粛への同調圧力はない。公的に祈り、喪に服すガイドラインが提示されたはずだ。
その辺のことは、もっと考えてみるべきだろう。現状では「自粛」のニュアンスが完全に「自己責任」という言葉の冷淡さにつながるものになってしまっている。

ネット上の、震災や原発に関するコメントのほとんどが不快きわまりない。極力目に入らないようにしているが、それでも読んでしまうものもある。なぜ不快かというと、そのほとんどが震災や原発事故を「総括」しようとしているからだ。
ネットは、今までになくリアルタイムで情報が更新されるメディアだとされているが、それを解釈するツールは、ネット登場以前の思想や哲学しかない。そして、思想や哲学はある程度たまった事象を、帰納法的に考察しなければ結論が出せない。
しかし、日々変わる膨大な情報の中で、前にも書いたが思想や哲学ができる役割は少ない。
性急に結論を出しても、どうせまた明日変わるかもしれない。こんな時期に物事をまとめようとする人は、今日出した結論が明日古くなってもまったく気にしないタイプの人か、思想や哲学を非常に軽く考えている人に違いない。
だから、ほとんどのネット上の「総括」は、現時点で読む価値がない。

反原発・脱原発派に対し、「原発推進派も悪いが、原発を止められなかったおまえらも悪い」と、今まで何もしないで言うのはあまりに酷だろう。前にも書いたが、「○○のような行為をしたやつは放射能の危険なところまで行ってボランティアしろ」という物言いも同じ。じゃあ単に「覚悟」の問題なのか? そうじゃないでしょう。覚悟の問題に還元するのは、よくないと思う。

反原発運動に関し、「なぜ他の社会問題とコミで語られるのか? 原発だけ反対じゃダメなのか?」という意見があった。こうした「特定の問題解決のためだけに社会運動をする」というムーヴメントは、戦後日本では80年代後半くらいから始まってむしろ歴史的には新しい。それまでは、社会問題は包含的に語られる方が普通だった。
ものの本によると、そもそも60~70年代の学生運動において、「怒ってる学生自体が非難される立場ではないか」というツッコミが入ったことから、学生自身が「自己批判」し続け、結果的にあらゆる事象に対して共闘する立場になったから、さまざまな社会問題が連関して語られるようになったのだと言う。

もしもそうなっていなくても、そもそも国粋主義にしろマルクス主義にしろ、世界全体を包含する説明原理であり、その原理に基づいて社会運動するのが普通だったから、原発問題が他の諸問題と連関したものとして語られるのはその流れとして不思議ではない。
むしろ、「世界全体を説明しなくてもいいのではないか」というのが、思想状況の流れではないかと思う。まず、俗流フェミニズムがそうだった。(本当のはどうか知らない)俗流フェミニズムは、女性の幸福しか追求しない。
話は少々それるが、室井佑月が数年前のアキバブーム、萌えブームを蛇蝎のごとく嫌っていたのは「自分に関係ない男たち」が楽しく生活しているのが目障りで仕方がなかったからである。

……というようなことを説明しなくてはならない時代になったのだな、と思う。

追記

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