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【雑記】・「今さらな話20110319」

前のエントリにも書いたとおり、復興やその後の日本という国の設計思想について語るには、時期尚早だろうという気持ちが強いのだが、時期尚早の中で語っている人が多いので、似たような話をもう一度書いておく。

「今後、物質的な幸福の追求はむずかしくなるだろう」とか「成長神話は終わった」という意見を散見する。しかし、そんなものはとうの昔に終わっている。
具体的には、バブル崩壊時に終わっている。

正確にはSFにおける「サイバーパンク」が日本に入って来たとき、その予見は確かにあった。
サイバーパンクとは、それまでの簡単に言えば「エアカーがチューブの中を走っているような」、「ドラえもん」に出てくるような未来像の否定であったはずだ。
すべてが統括された世界(「完璧な計算でつくられた楽園」)ではなく、決して経済的に豊かなわけではなく、あちこちが機能不全を起こし、ところどころがグチャグチャになり、それでもネットワークのテクノロジーは異常に発達した世界。
まあ、作家によってサイバーパンクのヴィジュアルイメージはぜんぜん違ったりするが、少なくとも完璧な設計思想に基づいた世界でないことは確かだろう。

話はやや脱線するが、そのようなイメージが引き継がれなかったのは、SFのヴィジュアルに影響が大きいハリウッド製のSF映画が、ずっとオールド・スクールな未来像を描き続けたからだと思う。
「アイ,ロボット」とか「G.I.ジョー」とか、今とてもテキトーに思いついたが、そういう別にガチのSF映画とも言い難い映画のヴィジュアルイメージに「とりあえず」持ってこられたのは、いつまで経っても「昔の未来」のイメージだったのだ。

閑話休題。
とにかくバブル崩壊後、成長神話など崩壊しているし、「物質的な幸福」といっても何なんだそれはという気はする。「物質のみの幸福」なんて、あるはずがない。
ただ、一方で小泉総理が象徴的なように、「何らかのかたちで成長神話を復活できないか?」という思考フレームもあった。
人間、どうしても「つましい生活を送りましょう」というスローガンには乗りにくい。だからこその小泉内閣から現在の民主党までの「日本の経済的復活希望」のラインがあったのだが、一方でやはり成長神話はとっくの昔に崩壊していたのだ。
そこを考えないと、今までの国民が単なるバカにみえてしまう。

いちばん「物質のみの幸福」に接近していたのはバブル期の数年間で、日本でもむしろ例外的なはずだ。

「成長神話は終わった」、「物質的な快楽は終わった」などと、知性ある人から軽々しく言われるとガックリ来る。
それは自明で、(時期尚早のこの時期に何かを書くなら)その先に行かないといけない。

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