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【書籍】・「創られた『日本の心』神話 『演歌』をめぐる戦後大衆音楽史」 輪島 裕介(2010、光文社新書)

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「演歌は日本の心」とよく言われるが、現在の「演歌」イメージがいつ頃から生成されたかを検証する本。
執筆者はジメジメ演歌ではなくもっと明るい歌謡曲が好きなようだが、変なあてこすりや自分の趣味に合わないものを糾弾する姿勢は希薄で、好感が持てる。

60年代のサブカル史、すなわち品行方正な文化を志向する既成左翼から周縁文化を持ち上げる新左翼的言説までの流れを詳細に追っており(その後「J-POP」という言葉が出てきてから現在までも論考の対象になってはいる)、「同じサヨクでも言ってることが違うじゃん」と思う若い人は、2000年代までのサブカル評論における思想的背景の概略が把握できる良書である。

ただし、私自身は日本の戦後歌謡史にも疎いし、音楽の専門知識を有しているわけでもない。だから、本当に細かいところまでの、本書に書かれていることの厳密性は保証できない。
しかし、前述のように「同じサヨクでも言っていることが違う」という「流れ」の記述の正確さについては、かなり太鼓判を押すことができる。
そしてそれは、現在の広義のサブカル評論の地図を思い描くにあたっても重要な、基礎教養的な部分なのである。
以下には、その辺のことについて(本書の内容からはやや離れるが)書いてみたい。

・その1
もともと、戦後に共産党を中心とする左翼は「品行方正な方向に人々を導く」ことを主眼としていたらしい。
だから、わりとお行儀のよい、上品な歌を推奨していたようだ。
その裏には(これは私見だが)「左翼思想」そのものが、外来の普遍的価値を持つモダンな思想であって、それにふさわしい、コスモポリタニズムを象徴する「歌」の存在が問われたのではないかと思う。

で、ここまでは若い世代でも「なんでそこまで?」と思ってしまうところ。

この動きに対して、反発が起こる。「日本の『土着的なるもの』を顧みることこそが大切なのではないか」という動きである。本書によれば歌謡史においては竹中労の美空ひばり礼賛がそれに当たる。
本としてもかなり売れたらしく、単なる一評論家が狭い世界でブチあげた珍論ではない。

この竹中の「ひばり礼賛」は、左翼的思想の深いところでは「外来の先進思想である社会主義、共産主義を無知な人々に教えてやる」という態度ではなく、人々の日々の生活の中に自然にあるものを見つめ直し、そこから社会主義なり共産主義なりを考え直さなければいけない、という反省があった。
時期的には60年代の後半からだと思う。

同時代的には、別ジャンルとして本書にもあるように任侠映画や劇画の評価、柳田民俗学の見つめ直しがある。

根本的な「なぜ左翼なのか」だが、その頃の時代の勢いもあっただろうし、当時のサブカルチャーをまともに論評の対象にしていた人々のほとんどが左翼的文化人だ、ということもあったのだろう。

本書の面白いところは、単なる概略にとどまらず、竹中労の「ひばり礼賛」や五木寛之が「艶歌」という小説に書いた「日本人の心の原像としての演歌そのもの」が、悪い言い方をすると歴史観の捏造を含んでいるのではないか、と疑義を提示しているところにある。またそれを立証しようとしている。

そしてそれは、同時代では三角寛の「サンカ研究」評価や山田風太郎の伝奇小説、デニケンの「宇宙考古学」人気ともつながっている。
ここはいくら強調してもし足りない。
(フィクションを書いた山田風太郎は別として)ある種の人々はある時期に、「日本人の歴史」をやんわりと捏造しようとしたのである(その是非は、ここでは置く)。

ちなみにオタク的には70年代に「原日本人」が存在するとする「アイアンキング」などに「日本人の原点」論がかいま見える。
「キカイダー01」で斜光器土偶型の巨大ロボが出てくるのも、この流れである(内容はあまり関係ないようだが)。

・その2
話が大きくなり過ぎ、またやや否定的になってしまったので話を戻そう。
たとえば竹中労、五木寛之が「情念の吐露としての演歌(艶歌)」を称揚したとすれば、その後、それをさらに一方で「山口百恵」にポップ化させ、「ジャズ」でコスモポリタニズムに目を配り、一方で浪曲などのさらなる過去へ向かったのが平岡正明である。
また、70年代後半以降、「河内音頭」に注目したのが朝倉喬司。
ミュージシャンでは岡林信康が、メッセージ性の強いフォークから70年代半ばには「演歌に開眼した」とウィキペディアにはある。さらに80年代半ばには日本民謡を取り入れた、とある。
(余談だがyoutubeに、岡林が演歌の要素を取り入れた歌を歌っている姿があった。歌詞の中では「ディスコで踊ったって所詮イエローモンキーだ」というような言葉が出てくる。ここでもやはり「日本人の原点回帰」の思想が見て取れる。あまり評価されなかったようだが、この「エンヤトット路線」というのはなかなか面白い! ダンスミュージックなんだもの。)

で、本書にも指摘があることだが「大衆の原像を観るため」という理由で、さまざまなジャンルへの目配りや過去の掘り下げ(そしてそこにはやや恣意的なチョイスや捏造と言わざるを得ない歴史の改変があった)が行われた。

これは政治的な流れとしては、共産党やその青年団体である民青のやり方に不満を持った人々が「新左翼」を形成する中で起こった出来事である。
つまり、「共産党的なるもの」をよりパンキッシュになることによって克服しようとしたのが全共闘運動、新左翼運動で、それを把握していないと60年代後半から70年代終わりまで、「何が採用され、切り捨てられていったのか」が見えなくなってしまう。これらは基礎教養である。

・その3
さて、ではこれらの考え方がオールマイティであったかというとそうではない。インテリ/民衆という壁を突き崩そうとしたのがそれらの考え方だが、それをどんなに実践してもインテリが民衆そのものにはなり得ないという事実があるし、実際にインテリが「おれは民衆の意見を完全に代弁できる」と言ったとしたらそれは欺瞞であろう。

その欺瞞性を指摘した人物の一人がマンガ評論家でもある呉智英だ、と自分は思っている。
以下はぜんぶ当時をよく知らない私の予測だけで書くのだが、彼の著作の中に入っている、彼が典型的な新左翼だと思っている人たちとの論争、これらはほとんど竹中労や平岡正明に対する間接的な攻撃なのではないかという気がする(論争の相手は、たいてい平岡の弟子筋の人物である)。

呉智英が80年代に注目していたのは、今考えれば「中流意識」があまねく蔓延した時代に、どのように「知性」を救い出すかという点にあった(と思う)。
大半が中流意識を持っている以上、あらゆる事象はリアリティをなくし浮遊してしまう。
彼が「(学生の)自己否定は自己肯定」と学生運動のアジ演説で言ったというのも、60年代からいわゆる「自己否定」に欺瞞性をかぎとっていたという意味で興味深い。

だから、呉智英の「読書家の新技術」などを読むと、その読書ラインナップには柳田国男などの、他の新左翼系の評論家が勧めるものと同時に、わりと固い古典的な本が並ぶ。
おそらく、彼が志向していたのは「日本的なるもの、土着的なるもの」を理解しつつそれに浸りつつ、そこからどのように、再びオピニオンリーダーとして「知性、知識を持った者」が立ち上がるべきか、ということの模索だった。

また別の「一億総中流意識によって、あらゆるものが(かつてとは違って)リアリティをなくしてしまう浮遊感」に抗しようとしたのが村上春樹である。
今考えるとそうたいした話しでもないのだが、やはり寓話としてはつい例に出してしまいたくなる「パン屋再襲撃」などは、60年代に若者だったものの「時代に対する空振り感」をよく表現していると言わざるを得ない。

なお、70年代終わりの「ディスカバー・ジャパン」やアンノン族の国内旅行などは、本書にも指摘されているが「原日本人像を探る」というムーヴメントのポップ化、悪く言えばなれの果てであった。

・その4
だがいずれにしろ、「過去に沈潜することによって『本当の日本人像にせまろうとする』」という考え方は80年代いっぱいは(それが欺瞞であっても)エンターテインメントの世界では「おとしどころ」として生きることになる。

以上、また自分の考えのまとめとしてダラダラ長文を書いてしまったが、とにかく60年代から70年代終わりくらいまで、同時代的に各ジャンルで似たようなことが起こっていたことが、理解されればいい。

なお、70年代にはサブカルシーンにおいて「アメリカンニューシネマ」の影響が色濃く入ってくることになるが、それについて語るとややこしくなるので別の場に譲りたい。

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