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・「藤子不二雄物語 ハムサラダくん 完全版」(上)(下) 吉田忠(2007、マガジン・ファイブ)

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おっ、その後また復刊されたのか

77~80年くらいまで、コロコロコミック連載。
ハムや肉が大好きな藤本(ハム)と野菜大好き我孫子(サラダ)が、二人でコンビを組んでマンガ家を目指す、児童誌版「まんが道」とでも言うべき作品。

77年当時、ほとんど藤子不二雄の個人雑誌といってもいい「コロコロコミック」に、藤子不二雄の評伝的作品が載っていてもなんらおかしくはない。
藤子不二雄自身の「まんが道」とは別に、本作は「コロコロの藤子不二雄マンガ」として始まった。

・その1
初期の頃は、手塚治虫との出会いやマンガ家になるための涙の上京、などある程度現実をふまえた展開で、ライバル「ジャンボ万作」あたりは石森章太郎がモデルかな、と思えたりするのだが、その後お話はどんどんオリジナル色が強くなり、最終的にはまったくのフィクションになっていく(何しろ「トキワ荘」さえ出てこないのだ)。
私は中学生になる80年までしか本作をリアルタイムで読んでいないが、その頃も「いったいどうなっちゃうんだ、このマンガ?」と疑問に思っていたものである。

だが、本作は同時期のコロコロに載っていた他のスポーツマンガやホビーマンガと同系統の「熱血マンガ」としての熱さを持っている。
たとえば編集長が「これからはマンガ家戦国時代!」と言ったりするのは、他の作品で「プラモ戦国時代」だったり「ゲーム戦国時代」だったりするのと同系統の煽りだろう。

・その2
とくに泣けるのは「第三部 第七話 まんが家のよろこび」。
連載第一回を手紙で少年読者から酷評されたハムサラダは、反省して「子供のためのマンガ」としての第二回を描く。しかし雑誌は廃刊。
載せるあてのなくなった原稿を近所の子供たちに見せ、最終回の第三話はその「近所の子供たち」のためだけに描きあげる……。

個人的には、このエピソードが頂点だったのではないかと思う(実際、単行本に収録されているインタビューによると最終回的な部分にあたる「特別編」第2話は、原作を編集者が書いたものだそうだが、この「まんが家のよろこび」の変奏となっている)。

・その3
そんなわけで本作が傑作であり、藤子不二雄人気の当時の状況を把握するために読むべき作品であるのは間違いないのだが、作者インタビューからはあまり「新事実」的なものは発見できなかった。
連載終了の理由がオフレコなのは仕方がないとして、まあぶっちゃけて言うとどの程度編集主導だったかということが気になっているのだ。
たとえば、ジャンボ万作をはじめ、風車かん平、ミスター竜などのライバルマンガ家が一気に増えるところがある。
だが、意外なことに彼らが他のコロコロマンガのように、その後具体的なライバルとしてバトルを繰り広げるという展開にはならない。その理由がわからなかったりするのだ。

「藤子不二雄の評伝」として始まったからそこまでの飛躍はできなかったのか? それとも何か別の構想があったのか? 謎は深まるばかりである。

それにしても、「マンガ家マンガ」を読むのはいつも精神的にキツい。
ゴミみたいなものでもマンガを一時期一生懸命描いていた自分にとっては、他人の成功体験や勝手な理屈を読まされる苦痛がともなうからだ(あ、本作の鬼編集長が言うことは、わりと納得できることが多いですが)。

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