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【雑記】・「補足」

このエントリについて、補足。

現在、「オタクVSサブカル」という対立項は、少なくとも若い世代には成り立っていないだろう。
それは、かつての団塊の世代に左右の対立があったとして、そんなものは次世代以降、とりたててないのと同じことである。

私が言いたいのは、人間というのは自分が成長期に接した思想とか哲学にしたがって動く。だが、世の中は変わって行く。その中で、思想とか哲学で動いている人たちは自分のポジションを模索し続ける、ということである。

だから、前回のエントリではオタクといってもいわゆる萌えヲタではなく、それよりもう少し上の世代を想定して書いた。

なお、大衆文化においては「孤独にブンガクを突き詰めなければならない」という送り手の感覚が常にある一方で、当然だが大衆に支持を受けるか否かで送り手の命運が決まってしまうところがある。
これは、大衆文化における本質的な矛盾だ。

何度も書いているとおり、ある時期まで(「電車男」くらいまで?)オタク論は大衆論だったと自分は思っている。
80年代サブカルの時代の空気が閉めだしたライフスタイルを、実はサイレント・マジョリティが持っていた、ということが90年代半ばに少なからぬ人たちに認識された。そのことが、オタク史的には重要になってくる。

90年代半ばの時点で、70~80年代が「オタク史という意味で」読み変えられることが可能となったのだ。
まあガチな当事者はそんなことは承知だっただろうが、オタク的視点による歴史の読み変えは、私にとってはスリリングな体験であった。

オタク史観においては、サブカル史観で落とされていったものたちの復権が行われる。森高千里(確かモリタカだったと思う。違ってたらごめん)全盛時、そのコンサートに行った泉麻人が「イケイケのにいちゃんでも、ガンダム好きの青年でも受け入れてくれる雰囲気」と描写していた。
要するに「ガンダム好きの青年的な心性」は、たとえばポロシャツの襟を立ててキャンパスを闊歩していたような連中からは駆逐されていたし、サブカル方面からも閉めだされていたのだ。

その復権の作業の一つひとつが、私にとってはスリリングだった。
だが(繰り返しになるが)ここ数年、さすがの不景気っぷりに(旧来の意味での)オタクを手放しに礼賛されることもなくなった。
また、「歴史の読み変え」もひととおり済んだように思う。

「宇多丸のウィークエンドシャッフル」というラジオ番組の中では、「ヤマト復活編」も「実写版ヤマト」も「サマー・ウォーズ」も、上映館の少ない芸術的な映画とまったく同じように論じられる。現在、四十一歳の彼にはそのことに対する抵抗はまったくない。聴取者は年齢層高めのようだが、それにしてもそのことが時代を象徴している気がする。

なお、「ラッパーの宇多丸がアニメを論じる」ということが象徴的なのは、「オタク学入門」において最初にオタクのイメージ向上のために踏み台とされたのがHIPHOPだったことを思い出すといっそう、考えさせられる。
もともと、オタク第一世代とクラブ文化の食い合わせはものすごく悪く、有名どころの人でそっち方面に対応した人はまずいなかった。

ま、そういう意味でずいぶん前から時代は一周している。

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