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【萌え談義】・「東方とかについて」

数日前の飲み会で、「東方」について知り合いからいろいろ教わった。
私は「東方」についてはほぼまったく知らない、と言っていいのだが、それでもその会話の中で、いくつかの疑問点があったので書いておくことにします。

まず、私には「東方」というものが何で流行ったのかわからない、ということがあるんですが、それに対して、

・東方はシューティングゲームとして優れている
・値段が安い
・常に情報が更新される

という三点があげられていました。
そして「東方」の大ブームが特別な現象ではない、とし、

「内容の良しあしで判断される」ことと「常に情報が更新される」こと、「値段が安い」という三点が共通しているのは「テレビアニメコンテンツ全体」だと言われました(テレビアニメは、観るだけなら基本的にタダですし)。

しかし「東方」ムーヴメントを過去のものと同一視して一般化するのには、やはり少々無理があるように思われます。

まず、「テレビアニメコンテンツ全体」と比較する、というのはどうか。
私のような旧世代が「東方」に対して「わからない」という感情を抱いてしまうのは、テレビアニメコンテンツが、個々の作品を消費するだけでも完結できるのに対し、「東方」という大きな枠組みのものを理解するハードルの高さがあるからだと思います。

また、果たしてこれほど同人シーンとして膨れ上がった「東方」において、たとえそれがいくらすぐれたゲームだからと言っても、「ゲームが優れているから」という理由で二次創作を行っている人が果たしてどれだけいるかどうかも、疑問です。

ひるがえって見れば、テレビアニメにおいても、内容のサッパリともなわない作品が同人としてはそれなりの人気を得たケースもあり、「いい作品だから同人誌がたくさん生まれる」という理屈に照らして、その延長線上に「東方ブーム」を乗せるのは、いささか牧歌的に過ぎるように感じます。

また、そのときに話題になったこととして「萌え研究の歴史性のなさ」というのを私があげたらやはり反論がありました。
しかし、「実際に研究している人がいる」ということと、「それが人口に膾炙する」ということはまったく別の話です。

私はオタク論は大衆論だと思っており、いくら少数精鋭な人々がどこかですごい研究をしていたとしても、それがオタク一般に伝わらなければやはり「萌えに歴史性を求めない」という傾向は変わらないと思っています。


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