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【雑記】・「1996年の創作活動から」

昨晩、電車の中で「ニッタさん、むかし『美少女アンドロイドがもてない少年のところに転がり込んで、でもそいつが地球人を監視して娯楽として消費するためにつくられた」というマンガを描いていて面白かったですね」と言われ、「その話、面白いね!」と自分で言ってしまった。

そんなものを書いたのも、すっかり忘れてしまった。
HP「ふぬけ共和国・マンガ」の記録によると、そのマンガは1996年に描かれている。

・その1
HPによると「いろんな感想をもらって想い出深い」などと書いてあるが、その後、私はかなり考え方を変えてしまったので、心に封印してしまったのだろう。

「もてない少年のところに転がり込んできた美少女宇宙人が、その少年の内省や自己批判に直結する、意外な目的を持っていた」と考えると、現在のライトノベルにそのような発想はいくらでもありそうである。

1996年当時、(何度でも書くが、この言葉は嫌いだが)「オチもの」、私自身が命名した「SFおしかけ女房モノ」のパロディというのはほとんど存在しなかった、と思う。
だから、早かったと言えば早かった。それは自分で自慢していいような気がする。

ただし、この創作マンガ同人誌はまったく売れず、ごく少数(十人以内)の感想のみをもらって頒布を終了した。
ある出版社に、持ち込み作品と一緒に持って行ったがほとんど目を通してももらえなかった。

新書「セカイ系とは何か」を読むと、エヴァ以降、第三世代以降のオタクの中には内省や自己言及の欲望が高まり、それが「セカイ系」を形成したことになっている。

が、私自身はといえば自分で描いた「SFおしかけ女房ものの、ややノイローゼ気味なパロディマンガ」以降、(こんな創作者ぶったもの言いはおこがましいとは思うが自分のブログなので勝手に書かせてもらうと)、

あまりの自作のウケなさと、なおかつ自分の内省、自己言及、自己批判といったものがほとんど共感もされず、ウケもしないことにほとんど絶望して、今はもう完全にマンガを描くのをやめている。

いちおう書いておくが私は昨日今日創作をやってきた者では、90年代まではなかった。小学生のときも中学生のときも高校生のときも大学生のときもマンガを描いてきた。
アシスタントはやらなかったが、何度か持ち込みもした。

話がそれた。とにかく、「セカイ系とは何か」によれば、95年近辺のエヴァブーム以降、内省へと大きく舵を取ったオタク第三世代と私は真逆に、どちらかというと評論ではないけれどエンターテインメント的批評とでもいった分野に大きく舵をとっていく。
つまり、96~97年を起点として、私とオタク第三世代とは大きく乖離していくのであることだなあ、と思った次第である。

なお「電波男」が2005年。「モテる/モテない」と「オタク的シチュエーション」を結び付けてパロディ化する、そしてそこには他者の視線が入り込んでいるというノイローゼの一種、ということに関して言えば、私が創作マンガを描いた96年というのはそれよりも10年近く前になる。早い。

・その2
後だしジャンケンだと思わないでもらいたいが(と書いても思って当たり前か)、オタク的なベタな設定はそれ自体を疑い出すと、絶望の深淵しか待ち受けていない。そういえば佐藤友哉の小説にもそういうのがあった。

また、モテる/モテないという自己言及も、突き詰めていけば絶望しかなくなる。
かといって、私はオタク第三世代よりはオッサンなので、「世の中」と「個人」は密接につながっており、そのルートを正しくたどって社会との関係性を保てない人間は努力が足りないからだ、と叩きこまれて育ってきたのである。

社会背景としては、大会社の年功序列制を説得力にした、精緻な受験システム、あるいは全共闘世代とそれ以上の世代による、下の世代(私の世代)の自閉化、引きこもり化(実際そうだったかどうかは別にして)が、ものすごい勢いで叩かれた、ということがある。

自分は96年当時、いわゆるセカイ系に転ぶにはトシを取り過ぎていたのであった。

ま、いちばん根本的な問題は私の絵がヘタクソだったということがあるんでしょうけどね。

・その3
だから、90年代後半の自分は「世界と自分との非・融合性、非対称性に絶望するくらいなら、毎日笑って生活したい」という気持ちの方がずっと強く、それを追求して現在に至る、ということになるでしょうかね。

このため、結果的に(言葉の厳密な意味ではなくても)批評的な領域に入っていくことになる。ここでサルのマウンティングみたいな世にもつまらない応酬は、無視したい。
関係あるようなないような話だが、批評的芸人である水道橋博士が、「一億総ナンシー関化」とでも言うべき現状に対し、「中には素人でも鋭い考察をする人がいる」とラジオで言っていたことに、自分は本当にこの人は尊敬できる、と思ってしまった。

なぜなら、プロやクリエーターサイドの人間が、そうではない批評をつぶすのは簡単だからなのだ。

「現場ではこうだよ。」「プロは実はこう考えてる。」

これはシロウトにとっては、一瞬黙り込んでしまうワードである。

「プロ」の歴史が、「プロの不可侵領域を小出しに見せることによって成り立っている、それが大衆社会である」ということを、博士はたぶん熟知しているはずである。

寿司屋の隠語を素人が覚えたり、料理屋がまかないを裏メニューとして出したり、そういうのはまあそういうことなのである。

話はどんどんそれて行ってしまったが、「創作することに憧れたり目指したりした経験があって批評行為をしている人」と「そうではない人」には、温度差がある。
もちろん、前者の方が義理人情があるとかそういうことではない。

とにかく(話がそれていって戻れないので適当に終えるが)、90年代後半から私の自己言及はネタにすらならなくなってしまったな、と感じた。
私が捨てたものを拾ってきたのが、後続の若い人たちなのだと思う。

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